ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

2022年07月

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 今日は、昭和時代前期の1945年(昭和20)に、第二次世界大戦終結に関するポツダム会談(ドイツのポツダムで開催)で協議の上、アメリカ、イギリス、中国、3ヶ国政府首脳の連名で「ポツダム宣言」が発表された日です。
 「ポツダム宣言」(ぽつだむせんげん)は、昭和時代前期の1945年(昭和20)7月に開かれたポツダム会談(ドイツのポツダムで開催)で協議の上、7月26日に、アメリカ、イギリス、中国、3ヶ国政府首脳の連名で日本に対して発せられた宣言でした。正式名称は、「日本への降伏要求の最終宣言(Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender)」といい、第二次世界大戦に関して、日本の戦争終結条件を示した全13項から成っています。
 その内容は、軍国主義の除去、領土の限定、武装解除、戦争犯罪人の処罰、日本の民主化、連合国による占領などを規定し、無条件降伏を求めたものでした。日本政府は、一端は拒否を通告したものの、広島・長崎への原子爆弾の投下、ソ連の参戦を経て、8月14日の御前会議において、この宣言の受諾を決定し、敗戦へと至ります。
 以下に、「ポツダム宣言」の英語版原文と日本の外務省による訳文、及び筆者による現代語訳を掲載しておきましたので、ご参照下さい。

〇ポツダム会談(ぽつだむかいだん)とは?

 1945年(昭和20)7月17日から8月2日に、ドイツのベルリン郊外のポツダムで開かれ、アメリカ合衆国のH.トルーマン、イギリスのW.チャーチル (途中から C.アトリーに交代) 、ソビエト連邦のI.スターリンが出席した巨頭会談です。その中で、第2次世界大戦後のドイツの処理問題を話し合い、ポツダム協定で決定をみました。また、日本に対しては、降伏条件,戦後処理方式を決定し、中国の同意を得て、7月26日に、アメリカ、イギリス、中国、3ヶ国政府首脳の連名で日本に対して「ポツダム宣言」が出されます。 
 
☆ポツダム宣言 (全文) 1945年(昭和20)7月26日発表

Potsdam Declaration

Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender
Issued, at Potsdam, July 26, 1945
1.We-the President of the United States, the President of the National Government of the Republic of China, and the Prime Minister of Great Britain, representing the hundreds of millions of our countrymen, have conferred and agree that Japan shall be given an opportunity to end this war.
2.The prodigious land, sea and air forces of the United States, the British Empire and of China, many times reinforced by their armies and air fleets from the west, are poised to strike the final blows upon Japan. This military power is sustained and inspired by the determination of all the Allied Nations to prosecute the war against Japan until she ceases to resist.
3.The result of the futile and senseless German resistance to the might of the aroused free peoples of the world stands forth in awful clarity as an example to the people of Japan. The might that now converges on Japan is immeasurably greater than that which, when applied to the resisting Nazis, necessarily laid waste to the lands, the industry and the method of life of the whole German people. The full application of our military power, backed by our resolve, will mean the inevitable and complete destruction of the Japanese armed forces and just as inevitably the utter devastation of the Japanese homeland.
4.The time has come for Japan to decide whether she will continue to be controlled by those self-willed militaristic advisers whose unintelligent calculations have brought the Empire of Japan to the threshold of annihilation, or whether she will follow the path of reason.
5.Following are our terms. We will not deviate from them. There are no alternatives. We shall brook no delay.
6.There must be eliminated for all time the authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquest, for we insist that a new order of peace, security and justice will be impossible until irresponsible militarism is driven from the world.
7.Until such a new order is established and until there is convincing proof that Japan's war-making power is destroyed, points in Japanese territory to be designated by the Allies shall be occupied to secure the achievement of the basic objectives we are here setting forth.
8.The terms of the Cairo Declaration shall be carried out and Japanese sovereignty shall be limited to the islands of Honshu, Hokkaido, Kyushu, Shikoku and such minor islands as we determine.
9.The Japanese military forces, after being completely disarmed, shall be permitted to return to their homes with the opportunity to lead peaceful and productive lives.
10.We do not intend that the Japanese shall be enslaved as a race or destroyed as a nation, but stern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners. The Japanese Government shall remove all obstacles to the revival and strengthening of democratic tendencies among the Japanese people. Freedom of speech, of religion, and of thought, as well as respect for the fundamental human rights shall be established.
11.Japan shall be permitted to maintain such industries as will sustain her economy and permit the exaction of just reparations in kind, but not those which would enable her to re-arm for war. To this end, access to, as distinguished from control of, raw materials shall be permitted. Eventual Japanese participation in world trade relations shall be permitted.
12.The occupying forces of the Allies shall be withdrawn from Japan as soon as these objectives have been accomplished and there has been established in accordance with the freely expressed will of the Japanese people a peacefully inclined and responsible government.
13.We call upon the government of Japan to proclaim now the unconditional surrender of all Japanese armed forces, and to provide proper and adequate assurances of their good faith in such action. The alternative for Japan is prompt and utter destruction.

(The Ministry of Foreign Affairs "Nihon Gaiko Nenpyo Narabini Shuyo Bunsho : 1840-1945" vol.2, 1966)
  
<日本の外務省による訳文> 

千九百四十五年七月二十六日
米、英、支三国宣言
(千九百四十五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ) 
•一、吾等合衆国大統領、中華民国政府主席及「グレート・ブリテン」国総理大臣ハ吾等ノ数億ノ国民ヲ代表シ協議ノ上日本国ニ対シ今次ノ戦争ヲ終結スルノ機会ヲ与フルコトニ意見一致セリ
•二、合衆国、英帝国及中華民国ノ巨大ナル陸、海、空軍ハ西方ヨリ自国ノ陸軍及空軍ニ依ル数倍ノ増強ヲ受ケ日本国ニ対シ最後的打撃ヲ加フルノ態勢ヲ整ヘタリ右軍事力ハ日本国カ抵抗ヲ終止スルニ至ル迄同国ニ対シ戦争ヲ遂行スルノ一切ノ連合国ノ決意ニ依リ支持セラレ且鼓舞セラレ居ルモノナリ
•三、蹶起セル世界ノ自由ナル人民ノ力ニ対スル「ドイツ」国ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果ハ日本国国民ニ対スル先例ヲ極メテ明白ニ示スモノナリ現在日本国ニ対シ集結シツツアル力ハ抵抗スル「ナチス」ニ対シ適用セラレタル場合ニ於テ全「ドイツ」国人民ノ土地、産業及生活様式ヲ必然的ニ荒廃ニ帰セシメタル力ニ比シ測リ知レサル程更ニ強大ナルモノナリ吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本国軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スヘク又同様必然的ニ日本国本土ノ完全ナル破壊ヲ意味スヘシ
•四、無分別ナル打算ニ依リ日本帝国ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍国主義的助言者ニ依リ日本国カ引続キ統御セラルヘキカ又ハ理性ノ経路ヲ日本国カ履ムヘキカヲ日本国カ決意スヘキ時期ハ到来セリ
•五、吾等ノ条件ハ左ノ如シ
吾等ハ右条件ヨリ離脱スルコトナカルヘシ右ニ代ル条件存在セス吾等ハ遅延ヲ認ムルヲ得ス
•六、吾等ハ無責任ナル軍国主義カ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序カ生シ得サルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス
•七、右ノ如キ新秩序カ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力カ破砕セラレタルコトノ確証アルニ至ルマテハ聯合国ノ指定スヘキ日本国領域内ノ諸地点ハ吾等ノ茲ニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スルタメ占領セラルヘシ
•八、「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ
•九、日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルヘシ
•十、吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ
•十一、日本国ハ其ノ経済ヲ支持シ且公正ナル実物賠償ノ取立ヲ可能ナラシムルカ如キ産業ヲ維持スルコトヲ許サルヘシ但シ日本国ヲシテ戦争ノ為再軍備ヲ為スコトヲ得シムルカ如キ産業ハ此ノ限ニ在ラス右目的ノ為原料ノ入手(其ノ支配トハ之ヲ区別ス)ヲ許可サルヘシ日本国ハ将来世界貿易関係ヘノ参加ヲ許サルヘシ
•十二、前記諸目的カ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルヘシ
•十三、吾等ハ日本国政府カ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス

