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 今日は、昭和時代中期の1956年(昭和31)に、第二次能代大火(秋田県能代市)が起きた日です。
 第二次能代大火(だいにじのしろたいか)は、この日の17時15分に、市内明治町の製材工場の事務室から出火、折からの強風にあおられて、炎は隣接する工場をなめ尽くし、付近の住家5棟に延焼して全焼させましたが、消防の必死の活動で19時半頃には鎮火しました。
 しかし、深夜の23時5分頃に、今度は能代駅に近い畠町の酒造工・田中方から出火、風速10m/秒の東の強風に乗って西へ西へと広がり、初期消火に手間取る中で、畠町周辺を焼き尽くし、西に拡がって柳町、東住吉町方面に延焼地域を広げ、続いて住吉町一帯を火の海とします。さらに、新柳町、出戸沼方面を焼き尽くし、能代駅方面に向かい、また出戸町方面にも進んで延焼していったものの、近在からの応援も含めた消防自動車23台、ポンプ13台、消防組員900人が必死の消火活動にあたったため、ようやく翌日5時30分頃には火勢も弱まり、7時30分には完全に鎮火しました。
 この結果、約31.5haを焼失し、死者はありませんでしたが、負傷者194名、焼失家屋1,156戸、1,475棟、罹災世帯数1,248世帯、罹災人員6,087名に及び、渟城幼稚園、八幡神社、護国殿、丸〆百貨店、宮腰建設倉庫、日刊能代、淳城女子高等学院、藤田病院、菊池病院などの主要な建物が焼失しています。この時には、被害総額も約30億円に達したものの、その後、焼失区域一円に「都市計画法」による区画整理の実施を行い、防災に配慮した近代的な街並みづくりがおこなわけることとなりました。
 尚、この7年前の1949年(昭和24)2月20日にも第一次能代大火が起き、大きな被害を出しています。

〇第一次能代大火とは?

 昭和時代中期の1949年(昭和24)2月20日に、秋田県能代市で起きた大火です。
 前日夜半に西方からの強風が吹き始め、平均13m/s、最大18m/sにも及ぶようになりました。日付を超えた0時35分頃、市街西部の清助町新道の木工所から出火し、ポンプ車3台が出動、一端鎮火しかかった時、別の木工所の柾葺き屋根に飛び火し、延焼します。
 火の回りが早く、3台のポンプ車では手が回らず、近隣から消防車15台が駆け付けたものの、火勢が強く次々と延焼し、ようやく午前8時頃までに鎮火しました。これによる被害は、死者3名、負傷者132名、焼失家屋2,237棟(住家1,295棟、非住家942棟)、焼失面積83.6ha、罹災世帯1,755世帯、罹災人員8,790名にのぼり、当時の市街地のおよそ42%に相当するものとなります。
 市役所をはじめ、警察署(能代市警察署、山本地区警察署)・裁判所・郵便局・営林署・食糧公団・信用組合・勧業銀行支店・青森銀行支店・民生病院など主要な建物が軒並み焼失し、被害総額は47億2,500万円にもなりました。火災後の復興では、都市計画が策定され、防火帯を意識した、幅員30mの道路や公園・緑化、消火施設の充実などが図られました。
 しかし、7年後の1956年(昭和31)3月20日に、再び第二次能代大火が起き、約31.5haを焼失しています。

☆太平洋戦争後の日本の大火(400棟以上の焼失で、地震によるものを除く)

・1947年(昭和22)4月20日 - 飯田大火(長野県飯田市)
 死者・行方不明者3名、焼失棟数3,742棟、焼損面積約48ha、罹災戸数4,010戸、罹災人員17,778名
・1947年(昭和22)4月29日 - 那珂湊大火(茨城県那珂郡那珂湊町)
 焼失戸数1,210戸、焼失家屋1,508棟、被災人口6,080名
・1947年(昭和22年)5月16日 - 空知炭鉱大規模火災(北海道歌志内市)
 開墾で野焼きをしていた火が燃え広がり付近の住宅地へ類焼、977戸488棟が全半焼。
・1949年(昭和24)2月20日 - 第一次能代大火(秋田県能代市)
 死者3名、負傷者132名、焼失家屋2,237棟、焼失面積83.6ha、罹災世帯1,755世帯、罹災人員8,790名
・1950年(昭和25)4月13日 - 熱海大火(静岡県熱海市)
 死者なし、負傷者979名、全焼戸数979棟、延焼面積約13ha、罹災世帯1,461世帯5,745名、被害総額54億7千万円
・1952年(昭和27)4月17日 - 鳥取大火(鳥取県鳥取市)
 死者3名、罹災家屋5,228戸、罹災面積約160ha、罹災者2万451人
・1954年(昭和29)9月26日 - 岩内大火(北海道岩内郡岩内町)
 死者35名、負傷者551名、行方不明3名、焼失戸数3,298戸、焼失面積約106ha、罹災者16,622名
・1955年(昭和30)10月1日 - 新潟大火(新潟県新潟市)
 行方不明者1名、負傷者175名、焼失棟数892棟、焼失面積約26ha、罹災世帯1,193世帯、罹災人員5,901名
・1956年(昭和31)3月20日 - 第二次能代大火(秋田県能代市)
 死者なし、負傷者194名、焼失家屋1,475棟、焼失面積約31.5ha、罹災世帯1,248世帯、罹災人員6,087名
・1956年(昭和31)9月10日 - 魚津大火(富山県魚津市)
 死者5名、負傷者170名(うち重傷者5名)、焼失戸数1,583戸、罹災者7,219名
・1958年(昭和33年)12月27日 - 古仁屋大火(鹿児島県大島郡瀬戸内町)
 焼失戸数1,628戸、罹災者5,300人余名
・1961年(昭和36年)5月29日 - 白銀大火(青森県八戸市)
 焼失家屋700棟、焼失面積約30ha、被災人口5,000人、被害総額約25億円
・1965年(昭和40)1月11日 - 伊豆大島大火(東京都大島町)
 死者なし、全焼戸数584棟418戸、焼失面積約16.5ha、罹災世帯408世帯1,273名、被害総額20億7千万円
・1966年(昭和41年)1月11日 - 三沢大火(青森県三沢市)
 死者なし、負傷者26名、焼失家屋450棟、焼失面積約10.8ha、被災人口2,352名、被害総額15億6千万円強
・1976年(昭和51)10月29日 - 酒田大火(山形県酒田市)
 死者1名、焼失棟数1,774棟、焼失面積約22.5ha、被災者約3,300名、被害総額約405億円した日です。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1882年(明治15)上野公園に博物館(現在の東京国立博物館)が開館する詳細
上野公園に博物館附属動物園(上野動物園)が開館する詳細
1883年(明治16)自由民権運動への弾圧となる高田事件(新潟県)が起こる詳細
1935年(昭和10)日本画家速水御舟の命日詳細