ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

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 今日は、昭和時代後期の1985年(昭和60)に、関越トンネルの開通により、関越自動車道(練馬~長岡)がつながった日です。
 関越トンネルは、群馬県利根郡みなかみ町(水上インターチェンジ)と新潟県南魚沼郡湯沢町(湯沢インターチェンジ)間の県境に位置する関越自動車道のトンネルです。
 三国山脈の谷川岳の下を貫通していて、全長は上り線が11,055m、下り線は10,926mあり、開通時には、日本一の長さの道路トンネルでしたが、2015年(平成27)に山手トンネル(首都高速道路中央環状線)が全線開通して追い抜かれ、現在は第2位となりました。
 このトンネルは、1970年(昭和45)6月に、基本計画が策定され、1977年(昭和52)年3月に着工、1982年(昭和57)年2月に本坑貫通、そして、1985年(昭和60)10月2日に開通し、関越自動車道の練馬インターチェンジ (IC) ~長岡ジャンクション (JCT) 間が繋がったのです。
 開通時のトンネル内は、片側1車線(暫定2車線)の対面通行でしたが、1991年(平成3)10月22日に上り線トンネルが開通し、全区間が4車線となりました。
 安全対策のため、上下線ともトンネル入口には信号機が設置され、危険物積載車両は通行禁止、トンネル内の最高時速70kmに規制されていましたが、2015年(平成27)10月1日からは、最高時速80kmになりました。

〇「関越自動車道」とは?
 東京都練馬区の練馬ICから埼玉県、群馬県を経て、新潟県長岡市の長岡JCTへ至る高速道路(高速自動車国道)で、東日本高速道路が管理しています。
 法的には、東京都三鷹市から埼玉県川越市・群馬県高崎市・新潟県長岡市を経て新潟市に至る新潟線(長岡市~新潟市間は北陸自動車道と重複)と、藤岡JCTで分岐し長野市を経由して上越市に至る上越線(上信越自動車道)からなっていますが、一般には新潟線の練馬~長岡間の呼称となりました。また、三鷹市~練馬区間は開通していません。
 この道路は、新潟県長岡JCTで北陸自動車道、高崎JCTでは北関東自動車道、鶴ヶ島JCTで首都圏中央連絡自動車道、東京都練馬区の大泉JCTで東京外環自動車道に接続しています。
 1963年(昭和38)に関越自動車道の路線基準が定められ、1966年(昭和41)に国土開発幹線自動車道の予定路線とされ、1967年(昭和42)に練馬IC~川越ICの工事が開始されました。
 そして、1971年(昭和46)に国道254号東京川越道路として練馬IC-川越ICが開通、1975年(昭和50)に川越IC~東松山IC開通、1980年(昭和55年)に東松山IC~前橋ICと藤岡JCT~藤岡IC開通、1982年(昭和57)に越後川口IC~長岡IC開通、小出IC~越後川口IC開通、1983年(昭和58)に六日町IC~小出IC開通、1984年(昭和59)に湯沢IC~六日町IC開通と徐々に延伸されていき、1985年(昭和60)10月2日の関越トンネルの開通によって、練馬IC~長岡JCT間が繋がったのです。
 首都圏と北陸地方を結ぶ重要路線で、2010年度(平成23)の平均利用台数は1日約20万台でした。

