この御前会議では、冒頭に鈴木貫太郎首相が総合計画局長官に「国力の現状」を朗読させますが、「戦局の急迫に伴い陸海交通並びに重要生産は益々阻害せられ食糧の逼迫は深刻を加え近代的物的戦力の総合発揮は極めて至難となるべく民心の動向亦深く注意を要するものあり従って之達に対する諸施策は真に一瞬を争うべき情勢に在り。」という内容でした。
続いて、内閣書記官長に「世界情勢判断」を朗読させますが、「今や戦局は帝国に取り極めて急迫し欧州盟邦も既に崩壊しソの対日動向亦最も警戒を要し帝国は真に存亡の岐路に立ち居るも敵亦苦悩を包蔵し短期終戦に狂奔しつつあり。従って帝国は牢固たる決意の下必勝の闘魂を堅持し皇国伝統の忠誠心を遺憾なく発揮し速やかに政略戦施策を断行し以て戦局の神機を捕捉するに遺憾無からしむるを要す。」という判断となります。
その後、参謀総長代理の参謀次長や軍令部総長、軍需大臣、農商大臣、外務大臣、平沼枢密院議長が発言し、内閣書記官長より「今後採るべき戦争指導の基本大綱」が朗読されました。それに対し、内閣総理大臣が意見を問いましたが、発言の無いまま、異議なしとして決定されています。
その方針は、「七生盡忠の信念を源力とし地の利人の和を以て飽く迄戦争を完遂し以て国体を護持し皇土保衛し征戦目的の達成を期す」というもので、「本土決戦」に向けて準備が進められることとなりました。
その後、国民義勇隊の結成が進み、6月13日に大政翼賛会やその傘下の諸団体が解散します。同月22日には、内閣に独裁権を付与する全面的な委任立法である「戦時緊急措置法」が公布されました。
以下に、この御前会議の経過と報告された「世界情勢判断」ならびに、採択された「今度採るべき戦争指導の基本大綱」を掲載しておきますので、ご参照下さい。
〇1945年(昭和20)6月8日の御前会議経過
・出御
・総合計画局長官 「国力の現状」朗読
・内閣書記官長 「世界情勢判断」朗読
・参謀総長代理 参謀次長 発言
・軍令部総長 発言
・軍需大臣 発言
・農商大臣 発言
・外務大臣 発言
・平沼枢密院議長 発言
・内閣書記官長 「今後採るべき戦争指導の基本大綱」朗読
・内閣総理大臣 本議題に付て皆様より御意見を御述べ願ひ度いと思ひます。
(発言無し)
・内閣総理大臣 別に御異議もないものと認めます。
・内閣総理大臣 「今後採るべき戦争指導の基本大綱」に今後政府、統帥部は真に一体となつて之が実現に努めて参る次第でありまするが、本件は本日の論議に徴しても明かなる通り、政府並に統帥部に於ては並々ならぬ努力を致すことが必須の前提条件となつて居るのであります。統帥部に於かれましては真に陸海一体の総合作戦の妙を発揮せられまするやうに御願を致しますると同時に、政府の側に於きましても本大綱就中其の第二項及第三項に付ては閣僚一同言葉の通り必死の決意を以ちまして之が具現に努力致しまして、誓つて本大綱に示されたる方針の完遂に邁進致す覚悟でございます。
現下帝国の情勢は真に危急でございます、謂はば死中に活を求むるの立場に在るとも申すことが出来ると思ふのでございまするが、是は単純なる智恵とか才覚とかを以ては能くし得ない所でございまして、簡明直截、右顧左眄することなく、驀らに所信に向つて邁進する外はないのでありまして、此処に私共政府の覚悟を申上げて置く次第でございます。
・入御
『敗戦の記録』よりの抜粋
〇「世界情勢判断」1945年(昭和20)6月8日、御前会議報告
概ね昭和二十年末を目途とする世界情勢の推移を判断し今後の戦争指導に資せんとす
第一 敵側の情勢
主敵米国は出血の累加ルーズベルトの死去欧州戦争の終結に伴う戦争倦怠気分等戦争指導上の悩を包蔵しつつも尚豊富なる物力を以て単独にても速やかに対日戦争を終結せしめんとする戦意旺盛にして対日作戦強行に邁進すべし英国は欧州戦争終了後なるべく早期に終戦を希望しあるべきも対日戦争指導は米国の主導する所なるを以て大勢を左右し得ざるべく結局英国は全世界に於ける米国との協調の必要性竝彼の予想する戦後の東亜処分に際する自国の発言権確保の為対日戦争参加を継続し且在東亜兵力を増強すべし重慶は延安との抗争及びソの動向に関し苦悩を蔵し居るも尚米の利用に依る対日戦完遂と其の国際的地位の向上を企図し米の支那大陸又は日本本土作戦に呼応し積極的反攻を展開すべし