 外務省編『日本外交年表並主要文書』下巻 1966年刊より
 
<現代語訳> 

ポツダム宣言

日本に手渡すために用語を定義する宣言
ポツダムに於いて、1945 年 7 月 26 日

1.われわれ、アメリカ合衆国大統領、中華民国主席、イギリスの総理大臣は、われわれ数億の同胞を代表し、協議の上で、日本はこの戦争を終結する機会を与えられるものと同意した。
2.アメリカ合衆国、大英帝国と中華民国の陸・海・空軍は、何度も西からの陸軍及び航空編隊の補強を受けて巨大になっており、日本に最終的な打撃を加える態勢を整えている。この軍事力は、日本が抵抗をやめるまで、すべての同盟国の決意により持続されている。
3.世界の自由の人々が立ち上がった。無駄、無意味なドイツの抵抗の結果は、極めて明快に日本の人々に例として示されている。今日本に集中する可能性がある力は、ナチスの抵抗に適用された場合のもの、すなわちドイツの人々の生活、土地、産業全体を破壊するのに必要だった力に比べても計り知れないほどより大きい。われわれの決意に裏付けられた、軍事力をすべて投入すれば、完全に壊滅された日本軍と同じように、日本本土が必然的に、全く荒廃することを意味するだろう。
4.日本帝国は、消滅の淵にあり、その頭の悪く身勝手な軍国主義的な顧問によって制御され続けるのか、それとも理性の道に従うのかどうかを決定する時が来ている。
5.われわれの条件を次に示す。それらから逸脱がないものとする。選択肢はなく、一切の遅延も許さない。
6.日本の人々を惑わさせて、世界征服に乗り出させた影響勢力や権威・権力は、永遠に除去されなければならない。われわれは、無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和・安全・正義の新秩序は実現不可能であると主張する。
7.このような新しい秩序が確立されるまで、日本の戦争遂行能力が破壊されたとの説得力のある証拠があるまで、連合国軍によって指定される日本の領土内の諸地点は、基本的な目的の達成を確保するため占領するものとする。
8.カイロ宣言の条項は実施されなければならないし、日本の主権は本州、北海道、九州、四国および、われわれの決定する周辺小諸島に限られるものとする。
9.日本軍は、完全に武装を解除された後、彼らの家に戻し、平和的かつ生産的な生活を営む機会を許可されるものとする。
10.われわれは、日本人を民族として奴隷または国家として破壊するつもりはない。しかし、われわれの捕虜に残虐行為を行った者を含めて、すべての戦争犯罪者には正義による鉄槌が与えられるものとする。日本政府は、日本人の間での民主主義的傾向の強化、復活にあたり、すべての障害物を除去しなければならない。言論、宗教、思想の自由および基本的な人権の尊重が確立されなければならない。
11.日本は、その産業を維持し、経済を持続するが、これらは再戦争を可能にするためのものではなく、正当な賠償の取り立てに充てるものとして許可される。このため、支配と区別して原料の入手は許される。世界貿易関係で将来的な日本の参加は許可するものとする。
12.連合国の占領軍は、これらの目標が達成された後、日本の人々の自由に表現された意志に従って、平和的傾向を帯び、責任ある政府が構築されるにおいては、できるだけ早く日本から撤退するものとする。
13.われわれは、日本政府に対し、すべての日本軍の無条件降伏の宣言を要求し、そのような行動が誠意をもって行われる適切かつ十分な保証を提供するように求める。日本の他の選択肢は、迅速および完全な破壊だけである。

 *英語の原文より筆者が訳しました。

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 今日は、昭和時代中期の1955年(昭和30)に、日本住宅公団が設立された日です。
 日本住宅公団(にほんじゅうたくこうだん)は、昭和時代中期の1955年(昭和30)7月6日に公布・施行された「日本住宅公団法」により、同月25日に設立された特殊法人でした。勤労者のための集団住宅や宅地の造成建設・賃貸・譲渡、新市街地造成のための土地区画整理事業等を主目的として、国と地方公共団体の出資で設立されます。
 太平洋戦争後の日本では、戦時下の空襲等により、多くの住居が失われ、また外地からの帰国者が増大したことによって、住宅不足は深刻な状況となりました。しかも、戦後の都市部の焼け跡に急造された、当時「バラック」と呼ばれた粗末な住居も多く、国民の住環境は、深刻な状況となります。
 そこで、日本政府は、1950年(昭和25)公布の「住宅金融公庫法」、1951年(昭和26)公布の「公営住宅法」、1955年(昭和30)公布の「日本住宅公団法」の3つを柱として住宅政策を推進しまました。高所得者層には住宅金融公庫による持家建設、中所得者層には日本住宅公団(地方都市では住宅供給公社)分譲および賃貸住宅、低所得者層には公営住宅という階層的な対応を想定したものとなります。
 日本住宅公団は、おもに都市周辺の住宅建設事業を推進し、集団住宅(公団住宅)・宅地の大規模な供給と新市街地の造成を行いましたが、1981年(昭和56)に「宅地開発公団」と統合され、「住宅・都市整備公団」となりました。そして、1999年(平成11)には「都市基盤整備公団」となり、さらに2004年(平成16)7月には、「地域振興整備公団」の地方都市開発整備部門と統合され、「独立行政法人都市再生機構」となっています。
 以下に、設立の根拠となった「日本住宅公団法」(昭和30年法律第53号)を全文掲載しておきますので、ご参照下さい。

〇「日本住宅公団法」(昭和30年法律第53号)1955年(昭和30)7月8日公布・施行

   第一章 総則

 (目的)

第一条 日本住宅公団は、住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに、健全な新市街地を造成するための土地区画整理事業を施行することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする。

 (法人格)

第二条 日本住宅公団(以下「公団」という。)は、法人とする。

 (事務所)

第三条 公団は、主たる事務所を東京都に置く。
2 公団は、必要な地に従たる事務所を置くことができる。

 (資本金)

第四条 公団の資本金は、六十億円と公団の設立に際し地方公共団体が出資する額の合計額とする。
2 政府は、公団の設立に際し、前項の六十億円を出資するものとする。
3 公団は、必要があるときは、建設大臣の認可を受けて、その資本金を増加することができる。
4 政府及び地方公共団体は、前項の規定により公団がその資本金を増加するときは、公団に出資することができる。
5 政府及び地方公共団体は、公団に出資するときは、土地又は建物その他の土地の定着物(以下本条において「土地等」という。)をもつて出資の目的とすることができる。
6 前項の規定により出資の目的とする土地等の価額は、出資の日現在における時価を基準として評価委員が評価した価額とする。
7 前項に規定する評価委員その他評価に関し必要な事項は、政令で定める。

 (定款)

