戊辰戦争に関わって、1868年(明治元)9月19日夜半、榎本武揚(えのもとたけあき)の率いる、8隻からなる旧幕府艦隊(旗艦は開陽丸)は品川沖を脱しました。途中仙台に寄港して、東北戦争に敗れた旧幕府脱走軍などを収容し、10月20日に蝦夷地鷲ノ木に、約3,000人が上陸します。
10月25日には箱館の五稜郭を占拠、11月5日松前藩の福山城を陥落させ、11月15日に江差を制圧したものの、暴風雨のため旗艦開陽丸が沈没する痛手を受けました。
蝦夷地制圧後は、旧幕臣を移住させ、北方の防備と開拓にあたらせようと画策します。しかしうまくいかず、翌年3月9日に箱館の榎本武揚軍追討のため、新政府軍艦隊が江戸湾を出発、4月9日に江差北方の乙部に上陸しました。
そして、4月17日に松前を攻略、5月11日には箱館総攻撃が開始されます。ついに、5月18日に最後の拠点だった五稜郭が開城されて、榎本武揚らが降伏し、戦いが終結しました。
これによって、1年4ヶ月に及んだ「戊辰戦争」が終わり、新政府による国内掌握が完成しました。
〇五稜郭とは?
幕末の1857年(安政4)に、北方防備のために築城が開始され、1866年(慶応2)に完成した洋式城郭で、五角形の星形をしていたのでこの名称があります。
1868年(慶応4)から翌年にかけて、戊辰戦争最後の闘いである「箱館戦争」が戦われたことで有名となりました。これで、旧幕府勢力による抵抗は終焉し、「戊辰戦争」が終わりました。
現在、五稜郭跡は、1952年(昭和27)に国の特別史跡に指定され、「五稜郭公園」として保存されていて、巡ることができます。尚、2006年(平成18)には、日本100名城にも選定されました。また、公園内に、2010年(平成22)に「箱館奉行所」が木造で復元されて、一般公開されています。
〇戊辰戦争とは?
幕末明治維新期の1868年(慶応4/明治元)から1869年( 明治2)にかけて、明治政府を樹立した薩摩藩・長州藩らを中心とした新政府軍と、旧幕府勢力および奥羽越列藩同盟が戦った内戦でした。
1868年(慶応4年1月3日)開戦の鳥羽伏見の戦いから始まり、各地で戦乱が起きましたが、越後と東北、北海道で激戦となります。そして、1869年(明治2年5月18日)に箱館の五稜郭が陥落し、旧幕府軍が降伏して終結しました。
名称は、慶応4年/明治元年の干支が“戊辰”であることに由来しています。これにより、明治政府が国内を掌握し、明治維新の改革が進められることになりました。
☆戊辰戦争関係略年表(日付は旧暦です)
<1868年(慶応4/明治元)>
・1月3日 「鳥羽伏見の戦い」で「戊辰戦争」が始まる
・1月6日 徳川慶喜が大坂城を脱出し、海路で江戸へ逃れる
・2月12日 徳川慶喜は、上野寛永寺に入って謹慎し、恭順を示す
・3月14日 西郷隆盛と勝海舟の会談が行われ、江戸での戦闘が回避される
・4月11日 江戸城が無血開城される
・5月3日 奥羽25藩が「奥羽列藩同盟」を結成する
・5月6日 長岡藩など北越6藩が新たに加わり「奥羽越列藩同盟」となる
・5月15日 上野山にいる彰義隊を新政府軍が一日で破る(上野戦争)
・7月14日 白河口の戦いで、新政府軍が勝利する
・7月29日 奥州の二本松城、越後の長岡城が陥落する
・8月23日 新政府軍が会津藩若松城下に侵攻し、会津側は若松城で籠城戦を開始する
・9月8日 明治に改元される
・9月9日 米沢藩が新政府軍に寝返える
・9月10日 仙台藩が降伏する
・9月22日 会津藩が降伏し、「会津戦争」が終わる
・10月26日 榎本武揚軍が箱館を占領する
・11月15日 暴風雨のため榎本武揚軍の旗艦開陽丸が沈没する
<1869年(明治2)>
・3月9日 箱館の榎本武揚軍追討のため、新政府軍艦隊が江戸湾を出発する
・5月11日 箱館総攻撃が始まる
・5月18日 五稜郭が陥落し、旧幕府軍が降伏して「箱館戦争」が終結し、「戊辰戦争」が終わる