以上の大勢に拘らず特に欧州に於いては米英対ソの角逐漸次表面化し来り又米英重慶相互間にも戦争目的の不一致ありて反枢軸側結束は弱化の傾向にあり然れども妥協に依り当面を糊塗するに努むべく彼等陣営の結束は速やかに崩れることなかるべし但し帝国が毅然として長期戦完遂に邁進し大出血を強要し本年後期に至らば敵側の継戦意志に相当なる動揺を生来せしめ得ることなしとせず
第二 ソの動向
ソは欧州戦の終結に伴い欧州に対する戦後処理竝自国の復興に勉むると共に大東亜戦争に対しては自主的立場を持続しつつ機に応じ東亜就中満支方面に対し勢力の伸長を企図すべし
而して帝国に対しては累次措置により要すれば何時にても敵対関係に入り得る外交態勢を整え居ると共に東ソの兵備を強化しつつあるを以て益々政略的圧迫を加重し大東亜戦況帝国に甚だしく不利にして自己の犠牲少しと判断する場合に於いては対日武力発動に依る野望達成に出づる算大なり然れども米の東亜進出に対する牽制的意味合いよりして比較的早期に武力行使に出づることなしとせざるべし其の時期は敵の本土又は中北支方面上陸の時期北満の作戦的気象条件及び東ソ兵力集中の状況等より見て本年夏秋の候以降特に警戒を要すべし
尚ソとしては米の希望の実現を助けかねて自己の意図達成を目途として我に対し米との和平を強要する場合なしとせざるべし
第三 東亜の情勢
1、太平洋方面
米英は有利なる戦勢に乗じ帝国本土を成るべく速やかに大陸より分断すると共に熾烈なる航空作戦に依り帝国の無力化を策しつつ一挙に帝国本土に対し短期決戦を企図すべし之が為南西諸島に於いて更に徹底せる戦果を挙げ得ざれば之が攻略に引続き付近基地を拡充し六月下旬以降直路九州四国方面状況に依り朝鮮海峡方面に対する上陸作戦を強行し次いて初秋以降決戦作戦を関東地方に指向するの算大なり
又対日基地獲得及びソ支政略を目的とする中北支要地作戦を行うことあるべし尚失地回復及び対支補給等を目的とし本土及び其の他の作戦と併行的に中南支沿岸作戦を企図することあるべし欧州戦の終結に伴い夏季以降相当量の敵就中大型飛行機の来攻を予期し置くの要あり
2、支那方面
重慶は米の支援に依り基幹戦力の米式強化を図る一方空軍の増勢と相俟ちて米の作戦に策応し秋季以降対日全面的反攻を実施するの算大にして米の進出積極化するに伴い大陸戦線亦真に重大なる局面に遭逢するものと予想せらる
又我が占拠地域に対する敵特に延安側の遊撃反攻は益々激化せらるべし
重慶と米との関係の現況に照らし当面日支間の全面和平を実現せしむること至難なるも支那の再戦場化米完勝に依る東亜制覇の前途に対しては一抹の不安をも包蔵しあると共に他面延安勢力の浸潤拡大就中ソの圧力増大の可能性に就ては深刻なる苦悩内在しあり
3、南方方面
緬甸方面に対しては引続き陸海空の圧力加重に依り同方面に於ける我が戦政略態勢は緊縮するの已むを得ざるに至るべし又敵は太平洋方面の攻勢と関連しボルネオ上陸作戦を加強し又近く馬来半島スマトラ及び其の他要地に上陸し政謀略を強化しつつ逐次爾他各地域を蠺食し其の要域の奪回を企図すべし
4、大東亜諸邦の動向
大東亜諸邦は大東亜戦局の推移と敵側謀略の激化と相俟って対日非協力態度漸次表面に露呈し中には遂に敵性化するものあるに至るべし
判決
今や戦局は帝国に取り極めて急迫し欧州盟邦も既に崩壊しソの対日動向亦最も警戒を要し帝国は真に存亡の岐路に立ち居るも敵亦苦悩を包蔵し短期終戦に狂奔しつつあり
従って帝国は牢固たる決意の下必勝の闘魂を堅持し皇国伝統の忠誠心を遺憾なく発揮し速やかに政略戦施策を断行し以て戦局の神機を捕捉するに遺憾無からしむるを要す
〇「今後採るべき戦争指導の基本大綱」1945年(昭和20)6月8日、御前会議決定
・方針
七生盡忠の信念を源力とし地の利人の和を以て飽く迄戦争を完遂し以て国体を護持し皇土保衛し征戦目的の達成を期す
・要領
一 速かに皇土戦場態勢を強化し皇軍の主戦力を之に集中す
爾他の疆域に於ける戦力の配置は我か実力を勘案し主敵米に対する戦争の遂行を主眼とし兼ねて北辺の情勢急変を考慮するものとす
二 世界情勢変転の機微に投じ対外諸施策特に対ソ対支施策の活発強力なる実行を期し以て戦争遂行を有利ならしむ
三 国内に於ては挙国一致皇土決戦に即応し得る如く国民戦争の本質に徹する諸般の態勢を整備す、就中国民義勇隊の組織を中軸とし益々全国民の団結を鞏化し愈々戦意を昂揚し物的国力の充実特に食糧の確保並特定兵器の生産に国家施策の重点を指向す
四 本大綱に基く実行方策は夫々担任に応し具体的に企画し速急に之か実現を期す
『御前会議議事録』より