第五条 公団は、定款をもつて、次の事項を規定しなければならない。
 一 目的
 二 名称
 三 事務所の所在地
 四 資本金及び資産に関する事項
 五 管理委員会及びその委員に関する事項
 六 役員に関する事項
 七 業務及びその執行に関する事項
 八 住宅債券の発行に関する事項
 九 会計に関する事項
 十 公告に関する事項
2 定款の変更は、建設大臣の認可を受けなければ、その効力を生じない。

 (登記)

第六条 公団は、政令で定めるところにより、登記しなければならない。
2 前項の規定により登記しなければならない事項は、登記の後でなければ、これをもつて第三者に対抗することはできない。
3 登記した事項は、登記所において、遅滞なく、公告しなければならない。

 (解散)

第七条 公団の解散に関する事項は、次項に定めるものを除くほか、別に法律で定める。
2 公団が解散した場合において残余財産があるときは、これを公団に出資した者に対し、出資の額に応じて分配しなければならない。

 (名称使用の制限)

第八条 公団でない者は、日本住宅公団という名称又はこれに類似する名称を用いてはならない。

 (民法の準用)

第九条 民法(明治二十九年法律第八十九号)第四十四条、第五十条及び第五十四条の規定は、公団に準用する。

   第二章 管理委員会

 (設置)

第十条 公団に、管理委員会(以下本章において「委員会」という。)を置く。

 (権限)

第十一条 次に掲げる事項は、委員会の議決を経なければならない。
 一 定款の変更
 二 予算、事業計画及び資金計画
 三 決算

 (組織)

第十二条 委員会は、委員五人及び公団の総裁をもつて組織する。
2 委員会に委員長一人を置き、委員の互選により選任する。
3 委員長は、委員会の会務を総理する。
4 委員会は、あらかじめ、委員のうちから、委員長に事故がある場合にその職務を代理する者を定めておかなければならない。

 (委員の任命)

第十三条 委員は、建設大臣が任命する。この場合においては、委員のうち二人は、公団に出資した地方公共団体の長が共同推薦した者のうちから任命しなければならない。

 (委員の任期)

第十四条 委員の任期は、二年とする。ただし、補欠の委員の任期は、前任者の残任期間とする。
2 委員は、再任されることができる。

 (委員の欠格条項)

第十五条 次の各号の一に該当する者は、委員となることができない。
 一 国務大臣、国会議員、政府職員(人事院が指定する非常勤の者を除く。)又は地方公共団体の議会の議員
 二 政党の役員
 三 物品の製造若しくは販売若しくは工事の請負を業とする者であつて公団と取引上密接な利害関係を有するもの又はこれらのものが法人であるときはその役員(いかなる名称によるかを問わず、これと同等以上の職権又は支配力を有する者を含む。)
 四 前号に掲げる事業者の団体の役員(いかなる名称によるかを問わず、これと同等以上の職権又は支配力を有する者を含む。)
 五 公団の役員又は職員

 (委員の解任)

第十六条 建設大臣は、委員が前条各号の一に該当するに至つたときは、その委員を解任しなければならない。
2 建設大臣は、委員が次の各号の一に該当するとき、その他委員たるに適しないと認めるときは、その委員を解任することができる。
 一 心身の故障のため職務の執行に堪えないと認められるとき。
 二 職務上の義務違反があるとき。

 (委員の報酬)

第十七条 委員は、報酬を受けない。ただし、旅費その他職務の遂行に伴う実費を受けるものとする。

 (議決の方法)

第十八条 委員会は、委員長又は第十二条第四項に規定する委員長を代理する者のほか、委員及び総裁のうち二人以上が出席しなければ、会議を開き、議決をすることができない。
2 委員会の議事は、出席者の過半数をもつて決する。可否同数のときは、委員長が決する。
3 委員会は、公団の役員又は職員をその会議に出席させて、必要な説明を求めることができる。

 (委員の公務員たる性質)

第十九条 委員は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。

   第三章 役員及び職員

 (役員)

第二十条 公団に、役員として、総裁一人、副総裁一人、理事五人以上及び監事三人以上を置く。

 (役員の職務及び権限)

第二十一条 総裁は、公団を代表し、その業務を総理する。
2 副総裁は、定款の定めるところにより、公団を代表し、総裁を補佐して公団の業務を掌理し、総裁に事故があるときはその職務を代理し、総裁が欠員のときはその職務を行う。
3 理事は、定款の定めるところにより、公団を代表し、総裁及び副総裁を補佐して公団の業務を掌理し、総裁及び副総裁に事故があるときはその職務を代理し、総裁及び副総裁が欠員のときはその職務を行う。
4 監事は、公団の業務を監査する。

 (役員の任命)

第二十二条 総裁及び監事は、建設大臣が任命する。
2 副総裁及び理事は、総裁が建設大臣の認可を受けて任命する。

 (役員の任期)

第二十三条 役員の任期は、四年とする。ただし、補欠の役員の任期は、前任者の残任期間とする。
2 役員は、再任されることができる。

 (役員の欠格条項)

第二十四条 第十五条第一号から第四号までの一に該当する者は、役員となることができない。

 (役員の解任)

第二十五条 建設大臣又は総裁は、それぞれその任命に係る役員が第十五条第一号から第四号までの一に該当するに至つたときは、その役員を解任しなければならない。
2 建設大臣又は総裁は、それぞれその任命に係る役員が第十六条第二項各号の一に該当するとき、その他役員たるに適しないと認めるときは、その役員を解任することができる。
3 総裁は、前項の規定によりその任命に係る役員を解任しようとするときは、あらかじめ、建設大臣の認可を受けなければならない。

 (役員の兼職禁止)

第二十六条 役員は、営利を目的とする団体の役員となり、又は自ら営利事業に従事してはならない。

 (代表権の制限)

第二十七条 公団と総裁、副総裁又は理事との利益が相反する事項については、これらの者は、代表権を有しない。この場合においては、監事が公団を代表する。

 (代理人の選任)

第二十八条 総裁、副総裁及び理事は、公団の職員のうちから、公団の業務の一部に関し一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する代理人を選任することができる。

 (職員の任命)

第二十九条 公団の職員は、総裁が任命する。

 (役員及び職員の公務員たる性質)

第三十条 第十九条の規定は、役員及び職員について準用する。

   第四章 業務

 (業務の範囲)

第三十一条 公団は、第一条の目的を達成するため、次の業務を行う。
 一 住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡を行うこと。
 二 宅地の造成、賃貸その他の管理及び譲渡を行うこと。
 三 公団が賃貸し、又は譲渡する住宅及び公団が賃貸し、又は譲渡する宅地に建設される住宅の居住者の利便に供する施設(以下本章において「施設」という。)の建設、賃貸その他の管理及び譲渡を行うこと。
 四 前三号に掲げる業務に附帯する業務を行うこと。
 五 土地区画整理事業を施行すること。
 六 前五号に掲げる業務の遂行に支障のない範囲内で、委託により、住宅の建設及び賃貸その他の管理、宅地の造成及び賃貸その他の管理並びに施設の建設及び賃貸その他の管理を行うこと。

 (住宅の建設等の基準)

第三十二条 公団は、住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡、宅地の造成、賃貸その他の管理及び譲渡並びに施設の建設、賃貸その他の管理及び譲渡を行うときは、建設省令で定める基準に従つて行わなければならない。

 (業務方法書)

第三十三条 公団は、業務開始の際、業務方法書を定め、建設大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、また同様とする。
2 前項の業務方法書に記載すべき事項は、建設省令で定める。

 (地方公共団体の長の意見の聴取)

