今日は、平成時代の2009年(平成21)に、小説家原田康子の亡くなった日です。
原田康子(はらだ やすこ)は、1928年(昭和3)1月12日に東京都の原田家で生まれましたが、生後1年で父親の赴任地である釧路に移住しました。市立釧路高等女学校(現在の道立釧路江南高等学校)卒業後、1945年(昭和20)に東北海道新聞の記者となり、1949年(昭和24)には、同人雑誌「北海文学」に処女作『冬の雨』を発表します。
1951年(昭和26)に職場の同僚と結婚、1954年(昭和29)には、「新潮」同人雑誌賞に『サビタの記憶』で応募、最終候補に残って伊藤整らの高い評価を得ました。1955年(昭和30)に「北海文学」誌上に長編『挽歌』を連載、翌年刊行するとベストセラー(70万部)となり、第8回女流文学賞も受賞します。
同作は、1957年(昭和32)に松竹配給(製作:歌舞伎座)、五所平之助監督で最初の映画化、1961年(昭和36)には、フジテレビにおいて、最初のテレビドラマ化がされました。その後、『北の林』(1968年)、『虹』(1979年)、『遠い森』(1980年)、『恋人たち』(1982年)、『風の砦』(1983年)などを刊行します。
1984年(昭和59)に刊行した『満月』は、1991年(平成3)に『満月 MR.MOONLIGHT』のタイトルで映画化されました。また、競馬、将棋を趣味とし、1998年(平成10)に将棋王座戦の観戦記を執筆すると、翌年には、この観戦記で将棋ペンクラブ大賞(観戦記部門賞)を受賞します。
1999年(平成11)に『蝋涙(ろうるい)』で第38回女流文学賞、2002年(平成14)には、『海霧』で第37回吉川英治文学賞を受賞しました。人気作家となった後も、北海道在住のまま執筆活動を続け、2003年(平成15)に北海道文化賞を受賞しましたが、2009年(平成21)10月20日に、北海道札幌市内の病院で、肺炎のため81歳で亡くなっています。
〇原田康子の主要な著作
・『冬の雨』(1949年)
・『サビタの記憶』(1954年)
・『挽歌』(1955年)第8回女流文学賞受賞
・『病める丘』(1960年)
・『北の林』(1968年)
・『虹』(1979年)
・『遠い森』(1980年)
・『恋人たち』(1982年)
・『風の砦』(1983年)
・『満月』(1984年)
・『星の岬』(1985年)
・エッセイ集『はなれ駒あそび駒』(1991年)
・『蝋涙(ろうるい)』(1999年)第38回女流文学賞受賞
・『海霧』(2003年)第37回吉川英治文学賞受賞
☆原田康子関係略年表
・1928年(昭和3)1月12日 東京都で生まれる
・1945年(昭和20) 東北海道新聞の記者となる
・1949年(昭和24) 同人雑誌「北海文学」に処女作『冬の雨』を発表する
・1951年(昭和26) 同僚と結婚する
・1954年(昭和29) 「新潮」同人雑誌賞に『サビタの記憶』で応募、最終候補に残って伊藤整らの高い評価を得る
・1955年(昭和30) 「北海文学」誌上に長編『挽歌』を連載する
・1956年(昭和31) 長編『挽歌』を出版、ベストセラー(70万部)となり、第8回女流文学賞を受賞する
・1957年(昭和32) 『挽歌』が松竹配給(製作:歌舞伎座)、五所平之助監督で最初の映画化がされる
・1961年(昭和36) 『挽歌』がフジテレビにおいて、最初のテレビドラマ化がされる
・1968年(昭和43) 『北の林』が刊行される
・1979年(昭和54) 『虹』が刊行される
・1980年(昭和55) 『遠い森』が刊行される
・1982年(昭和57) 『恋人たち』が刊行される
・1983年(昭和58) 『風の砦』が刊行される
・1984年(昭和59) 『満月』が刊行される
・1991年(平成3) 『満月』が『満月 MR.MOONLIGHT』のタイトルで映画化される
・1998年(平成10) 将棋王座戦の観戦記を執筆する
・1999年(平成11) 将棋王座戦の観戦記で将棋ペンクラブ大賞(観戦記部門賞)を受賞する
・1999年(平成11) 『蝋涙(ろうるい)』で第38回女流文学賞を受賞する
・2002年(平成14) 『海霧』で第37回吉川英治文学賞を受賞する
・2003年(平成15) 北海道文化賞を受賞する
・2009年(平成21)10月20日 北海道札幌市内の病院で、肺炎のため81歳で亡くなる
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
1180年(治承4) | 源平合戦の富士川の戦いが行われる(新暦11月9日) | 詳細 |
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