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 今日は、昭和時代後期の1968年(昭和43)に、日本初の長距離カーフェリーである阪九フェリー(神戸~小倉)が運航を開始した日です。
 この長距離カーフェリーは、当時の関光海運(現在の関光汽船)社長入谷豊州が掲げた「海のバイパス」構想により、同社に「長距離フェリー研究部」が設置されたのに始まりました。
 1965年(昭和40)9月に設立発起人会が開催され、翌年4月に関光汽船が阪九フェリー株式会社を設立します。そして、1967年(昭和42)4月に、神戸~小倉間の一般旅客定期航路の事業免許を取得し、翌年8月10日に日本初の長距離カーフェリー航路として、神戸(魚崎)~小倉(日明)航路が開設され、第1船「フェリー阪九」が就航しました。
 この船は、5,201.8総トン、全長127.7m、航海速力16.8ノットで、旅客定員1,195名、車両積載数はトラック80台・乗用車60台で、1976年(昭和51)1月24日をもって退役するまで、輸送の任を果たします。
 尚、1967年(昭和42)11月からは、第2船「第六阪九」(5,011.1総トン、全長127.3m、航海速力16.8ノット、旅客定員1,195名、車両積載数トラック80台・乗用車60台)が就航し、2隻での毎日の運航が始まりました。
 この航路は現在でも、同社によって運航が続けられています。

〇カーフェリー(car ferry)とは?

 河川、海峡、内海などで隔てられた2地点を定期に運航して、自動車と旅客を同時に輸送する船(自動車だけを運ぶ場合も含む)のことです。
 ヨーロッパでは古くから発達したものの、日本では昭和時代前期の1934年(昭和9)に北九州の若松~戸畑間に就航したのが最初とされ、続いて1944年(昭和19)に鹿児島~桜島間、1950年代に瀬戸内海で普及しました。
 1960年代以後のモータリゼーションの中で急増し、全国の海峡・離島連絡、湾口短絡などの航路の大部分がカーフェリーに置き換えられていきます。
 その後、トラック輸送の長距離化に対応して、1968年(昭和43)8月10日から阪九フェリーが神戸~小倉航路に就航したのを皮切りに、片道300kmを越える長距離フェリーが登場し、徐々に大型化、豪華船化していき、1万トンを超えるものも就航するようになりました。
 フェリー航路は、1973年(昭和48)には168航路、1980年(昭和55)には241航路と増加しましたが、その後の不況で、国内観光の需要が激減、燃料代の高騰もあって、多くの航路が閉鎖されます。
 また、本州四国連絡橋等の完成によって、役割を終えて閉鎖された航路も出現し、2007年(平成19)には、158のフェリー事業者による、187航路にまで減少しました。