第三十四条 公団は、住宅の建設又は宅地の造成をしようとするときは、当該住宅の建設計画又は宅地の造成計画について、あらかじめ、当該住宅の建設又は宅地の造成をしようとする地域をその区域に含む地方公共団体の長の意見を聞かなければならない。

   第五章 土地区画整理事業

 (土地区画整理事業の施行)

第三十五条 公団が施行する土地区画整理法(昭和二十九年法律第百十九号)第三条の二第一項の規定による土地区画整理事業(以下第三十九条、第四十二条及び第四十三条を除き、本章において「土地区画整理事業」という。)については、同法及び本章の定めるところによる。

 (施行規程及び事業計画)

第三十六条 公団は、土地区画整理事業を施行しようとするときは、施行規程及び事業計画(土地区画整理事業の事業計画をいう。以下本条において同じ。)を定め、建設大臣の認可を受けなければならない。
2 公団は、前項に規定する認可の申請をしようとするときは、第四項の規定により聴取した地方公共団体の長の意見を記載した書類を認可申請書に添付しなければならない。
3 土地区画整理法第五十三条第二項の規定は、第一項の施行規程について、同法第六条の規定は、同項の事業計画について準用する。
4 公団は、第一項の事業計画を定めようとするときは、当該事業計画について、あらかじめ、施行地区となるべき区域をその区域に含む地方公共団体の長の意見を聞かなければならない。
5 建設大臣は、第一項に規定する認可の申請があつたときは、施行規程及び事業計画を二週間公衆の縦覧に供しなければならない。
6 利害関係者(土地区画整理法第二十条第二項に規定する利害関係者をいう。)は、前項の規定により縦覧に供された施行規程及び事業計画について意見があるときは、縦覧期間内に、建設大臣に意見書を提出することができる。
7 建設大臣は、前項の規定により意見書の提出があつたときは、その内容を審査し、その意見書に係る意見を採択すべきであると認めるときは、公団に対し施行規程及び事業計画に必要な修正を加えるべきことを命じ、その意見書に係る意見を採択すべきでないと認めるときは、その旨を意見書を提出した者に通知しなければならない。この場合において、建設大臣は、意見書の内容を審査しようとするときは、施行地区となるべき区域をその区域に含む都道府県に置かれる都市計画審議会の意見を聞かなければならない。
8 公団が前項の規定により施行規程及び事業計画に必要な修正を加えたときは、その修正に係る部分について、更に第五項から本項までに規定する手続を行うベきものとする。
9 建設大臣は、第一項に規定する認可をしたときは、遅滞なく、建設省令で定める事項を公告しなければならない。
10 公団は、前項の公告があるまでは、施行規程及び事業計画をもつて第三者に対抗することができない。
11 公団は、第一項の施行規程又は事業計画を変更しようとするときは、建設大臣の認可を受けなければならない。
12 第二項の規定は、前項に規定する認可の申請をしようとするときについて、第四項から第八項までの規定は、第一項の施行規程又は事業計画を変更しようとするとき(政令で定める軽微な変更をしようとするときを除く。)について、第九項及び第十項の規定は、前項の規定による認可をしたときの公告について準用する。

 (土地区画整理審議会)

第三十七条 公団が施行する土地区画整理事業ごとに、公団に土地区画整理審議会(以下本条において「審議会」という。)を置く。
2 施行地区を工区に分けたときは、前項に規定する審議会は、工区ごとに置くことができる。
3 土地区画整理法第五十六条第三項及び第四項並びに同法第五十七条から第六十四条までの規定は、前二項の規定により置かれる審議会について準用する。この場合において、同法第五十八条第三項、第七項及び第八項並びに同法第六十二条第一項中「都道府県知事又は市町村長」とあるのは「日本住宅公団総裁」と、同法第六十四条中「都道府県又は市町村」とあるのは「日本住宅公団」と読み替えるものとする。
4 第十九条の規定は、審議会の委員について準用する。

 (評価員)

第三十八条 土地区画整理法第六十五条の規定は、公団が施行する土地区画整理事業について準用する。この場合において、同条第一項中「都道府県知事又は市町村長」とあるのは「日本住宅公団総裁」と、同条第一項及び第三項中「都道府県又は市町村」とあるのは「日本住宅公団」と読み替えるものとする。
2 第十九条の規定は、前項において準用する土地区画整理法第六十五条第一項の規定により選任される評価員について準用する。

 (技術的援助の請求)

第三十九条 公団は、公団が施行する土地区画整理法第三条の二第一項の規定による土地区画整理事業の施行の準備又は施行のために、建設大臣、都道府県知事及び市町村長に対し、土地区画整理事業に関し専門的知識を有する職員の技術的援助を求めることができる。

 (費用の負担)

第四十条 公団が施行する土地区画整理事業に要する費用は、公団が負担する。
2 公団は、公団が施行する土地区画整理事業の施行により利益を受ける地方公共団体に対し、その利益を受ける限度において、その土地区画整理事業に要する費用の一部を負担することを求めることができる。
3 前項の場合において、地方公共団体が負担する費用の額及び負担の方法は、公団と地方公共団体とが協議して定める。
4 前項の協議が成立しないときは、当事者の申請に基き、建設大臣が裁定する。この場合において、建設大臣は、当事者の意見を聞かなければならない。
5 地方公共団体は、第三項又は前項の規定により定められた負担金を、政令で定めるところにより、当該地方公共団体の発行する地方債の証券をもつて納付することができる。

 (訴願)

第四十一条 公団又は行政庁が、公団が施行する土地区画整理事業に関し、土地区画整理法又は本章の規定に基いてした処分に対して不服のある者は、当該処分のあつた日から一月以内に建設大臣に訴願することができる。

 (土地区画整理法の適用)

第四十二条 公団が施行する土地区画整理法第三条の二第一項の規定による土地区画整理事業については、公団を同法第三条第四項の規定により土地区画整理事業を施行しようとし、又は施行する市町村長とみなし、当該土地区画整理事業を同法同条同項の規定により市町村長が施行する土地区画整理事業とみなして、同法第七十二条第一項前段及び第二項から第七項まで、第七十三条、第七十四条、第七十六条から第八十四条まで、第八十五条第一項及び第三項から第五項まで、第八十六条、第八十七条、第八十八条第二項から第七項まで、第八十九条から第九十五条まで、第九十六条第二項及び第三項、第九十七条第一項及び第三項、第九十八条から第百七条まで、第百八条第一項前段、第百九条、第百十条第一項から第四項まで、第百十一条から第百十七条まで、第百二十条、第百二十八条から第百三十五条まで並びに第百三十九条から第百四十二条までの規定を適用する。ただし、土地区画整理法第七十三条第一項、第七十八条第一項及び第百一条第一項から第三項までの規定による損失の補償は、公団が行うものとし、同法第九十六条第二項の規定により換地計画において定められた保留地は、同法第百三条第四項の公告があつた日の翌日において、公団が取得するものとする。

 (都道府県知事又は市町村長が施行する土地区画整理事業の費用の負担)

第四十三条 公団は、土地区画整理法第三条第四項前段の規定により都道府県知事又は市町村長が施行する土地区画整理事業で、建設大臣が公団の行う住宅の建設又は宅地の造成のために必要であると認めたものについては、その土地区画整理事業に要する費用の全部又は一部を負担する。
2 前項の場合において、公団が負担する費用の額及び負担の方法は、公団と当該都道府県又は市町村とが協議して定める。
3 第四十条第四項の規定は、前項の協議が成立しないときについて準用する。
4 土地区画整理法第百十八条第三項の規定は、同法第三条第四項前段の規定により都道府県知事又は市町村長が施行する土地区画整理事業で、第一項の規定により公団がその費用の全部又は一部を負担するものについては、適用しない。

