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 今日は、昭和時代中期の太平洋戦争敗戦後の1946年(昭和21)に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)へ「憲法改正要綱」(松本私案)が提出された日です。
 「憲法改正要綱(けんぽうかいせいようこう)」は、東久邇内閣の総辞職後の1945年(昭和20)10月9日に成立した幣原内閣で、憲法改正問題を担当した松本烝治国務大臣がとりまとめた憲法改正案で松本私案とも呼ばれました。
 日本が敗戦に当たって受諾した「ポツダム宣言」の第6条「日本国国民を欺瞞し、之をして世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力及び勢力は、永久に除去せられざるべからず」に基づき、1945年(昭和20)10月4日に、連合国最高司令官 D.マッカーサー元帥は「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の撤廃に関する覚書(民主化指令)SCAPIN-93」(①天皇に関する議論をふくむ思想、言論の自由を抑圧する一切の法令の廃止、②治安維持法関連の一切の法令の廃止、③政治犯の即時釈放(10月10日までに)、④思想警察その他一切の類似機関の廃止、⑤内務大臣および警察関係の首脳部、その他日本全国の思想警察および弾圧活動に関係ある官吏の罷免)を発し、東久邇内閣の国務相近衛文麿に新憲法制定を示唆しましたが、それはとても実施できないとの衝撃を受けて東久邇内閣が翌日に総辞職すると、10月9日に幣原内閣が成立します。10月11日には、幣原首相・マッカーサー(連合国最高司令官)会談が行われ、その時にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)指令として、いわゆる「五大改革指令」(①秘密警察の廃止、②労働組合の結成奨励、③婦人解放、④学校教育の自由化、⑤経済の民主化)が口頭で通達されました。
 そして、10月22日に「日本教育制度に対する管理政策」(SCAPIN-178)、10月30日に「教育関係者の資格についての指令」(SCAPIN-212)、11月6日に「持株会社の解体に関する覚書」(SCAPIN-244)、11月24日に「戦時利得の除去及び国家財政の再編成に関する覚書」(SCAPIN337)、12月9日に「農地改革に関する覚書」(SCAPIN-411)、12月15日に「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件(宗教指令)」など、年末までに重要指令が次々とGHQから幣原内閣に出されます。その中で、幣原内閣で、憲法改正問題を担当した松本烝治国務大臣は、憲法問題調査委員会の調査・審議を経て、12月8日には、いわゆる「松本四原則」(①天皇が統治権を総覧するという原則には変更を加えない、②議会の権限を拡大し、その結果として大権事項を制限する、③国務大臣の責任を国務の全般にわたるものたらしめ、国務大臣は議会に対して責任を負うものとする、④人民の自由・権利の保護を強化し、その侵害に対する救済を完全なものとする)をまとめ、これに基づいて翌年1月には、松本案(いわゆる「甲」案)を作成、これに若干の加筆改訂を加え、2月8日に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)へ提出したのが「憲法改正要綱」(松本私案)でした。
 その内容は、国体護持を重視し、それまでの「大日本帝国憲法」の微温的修正にとどまり、天皇主権の原則は維持され、統帥権の独立は否定されたものの軍隊は存続させられており、基本的人権の考え方はなく法律で自由に制限できる「臣民の権利」が保障されるといったものとなります。しかし、GHQは「ポツダム宣言」の第6条の軍国主義除去の実施には、不十分なものとみなし、受け入れられませんでした。
 当時、民間でも憲法改正論議は活発化し、天皇主権(国体護持)、国家主権(君民同治)、国民主権(天皇象徴化)、人民主権(天皇制廃止)など様々な憲法案が出されていましたが、GHQは2月13日に、「ポツダム宣言」の第6条に沿いつつも、中庸な国民主権(天皇象徴化・戦争放棄・基本的人権確立)を採用したマッカーサー案を日本側に手渡します。日本政府は同月22日にその受諾を決定、そののち日米双方で検討し、3月6日に「憲法改正草案要綱」として内容が政府発表されました。
 その後、枢密院の審議を経て、6月20日の帝国議会に提出され、3ヶ月余の吟味を受け、いくつかの修正をしたうえで、10月7日の衆議院で「日本国憲法」が成立し、11月3日に公布され、翌年5月3日に施行されます。この時、新聞社が実施した世論調査では、8割以上が「日本国憲法」を評価し、国民に歓迎されました。
 以下に、「憲法改正要綱」(松本私案)を全文掲載しておきますので、ご参照下さい。

〇「憲法改正要綱」(松本私案) 1946年(昭和21)2月8日

憲法改正要綱

第一章 天皇
一 第三条ニ「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」トアルヲ「天皇ハ至尊ニシテ侵スヘカラス」ト改ムルコト
二 第七条所定ノ衆議院ノ解散ハ同一事由ニ基ツキ重ネテ之ヲ命スルコトヲ得サルモノトスルコト
三 第八条所定ノ緊急勅令ヲ発スルニハ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ要スルモノトスルコト
四 第九条中ニ「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令」トアルヲ「行政ノ目的ヲ達スル為ニ必要ナル命令」ト改ムルコト(要綱十参照)
五 第十一条中ニ「陸海軍」トアルヲ「軍」ト改メ且第十二条ノ規定ヲ改メ軍ノ編制及常備兵額ハ法律ヲ以テ之ヲ定ムルモノトスルコト(要綱二十一参照)
六 第十三条ノ規定ヲ改メ戦ヲ宣シ和ヲ講シ又ハ法律ヲ以テ定ムルヲ要スル事項ニ関ル条約若ハ国庫ニ重大ナル負担ヲ生スヘキ条約ヲ締結スルニハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要スルモノトスルコト但シ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ノ召集ヲ待ツコト能ハサル緊急ノ必要アルトキハ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ以テ足ルモノトシ此ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ報告シ其ノ承諾ヲ求ムヘキモノトスルコト
七 第十五条ニ「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」トアルヲ「天皇ハ栄典ヲ授与ス」ト改ムルコト

