イメージ 1

 今日は、江戸時代後期の1816年(文化13)に、浮世絵師・戯作者山東京伝(さんとう きょうでん)が亡くなった日ですが、新暦では10月27日となります。
 山東京伝は、1761年(宝暦11年8月15日)に、江戸・深川木場で質屋を営む父・岩瀬伝左衛門の長子として生まれましたが、本名は岩瀬醒(いわせ さむる)、通称京屋伝蔵といいました。
 14、15歳ごろに北尾重政の門に入って浮世絵を学び、葎斎(りっさい)北尾政演を名のります。1782年(天明2)から山東京伝と称するようになり、自作自画の『御存商売物』の刊行により、一躍黄表紙作者として脚光を浴びました。
 しかし、寛政の改革に際して、1791年(寛政3)に洒落本三部作『錦之裏』、『仕懸文庫』、『娼妓絹』で、風俗をみだしたとして手鎖(てぐさり)50日の筆禍にあいます。
 以後は、京橋でたばこ入れの店を営みつつ、読本、黄表紙に転じ、読本『忠臣水滸伝』(前編1799年、後編1801年)、『桜姫全伝曙草紙』(1805年)、『昔語稲妻表紙』(1806年)などを出して、滝沢馬琴と人気を二分しました。
 また、随筆も手掛けて、『近世奇跡考』(1804年)、『骨董集』(1814~15年)などを書きましたが、1816年(文化13年9月7日)に、江戸において数え年56歳で亡くなります。
 尚、実弟に合巻作者山東京山、弟子には山東鶏告、山東唐洲らがいました。

〇山東京伝の主要な作品

・黄表紙『御存 (ごぞんじの) 商売物』(1782年)
・黄表紙『江戸生艶気樺焼 (えどうまれうわきのかばやき) 』(1785年)
・洒落本『令子洞房 (むすこべや) 』(1785年)
・図案集『小紋新法』(1786年)
・洒落本『通言総籬 (そうまがき) 』(1787年)
・洒落本『古契三娼(こけいのさんしょう)』(1787年)
・洒落本『傾城買四十八手 (けいせいかいしじゅうはって) 』(1790年)
・洒落本『繁千話(しげしげちわ)』(1790年)
・黄表紙『心学早染草(しんがくはやそめぐさ)』(1790年)
・洒落本『仕懸 (しかけ) 文庫』(1791年)
・洒落本『娼妓絹籭(しょうぎきぬぶるい)』(1791年)
・洒落本『錦之裏(にしきのうら)』(1791年)
・読本『忠臣水滸伝(すいこでん)』(前編1799年、後編1801年)
・随筆『近世奇跡考』(1804年)
・読本『桜姫全伝曙草紙(さくらひめぜんでんあけぼのぞうし)』(1805年)
・読本『昔語稲妻表紙(むかしがたりいなづまびょうし)』(1806年)
・考証随筆『骨董集』(1814~15年)