   第六章 財務及び会計

 (事業年度)

第四十四条 公団の事業年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終る。

 (予算等の認可)

第四十五条 公団は、毎事業年度、予算、事業計画及び資金計画を作成し、事業年度開始前に、建設大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、また同様とする。
2 公団は、前項の規定による建設大臣の認可を受けたときは、予算、事業計画及び資金計画に関する書類を、公団に出資した地方公共団体に提出しなければならない。

 (決算)

第四十六条 公団は、毎事業年度の決算を翌年度の七月三十一日までに完結しなければならない。

 (財務諸表)

第四十七条 公団は、毎事業年度、財産目録、貸借対照表及び損益計算書(以下本条において「財務諸表」という。)を作成し、決算完結後二月以内に建設大臣に提出し、その承認を受けなければならない。
2 公団は、前項の規定により財務諸表を建設大臣に提出するときは、これに予算の区分に従い作成した当該事業年度の決算報告書を添附し、並びに財務諸表及び決算報告書に関する監事の意見をつけなければならない。
3 公団は、第一項の規定による建設大臣の承認を受けたときは、遅滞なく、財務諸表を官報に公告し、かつ、各事務所に備えて置かなければならない。
4 公団は、第一項の規定による建設大臣の承認を受けたときは、財務諸表及び決算報告書を、公団に出資した地方公共団体に提出しなければならない。

 (利益及び損失の処理)

第四十八条 公団は、毎事業年度、経営上利益を生じたときは、前事業年度から繰り越した損失をうめ、なお残余があるときは、その残余の額は、積立金として整理しなければならない。
2 公団は、毎事業年度、経営上損失を生じたときは、前項の規定による積立金を減額して整理し、なお不足があるときは、その不足額は、繰越欠損金として整理しなければならない。

 (借入金及び住宅債券)

第四十九条 公団は、建設大臣の認可を受けて、長期借入金若しくは短期借入金をし、又は住宅債券を発行することができる。
2 前項の規定による短期借入金は、当該事業年度内に償還しなければならない。ただし、資金の不足のため償還することができないときは、その償還することができない金額に限り、建設大臣の認可を受けて、これを借り換えることができる。
3 前項ただし書の規定により借り換えた短期借入金は、一年以内に償還しなければならない。
4 第一項の規定による住宅債券の債権者は、公団の財産について他の債権者に先だつて自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
5 前項の先取特権の順位は、民法の規定による一般の先取特権に次ぐものとする。
6 公団は、建設大臣の認可を受けて、住宅債券の発行に関する事務の全部又は一部を銀行又は信託会社に委託することができる。
7 前項の規定により委託を受けた銀行又は信託会社については、商法(明治三十二年法律第四十八号)第三百九条から第三百十一条までの規定を準用する。
8 第一項及び第四項から前項までに定めるもののほか、住宅債券に関し必要な事項は、政令で定める。

 (政府からの貸付等)

第五十条 政府は、公団に対し、長期若しくは短期の資金の貸付をし、又は住宅債券の引受をすることができる。

 (債務保証)

第五十一条 政府は、法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律(昭和二十一年法律第二十四号)第三条の規定にかかわらず、国会の議決を経た金額の範囲内において、公団の債務について、保証契約をすることができる。

 (償還計画)

第五十二条 公団は、毎事業年度、長期借入金及び住宅債券の償還計画をたてて、建設大臣の認可を受けなければならない。

 (余裕金の運用)

第五十三条 公団は、次の方法による場合を除くほか、業務上の余裕金を運用してはならない。
 一 国債その他建設大臣の指定する有価証券の取得
 二 銀行ヘの預金又は郵便貯金

 (給与及び退職手当の支給の基準)

第五十四条 公団は、その役員及び職員に対する給与及び退職手当の支給の基準を定め、又は変更しようとするときは、建設大臣の承認を受けなければならない。

 (建設省令への委任)

第五十五条 この法律及びこれに基く政令に規定するもののほか、公団の財務及び会計に関し必要な事項は、建設省令で定める。

   第七章 監督

 (監督)

第五十六条 公団は、建設大臣が監督する。
2 建設大臣は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、公団に対して、その業務に関し、監督上必要な命令をすることができる。

 (報告及び検査)

第五十七条 建設大臣は、必要があると認めるときは、公団に対して業務及び資産の状況に関し報告をさせ、又はその職員をして公団の事務所に立ち入り、業務の状況若しくは帳簿、書類その他の必要な物件を検査させることができる。
2 前項の規定により職員が立入検査をする場合においては、その身分を示す証明書を携帯し、関係人にこれを提示しなければならない。
3 第一項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。

   第八章 補則

 (建築基準法等の適用) 

第五十八条 建築基準法(昭和二十五年法律第二百一号)第十八条及び宅地建物取引業法(昭和二十七年法律第百七十六号)第二十三条の規定の適用については、公団は、国とみなす。

 (恩給)

第五十九条 恩給法(大正十二年法律第四十八号)第十九条に規定する公務員(以下本条において「公務員」という。)又は同条に規定する公務員とみなされる者(以下本条において「公務員とみなされる者」という。)が引き続いて公団の役員又は職員となつたときは、恩給法の一部を改正する法律(昭和二十二年法律第七十七号。以下「法律第七十七号」という。)附則第十条又は住宅金融公庫法(昭和二十五年法律第百五十六号)第三十八条の三の規定の適用については、法律第七十七号附則第十条第一項中「引き続いて公務員又は公務員とみなされる者として在職し」とあり、又は住宅金融公庫法第三十八条の三第一項中「引き続いて同条に規定する公務員又は公務員とみなされる者として在職し」とあるのは、「引き続いて公務員若しくは公務員とみなされる者又は日本住宅公団の役員若しくは職員として在職し」と読み替えるものとする。
2 他の法律の規定において法律第七十七号附則第十条の規定を準用するときは、前項の規定により読み替えられた同条第一項の規定を準用するものとする。
3 公団の設立の際現に公務員又は公務員とみなされる者として在職する者が、引き続いて公団の役員又は職員となり、更に引き続いて公務員又は公務員とみなされる者となつたとき(公団の設立の際現に公務員又は公務員とみなされる者として在職する者が引き続いて公務員又は公務員とみなされる者として在職し、更に引き続いて公団の役員又は職員となり、更に引き続いて公務員又は公務員とみなされる者となつたときを含む。)は、その公務員又は公務員とみなされる者に給すべき普通恩給については、当該公団の役員又は職員としての在職年月数を公務員又は公務員とみなされる者としての在職年月数に通算する。
4 第一項(他の法律の規定において第一項の規定により読み替えられた法律第七十七号附則第十条第一項の規定を準用するときを含む。)及び前項の規定は、公団の役員又は職員となるまでの公務員又は公務員とみなされる者としての在職年が普通恩給についての最短恩給年限に達する者については、適用しないものとする。
5 第三項の規定の適用を受ける者についての恩給法第六十四条ノ二の規定の適用又は準用については、公団の役員又は職員としての就職を再就職とみなす。

第六十条 公団は、前条第一項(他の法律の規定において同条同項の規定により読み替えられた法律第七十七号附則第十条第一項の規定を準用するときを含む。)及び第三項の規定の適用を受ける公団の役員若しくは職員であつた者又はその遺族の恩給の支払に充てる金額を、政令で定めるところにより、国庫又は地方公共団体に納付するものとする。

 (大蔵大臣等との協議)