第二章 臣民権利義務
八 第二十条中ニ「兵役ノ義務」トアルヲ「役務ニ服スル義務」ト改ムルコト
九 第二十八条ノ規定ヲ改メ日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有スルモノトスルコト
十 日本臣民ハ本章各条ニ掲ケタル場合ノ外凡テ法律ニ依ルニ非スシテ其ノ自由及権利ヲ侵サルルコトナキ旨ノ規定ヲ設クルコト
十一 非常大権ニ関スル第三十一条ノ規定ヲ削除スルコト
十二 軍人ノ特例ニ関スル第三十二条ノ規定ヲ削除スルコト

第三章 帝国議会
十三 第三十三条以下ニ「貴族院」トアルヲ「参議院」ト改ムルコト
十四 第三十四条ノ規定ヲ改メ参議院ハ参議院法ノ定ムル所ニ依リ選挙又ハ勅任セラレタル議員ヲ以テ組織スルモノトスルコト
十五 衆議院ニ於テ引続キ三回其ノ総員三分ノ二以上ノ多数ヲ以テ可決シテ参議院ニ移シタル法律案ハ参議院ノ議決アルト否トヲ問ハス帝国議会ノ協賛ヲ経タルモノトスル旨ノ規定ヲ設クルコト
十六 第四十二条所定ノ帝国議会ノ会期「三箇月」ヲ改メ「三箇月以上ニ於テ議院法ノ定メタル期間」トスルコト
十七 両議院ノ議員ハ各々其ノ院ノ総員三分ノ一以上ノ賛成ヲ得テ臨時会ノ召集ヲ求ムルコトヲ得ル旨ノ規定ヲ設クルコト
十八 第四十五条所定ノ衆議院解散後ニ於ケル帝国議会ヲ召集スヘキ期限「五箇月以内」ヲ「三箇月以内」ト改ムルコト
十九 第四十八条但書ノ規定ヲ改メ両議院ノ会議ヲ秘密会ト為スハ専ラ其ノ院ノ決議ニ依ルモノトスルコト
二十 会期前ニ逮捕セラレタル議員ハ其ノ院ノ要求アルトキハ会期中之ヲ釈放スヘキ旨ノ規定ヲ設クルコト

第四章 国務大臣及枢密顧問
二十一 第五十五条第一項ノ規定ヲ改メ国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ一切ノ国務ニ付帝国議会ニ対シテ其ノ責ニ任スルモノトシ且同条第二項中ニ軍ノ統帥ニ関ル詔勅ニモ亦国務大臣ノ副署ヲ要スル旨ヲ明記スルコト
二十二 衆議院ニ於テ国務各大臣ニ対スル不信任ヲ議決シタルトキハ解散アリタル場合ヲ除ク外其ノ職ニ留ルコトヲ得サル旨ノ規定ヲ設クルコト(要綱二参照)
二十三 国務各大臣ヲ以テ内閣ヲ組織スル旨及内閣ノ官制ハ法律ヲ以テ之ヲ定ムル旨ノ規定ヲ設クルコト
二十四 枢密院ノ官制ハ法律ヲ以テ之ヲ定ムル旨ノ規定ヲ設クルコト

第五章 司法
二十五 第六十一条ノ規定ヲ改メ行政事件ニ関ル訴訟ハ別ニ法律ノ定ムル所ニ依リ司法裁判所ノ管轄ニ属スルモノトスルコト

第六章 会計
二十六 参議院ハ衆議院ノ議決シタル予算ニ付増額ノ修正ヲ為スコトヲ得サル旨ノ規定ヲ設クルコト
二十七 第六十六条ノ規定ヲ改メ皇室経費中其ノ内廷ノ経費ニ限リ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝国議会ノ協賛ヲ要セサルモノトスルコト
二十八 第六十七条ノ規定ヲ改メ憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ルモノトスルコト
二十九 予備費ヲ以テ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツルトキ及予備費外ニ於テ避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ支出ヲ為ストキハ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ得ヘキ旨ノ規定ヲ設クルコト
三十 第七十条所定ノ財政上ノ緊急処分ヲ為スニハ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ要スルモノトスルコト
三十一 第七十一条ノ規定ヲ改メ予算不成立ノ場合ニハ政府ハ会計法ノ定ムル所ニ依リ暫定予算ヲ作成シ予算成立ニ至ルマテノ間之ヲ施行スヘキモノトシ此ノ場合ニ於テハ会計年度開始後ニ於テ其ノ年度ノ予算ト共ニ暫定予算ヲ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要スルモノトスルコト

第七章 補則
三十二 両議院ノ議員ハ各々其ノ院ノ総員三分ノ一以上ノ賛成ヲ得テ憲法改正ノ議案ヲ発議スルコトヲ得ル旨ノ規定ヲ設クルコト
三十三 天皇ハ帝国議会ノ議決シタル憲法改正ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命スル旨ノ規定ヲ設クルコト
三十四 憲法及皇室典範変更ノ制限ニ関スル第七十五条ノ規定ヲ削除スルコト
三十五 以上憲法改正ノ各規定ノ施行ニ関シ必要ナル規定ヲ設クルコト

    「国立国会図書館デジタルコレクション」より

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