今日は、明治時代前期の1870年(明治3)に、「神霊ヲ鎮祭スルノ詔」(鎮祭の詔)と「宣教使ヲ置クノ詔」(大教宣布の詔)が出された日ですが、新暦では2月3日となります。
この2つの詔は、神祇官神殿の鎮祭の執行と神道による国民思想の統一・国家意識の高揚をはかるための国民教化政策として出されたものでした。それ以前、1868年(明治元)に神祇官を復興させ、翌年7月8日に大教の宣布・宣教を目的として宣教使を設け、同年10月9日には、これを神祇官の付接とています。
そして、祭政一致のスローガンのもと、1870年(明治3年1月3日)に「神霊ヲ鎮祭スルノ詔」(鎮祭の詔)と「宣教使ヲ置クノ詔」(大教宣布の詔)を発して国民教化(布教)に乗り出し、「神道の国教化(国家神道)」と「天皇の絶対化」を推し進めました。直接的にはキリスト教を排撃し、宣教使による神道振興と国家的保護を打ち出し、特に長崎には特別の出張所を設けてキリスト教対策にあてると共に、同年3月には、各府藩県にも宣教掛(かかり)が置かれます。
同年4月23日に政府により「宣教使心得書」が定められ、皇道主義にもとづく国民教化運動が開始しされました。しかし、廃仏毀釈による混乱や各藩の儒教・仏教重視理念との対立、神祇省内部における国学者間の路線対立、欧米諸国からのキリスト教弾圧停止要求等も起こります。
これらによって、思うような効果は上がらず、1872年(明治5年3月14日)に教部省設置と共に宣教使も廃止となり、新たに教導職・大教院を設け宣教政策拡大に努めましたが、仏教側の抵抗が強く、1875年(明治8)5月大教院廃止、1877年(明治10)教部省廃止、1884年(明治17)教導職の廃止によって挫折しました。
以下に、「神霊ヲ鎮祭スルノ詔」(鎮祭の詔)と「宣教使ヲ置クノ詔」(大教宣布の詔)を現代語訳・注釈付で、全文掲載しておきますので、ご参照下さい。
〇「神霊ヲ鎮祭スルノ詔」(鎮祭の詔) 1870年(明治3年1月3日)
朕恭惟大祖創業崇敬神明愛撫蒼生祭政一致所由来遠矣朕以寡弱夙承聖緒日怵愓懼天職之或虧乃祇鎮祭天神地祇八神曁列皇神霊于神祇官以申孝敬庶幾使億兆有所矜式
<読み下し文>
朕、恭しく惟るに、太祖[1]創業、神明[2]を崇敬し、蒼生[3]を愛撫[4]し、祭政一致、由て来る[5]所遠し。朕、寡弱[6]を以て、夙く聖緒[7]を承け、日夜怵愓[8]、天職の或は欠けんことを懼る[9]。乃ち祇んで天神[10]地祇[11]八神[12]曁び[13]列皇[14]の神霊[15]を、神祇官[16]に鎮祭[17]し、以て孝敬[18]を申ふ。庶幾くは[19]、億兆[20]をして矜式[21]する所あらしめん。
【注釈】
[1]大祖:たいそ=皇祖。初代の天皇。
[2]神明:しんめい=神々。
[3]蒼生:そうせい=多くの民。
[4]愛撫:あいぶ=撫でるように愛する。深く愛すること。
[5]由て来る:よってきたる=原因。由来。
[6]寡弱:かじゃく=徳のすくない力の弱い者。身よりのない年の若い者。
[7]聖緒:せいしょ=皇緒。皇統。天皇の事績。
[8]怵惕:じゅってき=恐れ憂うること。心に大いなる不安を感ずること。
[9]懼る:おそる=恐れる。心配する。
[10]天神:てんじん=天の神。あまつかみ。
[11]地祇:ちぎ=地の神。国土の神。くにつかみ。
[12]八神:はっしん=天皇の守護神として宮中の神殿に祭る八柱の神。神産日(かみむすひ)・高御産日(たかみむすひ)・玉積産日(たまづめむすひ)・生産日(いくむすひ)・足産日(たるむすひ)・大宮売(おおみやのめ)・御食津(みけつ)・事代主(ことしろぬし)の神々。
[13]曁び:および=及び。
[14]列皇:れっこう=歴代の天皇。
[15]神霊:しんれい=尊い御霊。