第六十一条 建設大臣は、次の場合には、あらかじめ、大蔵大臣と協議しなければならない。
 一 第四条第三項、第四十五条第一項、第四十九条第一項、第二項ただし書及び第六項並びに第五十二条の規定による認可をしようとするとき。
 二 第四十七条第一項及び第五十四条の規定による承認をしようとするとき。
 三 第五十三条第一号の規定による指定をしようとするとき。
 四 第五十五条の規定により建設省令を定めようとするとき。
2 建設大臣は、第四十条第四項(第四十三条第三項において準用する場合を含む。)の規定による裁定をしようとするときは、あらかじめ、自治庁長官と協議しなければならない。

   第九章 罰則

 (罰則)

第六十二条 公団が第五十七条第一項の規定に違反して報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したときは、その違反行為をした公団の役員又は職員を三万円以下の罰金に処する。

第六十三条 次の場合においては、その違反行為をした公団の役員又は職員を三万円以下の過料に処する。
 一 この法律により建設大臣の認可又は承認を受けなければならない場合において、その認可又は承認を受けなかつたとき。
 二 第六条第一項の規定に違反して登記を怠り、又は不実の登記をしたとき。
 三 第三十一条及び附則第三条に規定する業務以外の業務を行つたとき。
 四 第五十三条の規定に違反して業務上の余裕金を運用したとき。
 五 第五十六条第二項の規定による建設大臣の命令に違反したとき。

第六十四条 第八条の規定に違反した者は、一万円以下の過料に処する。

   附 則

 (施行期日)

第一条 この法律は、公布の日から施行する。

 (設立の手続)

第二条 建設大臣は、設立委員を命じ、公団の設立に関する事務を処理させる。
2 設立委員は、定款を作成し、建設大臣の認可を受けなければならない。
3 前項の認可を受けたときは、設立委員は、地方公共団体に対し、公団に対する出資を募集しなければならない。
4 設立委員は、前項の募集が終つたときは、建設大臣に対して、設立の認可を申請しなければならない。
5 前項の認可を受けたときは、設立委員は、政府及び出資の募集に応じた地方公共団体に対し、出資金の払込又は出資の目的たる財産の給付を求めなければならない。
6 出資金の払込又は出資の目的たる財産の給付があつた日(出資金が分割して払い込まれるとき、又は出資の目的たる財産が分割して給付されるときは、第一回の払込又は給付があつた日)において、設立委員は、その事務を公団の総裁に引き継がなければならない。
7 公団の総裁が前項の事務の引継を受けたときは、その引継を受けた日において、役員の全員は、政令で定めるところにより、設立の登記をしなければならない。
8 公団は、前項の規定による設立の登記をすることによつて成立する。

 (業務の特例)

第三条 公団は、第三十一条に規定する業務のほか、当分の間、日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定第七条の規定に基き政府が接受することに同意したアメリカ合衆国政府の職員の居住の用に供する住宅の賃貸その他の管理を行うことができる。

 (昭和三十年度の予算等に関する経過措置)

第四条 昭和三十年度に係る第四十五条の規定の適用については、同条第一項前段中「毎事業年度、予算、事業計画及び資金計画を作成し、事業年度開始前に」とあるのは、「公団の成立後遅滞なく、昭和三十年度の予算、事業計画及び資金計画を作成し」と読み替えるものとする。

 (登録税法の改正)

第五条 登録税法(明治二十九年法律第二十七号)の一部を次のように改正する。

  第十九条中第一号ノ三の次に次の一号を加える。

  一ノ四 日本住宅公団自己ノ為ニスル登記又ハ登録

 (印紙税法の改正)

第六条 印紙税法(明治三十二年法律第五十四号)の一部を次のように改正する。

  第五条第六号ノ六中「法令ニ依ル公団」を「日本住宅公団」に改める。

 (所得税法の改正)

第七条 所得税法(昭和二十二年法律第二十七号)の一部を次のように改正する。

  第三条第一項中第四号の次に次の一号を加える。

  四の二 日本住宅公団

 (法人税法の改正)

第八条 法人税法(昭和二十二年法律第二十八号)の一部を次のように改正する。

  第四条第二号中「日本電信電話公社、」の下に「日本住宅公団、」を加える。

 (地方税法の改正)

第九条 地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)の一部を次のように改正する。

  第七十二条の四第一項第二号中「日本電信電話公社、」の下に「日本住宅公団、」を加える。

  第七十三条の四第一項に次の一号を加える。

  九 日本住宅公団が日本住宅公団法(昭和三十年法律第五十三号)第三十一条第二号に規定する業務の用に供する土地

 (土地収用法の改正)

第十条 土地収用法(昭和二十六年法律第二百十九号)の一部を次のように改正する。

  第三条第三十号中「又は地方公共団体」を「、地方公共団体又は日本住宅公団」に改める。

 (簡易生命保険及び郵便年金の積立金の運用に関する法律の改正)

第十一条 簡易生命保険及び郵便年金の積立金の運用に関する法律(昭和二十七年法律第二百十号)の一部を次のように改正する。

  第三条第一項に次の二号を加える。

  九 日本住宅公団の発行する住宅債券

  十 日本住宅公団に対する貸付

 (土地区画整理法の改正)

第十二条 土地区画整理法の一部を次のように改正する。

  第三条第三項中「次項」を「本章」に改める。

  第一章中第三条の次に次の一条を加える。

  (日本住宅公団の施行する土地区画整理事業)

 第三条の二 日本住宅公団は、建設大臣が日本住宅公団の行う住宅の建設又は宅地の造成とあわせてこれと関連する新たな市街地を造成するための土地区画整理事業を施行する必要があると認める場合においては、計画決定区域の土地について、当該土地区画整理事業を施行することができる。

 2 前項の規定による土地区画整理事業については、この法律及び日本住宅公団法(昭和三十年法律第五十三号)の定めるところによる。

  第四条中「前条第一項」を「第三条第一項」に改める。

 (建設省設置法の改正)

第十三条 建設省設置法(昭和二十三年法律第百十三号)の一部を次のように改正する。

  第三条中第二十三号の四の次に次の一号を加える。

  二十三の五 日本住宅公団の業務の監督その他日本住宅公団法(昭和三十年法律第五十三号)の施行に関する事務を管理すること。

  第三条第二十六号の二及び第二十六号の三中「公共団体、」の下に「日本住宅公団、」を加える。

  第四条第二項中「前条第二十五号から」を「前条第二十三号の五に規定する事務のうち日本住宅公団の経営一般の監督に関するもの、同条第二十五号から」に改める。

  第四条第三項中「地区の指定に関するもの」の下に「並びに同条第二十三号の五に規定する事務のうち日本住宅公団の業務で土地区画整理事業に係るものに関するもの」を加える。

  第四条第六項中「第二十四号までに規定する事務」を「第二十三号の四までに規定する事務、同条第二十三号の五に規定する事務のうち日本住宅公団の業務で土地区画整理事業以外の事業に係るものに関するもの、同条第二十四号に規定する事務」に改める。

  第二章中第五条の二の次に次の一条を加える。

  (日本住宅公団監理官)

 第五条の三 第三条第二十三号の五に規定する事務のうち日本住宅公団の経営一般の監督に関するものを行わせるため、建設省に日本住宅公団監理官二人を置く。

 2 日本住宅公団監理官は、建設省の職員のうちから、建設大臣が命ずる。

  第十二条第二号中「公共団体、」の下に「日本住宅公団、」を加える。

(内閣総理・大蔵・郵政・建設大臣署名) 

      「衆議院ホームページ」より

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 江戸時代中期の1758年(宝暦8)に、神道学者・竹内式部が公家に尊皇思想を教えた為に逮捕される宝暦事件が起きた日ですが、新暦では8月27日となります。
 宝暦事件(ほうれきじけん)は、京都において、朝権回復を志す尊王論者の少壮公卿らと竹内式部が処罰された事件でした。1757年(宝暦7)に、神道学者の竹内式部が桃園天皇の近習徳大寺公城らに神書・儒書・兵学を講じて大義名分論を唱え、江戸幕府を非難します。
 その講義を受けた公卿10数人は、侍講を説いて、桃園天皇に、式部の学説にのっとった『日本書紀』を進講させました。しかし、この事が朝廷と幕府との関係悪化に発展するのを恐れた、前関白一条道香が公卿の武術稽古禁止を理由に、京都所司代に告訴します。
 その結果、翌年7月に徳大寺らの官を停め永蟄居などの処罰をして天皇の周囲から排除、また、式部は重追放となり、京都を追われ伊勢国宇治山田(現在の三重県伊勢市)へ退去しました。

〇桃園天皇(ももぞのてんのう)とは?

