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 今日は、明治時代前期の1876年(明治9)に、医師・細菌学者野口英世の生まれた日です。
 野口英世(のぐち ひでよ)は、福島県耶麻郡翁島村(現在の猪苗代町)の貧農の父・佐代助と母・シカの長男として生まれましたが、初名は清作と言いました。生後1歳半の時に誤っていろりに落ち、左手に大やけどを負い、三ッ和小学校に入学するものの、左手が不自由で、「てんぼう」と言われていじめられます。
 猪苗代高等小学校に通っていた、1892年(明治25)に周囲の人々の援助で、渡部鼎医師の下で左手の手術を受け、不自由ながらも左手の指が使えるようになりました。1893年(明治26)に卒業後、渡部の経営する会陽医院に書生として住み込みで働き、医学の基礎を3年半学びます。
 1896年(明治29)に上京し、医術開業前期試験に合格、高山歯科学院の学僕となり、さらに済生学舎に入って学び、医術開業後期試験にも合格しました。1898年(明治31)に名前を清作から英世に改名し、伝染病研究所助手補となり、北里柴三郎に師事します。
 1899年(明治32)にアメリカの細菌学者フレクスナーが来日、その通訳を務めて、知遇を得、翌年渡米し、ペンシルベニア大学でその助手となり、蛇毒の研究を行いました。1903年(明治36)にデンマークへ渡り、コペンハーゲンの国立血清研究所でアレニウスとマドセンに血清学を学び、翌年アメリカに戻って、新設のロックフェラー医学研究所に勤めます。
 1911年(明治44)に梅毒病原スピロヘータの純培養に成功、世界的にその名を知られ、ノーベル賞候補にも挙げられ、京都帝国大学から医学博士を得ました。1914年(大正3)にロックフェラー研究所正所員に昇進、東京帝国大学から理学博士を得、1915年(大正4)には、帝国学士院恩賜賞を授与され、帰国して歓迎を受けます。
 1918年(大正7)に中部アメリカや南アメリカで熱病を研究、1923年(大正12)には帝国学士院会員となりました。1927年(昭和2)に黄熱病研究のために西南アフリカに赴きましたが、黄熱病に感染し、翌年5月21日に、英領ゴールド・コースト(現在のガーナ共和国)のアクラにおいて、51歳で亡くなっています。

〇野口英世関係略年表

・1876年(明治9)11月9日 福島県翁島村(現在の猪苗代町)の貧農の父・佐代助と母・シカの長男として生まれる
・1878年(明治11)4月 生後1歳半の時に誤っていろりに落ち、左手に大やけどを負う
・1883年(明治16) 三ッ和小学校に入学する
・1889年(明治22)4月 猪苗代高等小学校に入学する
・1892年(明治25)10月 渡部鼎の下で左手の手術を受け、不自由ながらも左手の指が使えるようになる
・1893年(明治26)3月 猪苗代高等小学校を卒業後、渡部の経営する会陽医院に書生として住み込みで働き、医学の基礎を学ぶ
・1896年(明治29) 上京し、医術開業前期試験に合格、高山歯科学院の学僕となる
・1897年(明治30) 済生学舎に入り、5ヶ月後、医術開業後期試験に合格する
・1898年(明治31)8月 名前を清作から英世に改名する
・1898年(明治31)10月 伝染病研究所助手補となり、北里柴三郎に師事する
・1899年(明治32)4月 アメリカの細菌学者フレクスナーが来日、その通訳を務める
・1900年(明治33) 渡米し、ペンシルベニア大学で病理学のフレクスナー教授の助手となり、蛇毒の研究を行う
・1902年(明治35) フレクスナーと連名で第1号の論文を発表する
・1903年(明治36) デンマーク、コペンハーゲンの国立血清研究所でアレニウスとマドセンに血清学を学ぶ
・1904年(明治37) アメリカに戻り、新設のロックフェラー医学研究所員となる
・1911年(明治44) 梅毒病原スピロヘータの純培養に成功、世界的にその名を知られ、京都帝国大学から医学博士を得る
・1913年(大正2) 梅毒スピロヘータが脳と脊髄の梅毒組織内に存在することを確かめる
・1914年(大正3) ロックフェラー研究所正所員に昇進、東京帝国大学から理学博士を得る
・1915年(大正4) 帝国学士院恩賜賞を授与され、帰国して歓迎を受ける
・1918年(大正7) 黄熱病原体解明のためエクアドルに赴き、病原スピロヘータを発見する
・1923年(大正12) 帝国学士院会員となる
・1926年(大正15) ペルーの悪性風土病オロヤ熱の病原体の純培養に成功する
・1927年(昭和2) 黄熱病研究のために西南アフリカに赴く
・1928年(昭和3)5月21日 黄熱病のため、英領ゴールド・コースト(現在のガーナ共和国)のアクラにおいて、51歳で亡くなる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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鶴見事故で列車の三重衝突が起こり、死者161人・負傷者120人を出す詳細