イメージ 1

 今日は、昭和時代前期の1945年(昭和20)に、「国民徴用令」等5勅令を廃止・統合し、新たに「国民勤労動員令」が公布・施行された日です。
 国民勤労動員令(こくみんきんろうどういんれい)は、労務関係の5勅令(国民徴用令、労務調整令、学校卒業者使用制限令、国民勤労報国協力令、女子挺身隊勤労令)を一本化した勅令(昭和20年3月6日勅令第94号)でした。
 太平洋戦争末期には、生産に従事すべき青年層は徴兵等により、新規給源はほとんど皆無の状態となってしまいます。そのため労働力の確保は、微用による調達と学生や女子の活用に頼らざるを得なくなりました。
 そこで、本土決戦に備えた「国民皆働」「総員勤労配置」の実現を目標とし、労働力根こそぎ動員と空襲時の要員確保のためものとなります。文科系の大学および高等専門学校の閉鎖を実施、病人も動員の対象として、決戦兵器の生産、燃料や原料の確保、食料増産などの緊急部門の労務充足を目指すものでした。
 しかし、公布後半年余りで敗戦を迎え、1945年(昭和20)10月10日、「国民勤労動員令廃止等ノ件」(勅令第566号)の公布により廃止されます。
 ちなみに、敗戦時の労務動員の概数は、被微用者数6,164,000人、動員学徒数1,927,000人、女子挺身隊隊員数473,000人、外地からの労働者移入数357,000人、その他一般従業員数(鉱、工、交通業) 4,183,000人の計13,104,000人でした。

〇戦時下の国民勤労動員関係略年表

<1938年(昭和13)>
・8月17日 「学校卒業者使用制限令」が公布され、新卒者の就職先は全て厚生省が調整し、軍需産業へ優先配置されるようになる

<1939年(昭和14)>
・7月7日 「国民徴用令」公布により、労働力確保のため、厚生大臣に強制的に人員を徴用できる権限を与える

<1941年(昭和16)>
・11月22日 「国民勤労報国協力令」が公布され、任意だった勤労奉仕隊を義務付け、無償労働へ動員する
・12月8日 「労務調整令」が公布され、労働者の自由な転職・退職は全て禁止され、雇用者による恣意的な解雇も制限される

<1943年(昭和18)>
・9月23日  「国内必勝勤労対策」が閣議決定される(販売店員、出改札係、車掌、理髪師など17職種の男子就業禁止、25歳未満の女子を勤労挺身隊として動員)

<1944年(昭和19)>
・1月8日 「緊急学徒勤労動員方策要綱」が閣議決定される(勤労即教育がうたわれるようになり、通年の学徒勤労動員が認められる)
・1月19日 女子挺身隊が結成される(14~25歳までの未婚女性を軍需工場などに動員)
・2月25日 「決戦非常措置要綱」が閣議決定される(学徒動員や女女子挺身隊の強化など)
・3月31日 松竹少女歌劇団が解散し、松竹芸能本部女子挺身隊を結成する
・8月23日 「女子挺身隊勤労令」が公布・施行される

<1945年(昭和20)>
・1月21日 「国民勤労動員令要綱」を決定し、根こそぎ動員体制となる
・3月6日 「国民徴用令」等5勅令を廃止・統合し、新たに「国民勤労動員令」が公布・施行される
・10月10日 「国民勤労動員令廃止等ノ件」(勅令第566号)が公布され、国民勤労動員がなくなる