 第116代とされる天皇です。江戸時代中期の1741年(寛保元年2月29日)に、京都において、桜町天皇の第1皇子(母は開明門院)として生まれましたが、名は遐仁(とおひと)と言いました。
 1745年(延享2)に、女御舎子(青綺門院)の養子となり、翌年には、儲君治定され、親王宣下されています。1747年(延享4)に、元服・立太子の儀が行なわれ、父・桜町天皇の譲位により践祚され、即位礼を挙げて、第116代とされる天皇となったものの、父が院政を敷きました。
 1750年(寛延3)に、父・桜町天皇が亡くなり、親政となりましたが、1757年(宝暦7)に垂加流の神道家竹内式部に師事した徳大寺公城らの少壮公家がその神道説を天皇に進講したのをきっかけに、宝暦事件が起こり、翌年には、朝廷内の尊王論者の若い公卿が幕府によって大量に処罰されます。性質英邁にして向学心が大せいで、漢学の造詣も深く、朝儀研究書『禁中例規御覚書』や歌集『桃園天皇御製』なども著し、1760年(宝暦10)には、玉津島社へ御製等50首を奉納していました。
 しかし、儲君英仁親王(のちの後桃園天皇)が幼少のため、代わって皇姉智子内親王(のちの後桜町天皇)の践祚を治定の上、1762年(宝暦12年7月12日)に、京都において、数え年22歳で亡くなり、陵墓は月輪陵(現在の京都市東山区今熊野泉山町)とされています。

<桃園天皇の代表的な和歌>

・「神代より 世世にかはらで 君と臣の 道すなほなる 国はわがくに」(公宴御会和歌)
・「春きぬと いはねどけさは いはみのや たかつの山の かすむにぞしる」(桃園天皇宸翰三葉以下五十葉)
・「いまはまた 豐のあかりの をりに逢ひて 昔にかへす 舞姫のそで」

〇桃園天皇の主要な著作

・日記『桃園院御日記』
・朝儀研究書『禁中例規御覚書』
・歌集『桃園天皇御製』

☆桃園天皇関係略年表

・1741年(寛保元年2月29日) 京都において、桜町天皇の第1皇子(母は開明門院)として生まれる
・1745年(延享2年10月) 女御舎子(青綺門院)の養子となる
・1746年(延享3年1月) 儲君治定される
・1746年(延享3年3月) 親王宣下される
・1747年(延享4年3月) 元服・立太子の儀が行なわれる
・1747年(延享4年5月2日) 父・桜町天皇の譲位により践祚する
・1747年(延享4年9月21日) 即位礼を挙げ、第116代とされる天皇となったものの、父が院政を敷く
・1750年(寛延3年4月23日) 父・桜町天皇が亡くなり、親政となる
・1757年(宝暦7年) 垂加流の神道家竹内式部に師事した徳大寺公城らの少壮公家がその神道説を天皇に進講する(宝暦事件のきっかけ)
・1758年(宝暦8年) 宝暦事件により、朝廷内の尊王論者の若い公卿が幕府によって大量に処罰される
・1760年(宝暦10年3月) 玉津島社へ御製等50首を奉納する
・1762年(宝暦12年7月12日) 京都において、数え年22歳で亡くなる

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826年(天長3)平安時代初期の公卿藤原冬嗣の命日(新暦8月30日)詳細
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hanawahokiichi01
 今日は、江戸時代後期の1793年(寛政5)に、国学者・塙保己一が江戸麹町に和学講談所を創立した日ですが、新暦では8月29日となります。
 和学講談所(わがくこうだんしょ)は、塙保己一の建議により、江戸幕府の許可を得て、江戸麹町に300坪の用地を給せられ、創立された、古典の研究・校訂や正続群書類従・史料・武家名目抄などの編纂を目的とした学問所でした。1795年(寛政7)には、4ヶ所の町屋敷から年々の上納金50両を下付されて雑費に充当することになり、和学御用筋は林大学頭支配に入ることが定まり、官立に準ずる機関となります。
 1805年(文化2)には、表六番町(現在の三番町24付近)の840坪の場所に移りました。国典の教授を行う他、門人の中山信名、屋代弘賢らと共に、以前から着手していた『群書類従』(正続1,680巻に及ぶ古文献の集大成)の収集校訂を続行、また宇多天皇即位より徳川家康就任に至る『史料』、武家の制度に関する『武家名目抄』などの編集に努めます。そのため、しばしば門人達を京都や伊勢などに派遣して古書を筆写させ、資料の収集に尽力しましたが、これらの書物は、数量的にも多く、学術的にも高い価値を有していました。
 しかし、幕末の1863年(文久3)に、保己一の子忠宝が尊攘派によって暗殺されて編纂は停止されます。そして、明治維新となって、1868年(明治元)6月に廃止され、その史料、稿本類は明治政府の修史局に引き継がれました。

〇塙 保己一(はなわ ほきいち)とは?

 江戸時代の国学者です。1746年(延享3年5月5日)に、武蔵国児玉郡保木野村(現在の埼玉県本庄市)の農家の父・荻野宇兵衛、母・きよの長男として生まれましたが、幼名は寅之助(とらのすけ)と言いました。7歳で失明し、1757年(宝暦7)には、母きよが過労と心痛で亡くなります。
 1760年(宝暦10)に、15歳で江戸に出て、17歳で検校雨富須賀一に入門し、名を千弥と改め、按摩・鍼・音曲などの修業を始めました。その後学才を見いだされ、国学・和歌を萩原宗固、漢学・神道を川島貴林、故実を山岡浚明、医学を品川の東禅寺の孝首座、和歌を閑院宮に学ぶこととなります。
 1763年(宝暦13)に、18歳で盲官の一つである衆分となり、名を保木野一と改めました。1766年(明和3)に、父と共に伊勢神宮に詣でて京都、大阪などを旅し、1769年(明和6)には、国学者賀茂真淵に入門しています。
 1775年(安永4)には勾当に昇進し、塙姓(須賀一の本姓)を称し、名も保己一と改めました。1779年(安永8)に34歳で全国に散在する国書を収集刊行する大事業を発起します。
 1783年(天明3)に検校に昇進し、日野資枝、閑院宮典仁親王、外山光実の門に入り、堂上歌学を学びました。1786年(天明6)に『群書類従』の刊行を開始、1793年(寛政5)には江戸表六番町に和学講談所を開設し、後進の教育と図書・史料の研究調査活動を進めます。
 1819年(文政2)に『群書類従』(530巻1270種)の刊行を終え、さらに『続群書類従』の編纂に着手しました。1821年(文政4)には総検校に昇進しましたが、同年9月12日に江戸において、数え年76歳で亡くなっています。
尚、その遺業は続群書類従完成会による『続群書類従』の完結、『国史大系』による国史・律令の出版、東大史料編纂所による『大日本史料』の出版に引き継がれました。