[16]神祇官:しんぎかん=明治初年に於ける中央政府の一官庁。
[17]鎮祭:ちんさい=鎮座してお祭りすること。
[18]孝敬:こうけい=孝心をもつて神を敬うこと。
[19]庶幾くは:こいねがわくは=どうぞお願いだから。なにとぞ。
[20]億兆:おくちょう=人民。万民。
[21]矜式:きょうしょく=謹んで則ること。真心を尽してその通りに行う。
<現代語訳>
私(明治天皇)が謹んで考えて見るに、皇祖はこの国を治め、神々を崇敬し、多くの民を深く愛し、祭政一致の由来は、甚だ遠い。私(明治天皇)は、徳の少ない力の弱い者であって、皇統を継承したので、日夜恐れ憂いて、天職にあるいは欠けるようなことはないかと心配している。そこで、謹んで天の神・地の神・八柱の神及び歴代の天皇の神霊を、神祇官の中に鎮座してお祭りし、もって孝心をもつて神を敬う心を顕わそうと思う。なにとぞ万民にも、真心を尽してその通りに行はさせようと思っている。
〇「宣教使ヲ置クノ詔」(大教宣布の詔) 1870年(明治3年1月3日)
朕恭惟天神天祖立極垂統列皇相承継之述之祭政一致億兆同心治教明于上風俗美于下而中世以降時有汚隆道有顕晦治教之不洽也久矣今也天運循環百度維新宜明治教以宣揚惟神大道也因新命宣教使以布教天下汝群臣衆庶其体斯旨
<読み下し文>
朕、恭しく惟るに、天神[1]天祖[2]極を立て[3]統を垂れ[4]、列皇[5]相承け、之れを継き之れを述へ、祭政一致億兆[6]同心、治教[7]上に明かに、風俗下に美なりし。而して、中世以降、時汚隆[8]あり、道顕晦[9]あり。治教[7]の洽からざるや久し。今や天運循環、百度[10]維れ新なり。宜しく治教[7]を明らかにし、以て惟神の大道[11]を宣揚[12]すへきなり。因て宣教使[13]に命し、天下に布教す。汝群臣[14]衆庶[15]、其れ斯旨を体せよ。
【注釈】
[1]天神:てんじん=天の神。あまつかみ。
[2]天祖:てんそ=皇室の遠い先祖。
[3]極を立て:きょくをたて=皇位を確立すること。
[4]統を垂れ:とうをたれ=後世へ伝えること。
[5]列皇:れっこう=歴代の天皇。
[6]億兆:おくちょう=人民。万民。
[7]治教:じきょう=政治と宗教。また、政治と教化。政教。
[8]汚隆:おりゅう=衰えることと盛んになること。盛衰。隆替。
[9]顕晦:けんかい=明るくなったり暗くなったりすること。明暗。
[10]百度:ひゃくど=百回。また、回数の多いこと。
[11]惟神の大道:かむながらのたいどう=神代から伝えられている大いなる正しい道。天照大神の遺せられた皇道の意味。
[12]宣揚:せんよう=広く世の中にあらわすこと。盛んであることをはっきりと示すこと。
[13]宣教使:せんきょうし=神道布教のために任命された者。
[14]群臣:ぐんしん=多くの臣下。諸臣。
[15]衆庶:しゅうしょ=一般の人々。庶民。大衆。
<現代語訳>
私(明治天皇)が謹んで考えて見るに、天の神や皇室の遠い先祖は、皇位を確立して後世へ伝え、歴代の天皇は、これを受け継がれた。祭祀と政治は一致し、万民は皆心を合わせ、上の政治と教化が道理に通じ、下の風俗が美はしかった。しかるに、中世以降、世の中の盛衰によって、道の明暗があった。政治と教化が広く行き渡らないことが久しかった。今では、自然に時節が巡り来て、多くのことがみな新らしくなった。ぜひとも政治と教化のことを明らかにして、もって神代から伝えられている大いなる正しい道を広く世の中にあらわしていかなければならない。よって、宣教使に命じて、天下に布教するものである。おまえら多くの臣下も一般の人々も、それよくこの趣旨を心得よ。
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