今日は、平成時代の1994年(平成6)に、小説家・推理作家多岐川恭の亡くなった日です。
多岐川恭(たきがわ きょう)は、1920年(大正9)1月7日に、福岡県八幡市(現在の北九州市八幡)において生まれましたが、本名は松尾舜吉と言いました。旧制第七高等学校造士館を卒業し、東京帝国大学経済学部在学中の1944年(昭和19)に召集を受け、長崎県の捕虜収容所で通訳をしています。
太平洋戦争後、横浜正金銀行の東京本店(現在の三菱UFJ銀行)に入行しましたが、食糧事情を理由に門司支店に転任、一時小説家を目指し退職したものの、毎日新聞西部本社に再就職しました。1953年(昭和28)に白家太郎の筆名で、「宝石」懸賞募集に『みかん山』を応募、佳作に入選してデビューします。
1956年(昭和31)に短編懸賞に応募し、『落ちる』、『黄色い道しるべ』がそれぞれ2位と佳作に入選しました。1958年(昭和33)には、『濡れた心』で第4回江戸川乱歩賞、短編『落ちる』、『笑う男』、『ある脅迫』で第40回直木賞を受賞します。
また、代表となって若手探偵作家の佐野洋、竹村直伸、星新一、水上勉、結城昌治らと共に親睦団体の「他殺クラブ」を結成しました。1961年(昭和36)に『変身島風物誌』、『お茶とプール』、『人でなしの遍歴』など8長編を発表、1967年(昭和42)には、時代小説『ゆっくり雨太郎捕物控』シリーズをスタート(~1975年)させています。
1977年(昭和52)に推理長編『道化たちの退場』を発表、1984年(昭和59)には、ハードボイルド・ミステリ『京都で消えた女』とベッド・ディティクティヴ『おやじに捧げる葬送曲』の二冊を発表するなど、本格推理小説、時代小説、ミステリー、SF等の多彩な分野で活動しました。巧みなストーリー展開と綿密な性格描写で多くの読者を得て、1989年(平成元)に紫綬褒章を受章、1994年(平成6)には、「小説新潮」に約8年ぶりの長編ミステリー『レトロ館の殺意』を連載しましたが、その完結後の同年12月31日に、脳梗塞のため、74歳で亡くなっています。
太平洋戦争後、横浜正金銀行の東京本店(現在の三菱UFJ銀行)に入行しましたが、食糧事情を理由に門司支店に転任、一時小説家を目指し退職したものの、毎日新聞西部本社に再就職しました。1953年(昭和28)に白家太郎の筆名で、「宝石」懸賞募集に『みかん山』を応募、佳作に入選してデビューします。
1956年(昭和31)に短編懸賞に応募し、『落ちる』、『黄色い道しるべ』がそれぞれ2位と佳作に入選しました。1958年(昭和33)には、『濡れた心』で第4回江戸川乱歩賞、短編『落ちる』、『笑う男』、『ある脅迫』で第40回直木賞を受賞します。
また、代表となって若手探偵作家の佐野洋、竹村直伸、星新一、水上勉、結城昌治らと共に親睦団体の「他殺クラブ」を結成しました。1961年(昭和36)に『変身島風物誌』、『お茶とプール』、『人でなしの遍歴』など8長編を発表、1967年(昭和42)には、時代小説『ゆっくり雨太郎捕物控』シリーズをスタート(~1975年)させています。
1977年(昭和52)に推理長編『道化たちの退場』を発表、1984年(昭和59)には、ハードボイルド・ミステリ『京都で消えた女』とベッド・ディティクティヴ『おやじに捧げる葬送曲』の二冊を発表するなど、本格推理小説、時代小説、ミステリー、SF等の多彩な分野で活動しました。巧みなストーリー展開と綿密な性格描写で多くの読者を得て、1989年(平成元)に紫綬褒章を受章、1994年(平成6)には、「小説新潮」に約8年ぶりの長編ミステリー『レトロ館の殺意』を連載しましたが、その完結後の同年12月31日に、脳梗塞のため、74歳で亡くなっています。
〇多岐川恭の主要な著作
・『みかん山』(1953年)
・『濡(ぬ)れた心』(1958年)第4回江戸川乱歩賞受賞
・短編集『落ちる』(1958年)第40回直木賞受賞
・『氷柱』(1958年)
・SFミステリー『イヴの時代』(1961年)
・『変身島風物誌』(1961年)
・『お茶とプール』(1961年)
・『人でなしの遍歴』(1961年)
・『孤独な共犯者』
・『異郷の帆』(1961年)
・『墓場への持参金』(1965年)
・『宿命と雷雨』(1967年)
・『ゆっくり雨太郎捕物控』(1968年)
・『道化たちの退場』(1977年)
・『的の男』(1978年)
・『京都で消えた女』(1984年)
・『おやじに捧げる葬送曲』(1984年)
・『レトロ館の殺意』(1994年)
☆多岐川恭関係略年表
・1920年(大正9)1月7日 福岡県八幡市(現在の北九州市八幡)において、生まれる
・1944年(昭和19) 東京帝国大学経済学部を卒業する
・1953年(昭和28) 白家太郎の筆名で「宝石」懸賞募集に『みかん山』を応募、佳作に入選してデビューする
・1956年(昭和31) 短編懸賞に応募し、『落ちる』、『黄色い道しるべ』がそれぞれ2位と佳作に入選する
・1958年(昭和33) 『濡れた心』で第4回江戸川乱歩賞、短編『落ちる』、『笑う男』、『ある脅迫』で第40回直木賞を受賞する
・1961年(昭和36) 『変身島風物誌』、『お茶とプール』、『人でなしの遍歴』など8長編を発表する
・1967年(昭和42) 『ゆっくり雨太郎捕物控』シリーズをスタートさせる
・1977年(昭和52) 推理長編『道化たちの退場』を発表する
・1984年(昭和59) ハードボイルド・ミステリ『京都で消えた女』とベッド・ディティクティヴ『おやじに捧げる葬送曲』の二冊を発表する
・1989年(平成元) 紫綬褒章を受章する
・1994年(平成6) 「小説新潮」に約8年ぶりの長編ミステリ『レトロ館の殺意』を連載する