〇塙保己一の主要な著作

・『花咲松(はなさくまつ)』
・「螢蠅(けいよう)抄」
・「鶏林拾葉」
・『群書類従』の編纂
・『続群書類従』の編纂
・『史料』の編纂
・百科全書『武家名目(みょうもく)抄』の編纂
・『松山集』

☆塙保己一関係略年表(日付は旧暦です)

・1746年(延享3年5月5日) 武蔵国児玉郡保木野村(現在の埼玉県本庄市)の農家の父・荻野宇兵衛、母・きよの長男として生まれる
・1752年(宝暦2年) 7歳で失明する
・1757年(宝暦7年) 母きよが過労と心痛で亡くなる
・1760年(宝暦10年) 15歳で江戸に出る
・1762年(宝暦12年) 17歳で検校雨富須賀一に入門し、名を千弥と改め、按摩・鍼・音曲などの修業を始める
・1763年(宝暦13年) 18歳で盲官の一つである衆分となる
・1766年(明和3年) 父と共に伊勢神宮に詣でて京都、大阪などを旅する
・1769年(明和6年) 国学者賀茂真淵に入門する
・1775年(安永4年) 盲官の一つである勾当に昇進、塙姓(須賀一の本姓)を称し、名も保己一と改める
・1779年(安永8年) 34歳で全国に散在する国書を収集刊行する大事業を発起する
・1779年(安永8年) 北野天満宮に祈誓、『般若心経』百万巻読誦を発願する
・1783年(天明3年) 盲官の一つである検校に昇進する
・1784年(天明4年) 和歌を日野資枝に学ぶ
・1785年(天明5年) 40歳のとき、立原翠軒の推薦で水戸藩主徳川治保に謁見する
・1786年(天明6年) 『群書類従』の刊行を開始する
・1793年(寛政5年) 江戸表六番町に和学講談所を開設し、後進の教育と図書・史料の研究調査活動を進める
・1795年(寛政7年) 盲人一座の総録職となる
・1805年(文化2年) 盲人一座十老となる
・1819年(文政2年) 『群書類従』(530巻1270種)の刊行を終え、さらに『続群書類従』の編纂に着手する
・1821年(文政4年2月) 盲官の一つである総検校に昇進する
・1821年(文政4年9月12日) 江戸において、数え年76歳で亡くなる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1842年(天保13)江戸幕府によって、「天保の薪水給与令」が出される(新暦8月28日)詳細
1867年(慶応3)小説家幸田露伴の誕生日(新暦8月22日)詳細
1918年(大正7)富山県魚津町の主婦らが米の県外積出し阻止の行動を起こす(米騒動の始まり)詳細
1939年(昭和14)小説家・教育評論家本庄陸男の命日詳細
1976年(昭和51)文化財保護審議会が7ヶ所を初の重要伝統的建造物群保存地区とする答申を出す詳細
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kokueimusashikyuuryoushinri
 今日は、昭和時代後期の1974年(昭和49)に、国営公園の最初の一つとなった、国営武蔵丘陵森林公園(埼玉県滑川町・熊谷市)が開園した日です。
 国営武蔵丘陵森林公園(こくえいむさしきゅうりょうしんりんこうえん)は、埼玉県中部にあり、比企郡滑川町と熊谷市にまたがる国営公園で、1967年(昭和42)から明治百年記念事業の一環として建設省(現在の国土交通省)が建設し、1974年(昭和49)7月22日に開園しました。南北約4km、東西約1km、面積は304.0haで、標高40~90mの比企丘陵の斜面上にあります。
 細長い園内には、自然を生かした森林や大小の溜池が点在し、庭園・花壇・噴水、芝生の運動広場、遊戯・運動施設、延長約17kmのサイクリング専用道路などが設けられています。その後、1976年(昭和51)改正の「都市公園法」の規定によって国が設置する国営公園(ロ号国営公園)として位置づけられました。 1989年(平成元)7月28日には、「日本の都市公園100選」に選定されています。

〇国営公園(こくえいこうえん)とは?

 1976年(昭和51)改正の「都市公園法」の規定により、国が設置する公園で、以下の2種類があります。
(1)一つの都府県の区域を超えるような広域の見地から設置する都市計画施設である公園または緑地。都道府県、市町村が設置管理の費用の一部を負担する。都市公園法施行令によって誘地区域、面積(300ha以上)、位置、区域などについて技術的基準が定められている。(イ号国営公園)
(2)国家的な記念事業として、またはわが国固有の優れた文化的資産の保存および活用を図るため、閣議決定を経て設置する都市計画施設である公園または緑地。整備、管理の費用は国が全額負担。(ロ号国営公園)
 2022年(令和4)3月現在で、日本全国に17ヶ所あり、その内、12公園で入園料が必要となっています。

☆日本の国営公園一覧 (17件) 

・国営滝野すずらん丘陵公園(北海道札幌市南区)1983年7月30日開園[395.7ha]イ
・国営みちのく杜の湖畔公園(宮城県川崎町)1989年8月4日開園[287.5ha]イ 
・国営ひたち海浜公園(茨城県ひたちなか市)1991年10月5日開園[350ha]イ 
・国営武蔵丘陵森林公園(埼玉県滑川町・熊谷市)1974年7月22日開園[304.0ha]ロ
・国営昭和記念公園(東京都立川市・昭島市)1983年10月26日開園[165.3ha]ロ
・国営東京臨海広域防災公園(東京都江東区)2010年7月1日開園[13.2ha]イ 
・国営越後丘陵公園(新潟県長岡市)1998年7月30日開園[399ha]イ 
・国営アルプスあづみの公園(長野県大町市・松川村、安曇野市)2004年7月24日開園[353ha]イ 
・国営木曽三川公園(岐阜県、愛知県、三重県)1987年10月31日開園[473.5ha]イ 
・淀川河川公園(京都府、大阪府)1977年3月開園[238.8ha]イ
・国営明石海峡公園(兵庫県淡路市、神戸市)2002年3月21日開園[330ha]イ 
・国営飛鳥・平城宮跡歴史公園(奈良県明日香村、奈良市)1974年7月21日開園[39ha]ロ
・国営備北丘陵公園(広島県庄原市)1995年4月14日開園[340ha]イ 
・国営讃岐まんのう公園(香川県まんのう町)1998年4月18日開園[350ha]イ 
・国営海の中道海浜公園(福岡県福岡市東区)1981年10月20日開園[539.3ha]イ 
・国営吉野ヶ里歴史公園(佐賀県神埼市・吉野ヶ里町)2001年4月21日開園[54ha]ロ
・国営沖縄記念公園(沖縄県那覇市、本部町)1976年9月1日開園[74.3ha]ロ 

(注)種別のイは都市公園法第2条第1項第2号イに基づくもの、種別のロは都市公園法第2条第1項第2号ロに基づくもの 
 
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1549年(天文18)イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸する(新暦8月15日)詳細
1878年(明治11)「郡区町村編成法」、「府県会規則」、「地方税規則」(地方三新法)が制定される詳細
1922年(大正11)応用化学者・企業家高峰讓吉の命日詳細
1924年(大正13)「小作調停法」が公布(施行は同年12月1日)される詳細
1953年(昭和28)「離島振興法」が公布・施行される詳細
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