今日は、昭和時代後期の1972年(昭和47)に、日本のビル火災史上最悪の惨事である千日デパート火災が起き、死者118名、負傷者81名を出した日です。
千日デパート火災(せんにちデパートかさい)は、午後10時27分頃に、大阪府大阪市南区(現在の中央区)千日前にあった千日デパートで起きた、大規模な火災事故でした。実際は雑居ビルとなっていて、地下1階にお化け屋敷と喫茶店を合わせた店舗「サタン」、1階、2階が専門店街で日本ドリーム観光直営の「千日デパート」、3階、4階がニチイ千日前店、5階に均一ストア、6階にゲームセンター、7階にキャバレー「プレイタウン」が入居していましたが、3階のニチイ千日前店北東側布団売り場付近から出火します。
火は瞬く間に上下階に燃え広がり、2階と4階を焼き尽くし、火災で燃えた建材と内装材と化学繊維から発生した一酸化炭素と有毒ガスが上層階に上昇していきました。午後10時に下の階の店は閉店していたものの、7階のキャバレー「プレイタウン」だけが営業していて、181名の客や従業員がいて、そこにまで燃え広がっていきます。
避難設備の不備と従業員の不手際が重なって、多くが非常階段等で避難できず、一酸化炭素が充満し、救助袋から転落、あるいは窓ガラスを割り15m下の地上に飛び降りた者などもいて、大混乱となりました。その結果、延床面積2万7,514.64平方m、死者118名、負傷者81名を出す、日本のビル火災史上最悪の惨事となります。
これは、翌年の大洋デパート火災と共に、「建築基準法」および「消防法」等の大幅な改正が行われる契機となりました。その後、千日デパートは1983年(昭和58)に解体され、その跡地にプランタンなんばが建設され、カテプリなんばを経て現在はビックカメラが入居するエスカールなんばとなっています。
〇戦後のビル火災の大惨事一覧
・1972年(昭和47)5月13日 - 千日デパート火災(大阪府大阪市南区)死者118名、負傷者81名[日本のビル火災史上最悪の惨事]
・1973年(昭和48)11月29日 - 大洋デパート火災(熊本県熊本市)死者104名、負傷者124名[日本の百貨店火災史上最悪の惨事]
・1990年(平成2)3月18日 - 長崎屋火災(東京都千代田区)死者15名、負傷者8名
・2001年(平成13)9月1日 - 歌舞伎町ビル火災(東京都新宿区)死者44名
〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)
1829年(文政12) | 江戸時代の大名・老中で寛政の改革の主導者松平定信の命日(新暦6月14日) | 詳細 |
1866年(慶応2) | 英・米・仏・蘭の4ヶ国と「改税約書」(別名:江戸条約)が結ばれる(新暦6月25日) | 詳細 |
1930年(昭和2) | 小説家田山花袋の命日(花袋忌) | |