
今日は、明治時代前期の1884年(明治19)に、小説家・社会教育家下村湖人の生まれた日です。
下村湖人(しもむら こじん)は、佐賀県神埼郡千歳村(現在の神埼市千代田町)の内田家で生まれましたが、本名は虎六郎と言いました。生まれて間もなく里子に出されましたが、4歳の時に実家に戻ります。
佐賀中学校へ入学し、在学中に雑誌に詩歌を夕闇(ゆうあん)の筆名で投稿、第五高等学校を経て東京帝国大学へ入学しました。在学中、「帝国文学」に小説や詩歌を発表し編集委員を務め、英文科卒業後は学資支援等を受けていた下村辰右衛門の長女菊千代と結婚・養子縁組し、下村姓となります。
新進詩人として注目されましたが、実家・養家の没落のため教育界に進み、郷里佐賀県の中学の英語教師となりました。佐賀中学校教師、唐津中学校教頭、鹿島中学校校長、唐津中学校校長を務め、1929年(昭和4)から台北高等学校校長を務め、1931年(昭和6)に退職します。
その後上京し、1933年(昭和8)から大日本連合青年団講習所長となりますが、その機関誌「青年」に自伝的教養小説『次郎物語』を発表しはじめました。1937年(昭和12)に所長辞任後は、小説、詩、評論などを著述する作家生活に入り、青少年向きの教養を高める著作として高く評価されます。
太平洋戦争後も『次郎物語』を継続し、1954年(昭和29)に第5部が完結、その理想主義と自由主義的教育思想により多くの読者を得ました。第6部執筆も準備していましたが、1955年(昭和30)4月20日)に、東京において、70歳で亡くなっています。
〇下村湖人の主要な著作
・『人生を語る』(1933年)
・随想集『教育的反省』(1934年)
・『次郎物語』第一部~第五部(1936~54年)
・小説『魂は歩む』(1936年)
・『論語物語』(1937年)
・随想集『心窓記』(1943年)
・小説『若き建設者』(1944年)
・伝記『田沢義鋪(よしはる)』(1954年)