この声明は、日中戦争下における日本の大陸政策、中国侵略を正当化するためにつくり上げられたイデオロギーとスローガンでした。
戦争の目的を日本帝国・満州国・中華民国3国の結束と相互扶助防衛を実現するためのものとし、のちに大東亜共栄圏構想に発展していきます。
この背景には、この年の秋、南支では広東が陥落(10月21日)し、中支では武漢三鎮が陥落(10月26日)したものの、支那事変解決の目途は立たず、日中戦争の長期化がありました。その中で、英米との対立が激化し、欧米帝国主義および共産主義排撃を口実として、抗戦を続ける中国の切り崩しと日満支3国を通じる戦時経済統制の強化を目指すものとなります。
すでに、同年1月16日に、「帝国政府は爾後国民政府を対手とせず……」という「第一次近衛声明」が出されており、それ修正するもので「第二次近衛声明」とも呼ばれてきました。
その後、同年12月22日に、「日支国交調整方針に関する声明」(第三次近衛声明)も出されていきます。
以下に、第一次から第三次の近衛声明を掲載しておきますので、ご参照ください。
〇第一次近衛声明 1938年(昭和13)1月16日
昭和十三年一月十六日帝国政府声明
帝国政府は南京攻略後尚ほ支那国民政府の反省に最後の機会を与ふるため今日に及べり。然るに国民政府は帝国の真意を解せず漫りに抗戦を策し、内民人塗炭の苦みを察せず、外東亜全局の和平を顧みる所なし。仍て帝国政府は爾後国民政府を対手とせず、帝国と真に提携するに足る新興支那政權の成立発展を期待し、是と兩国国交を調整して更生新支那の建設に協力せんとす。元より帝国が支那の領土及主權並に在支列国の権益を尊重するの方針には毫もかはる所なし。今や東亜和平に対する帝国の責任愈々重し。政府は国民が此の重大なる任務遂行のため一層の発奮を冀望して止まず。
『日本外交年表並主要文書』より
〇近衛文麿首相の「東亜新秩序建設」の声明(第二次近衛声明) 1938年(昭和13)11月3日
東亜新秩序建設の声明
昭和十三年十一月三日付
今や、陛下の御稜威に依り、帝国陸海軍は、克く広東、武漢三鎮を攻略して、支那の要城を勘定したり。国民政府は既に地方の一政権に過ぎず。然れども、同政府にして抗日容共政策を固執する限り、これが潰滅を見るまでは、帝国は断じて矛を収むることなし。
帝国の冀求する所は、東亜永遠の安定を確保すべき新秩序の建設に在り。今次征戦究極の目的亦此に在す。
この新秩序の建設は日満支三国相携へ、政治、経済、文化等各般に亘り互助連環の関係を樹立するを以て根幹とし、東亜に於ける国際正義の確立、共同防共の達成、新文化の創造、経済結合の実現を期するにあり。是れ実に東亜を安定し、世界の進運に寄与する所以なり。
帝国が支那に望む所は、この東亜新秩序建設の任務を分担せんことに在り。帝国は支那国民が能く我が真意を理解し、以て帝国の協力に応へむことを期待す。固より国民政府と雖も従来の指導政策を一擲し、その人的構成を改替して更正の実を挙げ、新秩序の建設に来り参するに於ては敢て之を拒否するものにあらず。
帝国は列国も亦帝国の意図を正確に認識し、東亜の新情勢に適応すべきを信じて疑はず。就中、盟邦諸国従来の厚誼に対しては深くこれを多とするものなり。
惟ふに東亜に於ける新秩序の建設は、我が肇国の精神に淵源し、これを完成するは、現代日本国民に課せられたる光栄ある責務なり。帝国は必要なる国内諸般の改新を断行して、愈々国家総力の拡充を図り、万難を排して斯業の達成に邁進せざるべからず。
茲に政府は帝国不動の方針と決意とを声明す。
『日本外交年表竝主要文書』より
〇「日支国交調整方針に関する声明」(第三次近衛声明) 1938年(昭和13)12月22日
日支国交調整方針に関する声明
(昭和十三年十二月二十二日内閣総理大臣談)
政府は本年再度の声明に於て明かにしたる如く、終始一貫、抗日国民政府の徹底的武力掃蕩を期すると共に、支那に於ける同憂具眼の士と相携へて東亜新秩序の建設に向つて邁進せんとするものである。今や支那各地に於ては更生の勢澎湃として起り、建設の気運愈々高まれるを感得せしむるものがある。是に於て政府は、更生新支那との関係を調整すべき根本方針を中外に闡明し、以て帝国の真意徹底を期するものである。
日満支三国は東亜新秩序の建設を共同の目的として結合し、相互に善隣友好、共同防共、経済提携の実を挙げんとするものである。之が為には支那は先づ何よりも旧来の偏狭なる観念を清算して抗日の愚と満洲国に対する拘泥の情とを一擲することが必要である。即ち日本は支那が進んで満洲国と完全なる国交を修めんことを率直に要望するものである。
次に東亜の天地にはコミンテルン勢力の存在を許すべからざるが故に、日本は日独伊防共協定の精神に則り、日支防共協定の締結を以て日支国交調整上喫緊の要件とするものである。而して支那に現存する実情に鑑み、この防共の目的に対する十分なる保障を挙ぐる為には、同協定継続期間中、特定地点に日本軍の防共駐屯を認むること及び内蒙地方を特殊防共地域とすべきことを要求するものである。
日支経済関係に就いては、日本は何等支那に於て経済的独占を行はんとするものに非ず、又新しき東亜を理解しこれに即応して行動せんとする善意の第三国の利益を制限するが如きことを支那に求むるものにも非ず、唯飽く迄日支の提携と合作とをして実効あらしめんことを期するものである。即ち日支平等の原則に立つて、支那は帝国臣民に支那内地に於ける居住営業の自由を容認して日支両国民の経済的利益を促進し、且つ日支間の歴史的経済的関係に鑑み、特に北支及内蒙地域に於てはその資源の開発利用上、日本に対し積極的に便宜を与ふることを要求するものである。
日本の支那に求むるものが区々たる領土に非ず、又戦費の賠償に非ざることは自ら明かである。日本は実に支那が新秩序建設の分担者としての職能を実行するに必要なる最小限度の保障を要求せんとするものである。日本は支那の主権を尊重するは固より、進んで支那の独立完成の為に必要とする治外法権を撤廃し且つ租界の返還に対して積極的なる考慮を払ふに吝ならざるものである。
『外務大臣(其ノ他)ノ演説及声明集 第三巻』より