☆日本の道路トンネルの長さベスト12

1.山手トンネル(首都高速道路中央環状線)東京都高松入口~大井JCT[18,200m] 2015年全線開通
2.関越トンネル(関越自動車道)群馬県利根郡みなかみ町~新潟県南魚沼郡湯沢町[下り10,926m・上り11,055m] 1985年下り線・1991年上り線開通
3.飛騨トンネル(東海北陸自動車道)岐阜県飛騨市~岐阜県大野郡白川村[10,710m] 2008年開通
4.アクアトンネル(東京湾アクアライン)神奈川県川崎市~千葉県木更津市[9,610m] 1997年開通 注:海底道路トンネルでは世界最長
5.恵那山トンネル(中央自動車道)長野県下伊那郡阿智村~岐阜県中津川市[下り8,489m・上り8,649m] 1975年下り線・1985年上り線開通
6.第二新神戸トンネル(阪神高速32号)兵庫県神戸市中央区~兵庫県神戸市北区[8,055m] 1988年開通
7.新神戸トンネル(阪神高速32号)兵庫県神戸市中央区~兵庫県神戸市北区[7,900m] 1976年開通
8.雁坂トンネル(国道140号)埼玉県秩父市~山梨県山梨市[6,625m] 1998年開通
9.肥後トンネル(九州自動車道)熊本県八代市~熊本県球磨郡山江村[下り6,340m・上り6,330m] 1989年開通
10.加久藤トンネル(九州自動車道)熊本県人吉市~宮崎県えびの市[下り6,260m・上り6,255m] 1995年開通
11.あつみトンネル(日本海東北自動車道)山形県鶴岡市[6,022m] 2012年開通
12.袴腰トンネル(東海北陸自動車道)富山県南砺市[5,939m] 2000年開通
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 今日は、昭和時代中期の1964年(昭和39)に、東海道新幹線の東京駅~新大阪駅間が開業した日です。
 東海道新幹線は、東京駅~新大阪駅間(515.4km)を結ぶ東海旅客鉄道(JR東海)の高速鉄道路線(新幹線)です。
 太平洋戦争後の急激な輸送量増加に対応するため、東海道本線の輸送力増強策として計画されたもので、昭和時代中期の1956年(昭和31)に、当時の日本国有鉄道(国鉄)が調査チームを設置しました。1958年(昭和33)に東海道新幹線建設計画が承認され、1959年(昭和34)に起工式を行って着工し、東京オリンピックに間に合うように1964年(昭和39)10月1日に開業したのです。
 レール幅は、在来線の狭軌(1,067mm)より広い標準軌(1,435mm)、全線にロングレールを採用し、複線交流電化方式で、すべて立体交差にし、車両も工夫して、時速200km以上の高速運転ができるようにしました。これによって、東京~大阪の所要時間6時間半が4時間(開業当初)に短縮されます。
 また、自動列車制御装置 ATC,列車集中制御装置 CTCによる遠隔制御など最新の技術が導入されて、安全性の向上が図られました。
 その後、1972年(昭和47)の山陽新幹線開業後は直通運転されるようになり、1987年(昭和62)4月1日の国鉄分割民営化に伴い、全線が東海旅客鉄道(JR東海)に移管されています。
 車両や設備の改善によって、徐々にスピードアップがされていき、2015年3月14日以降は、最速の「のぞみ」号のN700系車両(最高速度285km/h)によって、東京駅~新大阪駅間を2時間22分で結ぶようになりました。

〇現在運行中の新幹線一覧

・北海道新幹線(新青森駅~新函館北斗駅)148.8km 4駅 [2016年3月26日開業]JR北海道旅客鉄道運営
・東北新幹線(東京駅~新青森駅)674.9km 23駅 [2010年12月4日全線開業]JR東日本旅客鉄道運営
・上越新幹線(大宮駅~新潟駅)269.5km 10駅 [1982年11月15日開業]JR東日本旅客鉄道運営
・北陸新幹線(高崎駅~金沢駅)345.5km 13駅 [2015年3月14日開業]JR東日本旅客鉄道・西日本旅客鉄道運営
・東海道新幹線(東京駅~新大阪駅)515.4km 17駅 [1964年10月1日開業]JR東海旅客鉄道運営
・山陽新幹線(新大阪駅~博多駅)553.7km 19駅 [1975年3月10日全線開業]JR西日本旅客鉄道運営
・九州新幹線(博多駅 鹿児島中央駅)256.8km 12駅 [2004年3月13日全線開業]JR九州旅客鉄道運営
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 今日は、昭和時代中期の1961年(昭和36)に、木曽川から知多半島に水を引く愛知用水が完成した日です。
 愛知用水は、木曾川上流御嶽山麓に建設した牧尾ダム(1961年完成)を水源とし、岐阜県南部の木曽川の兼山取水口から取水し、愛知県の尾張丘陵部から知多半島の先端に及ぶ用水路で、幹線水路(112km)と、幹線水路から分岐して農業用の水を導く支線水路(1,012km)からなります。
 干ばつに悩まされてきた丘陵地の多い知多半島に引水するという目的で、1951年(昭和26)に、農林省直轄調査事業となり、1955年(昭和30)には愛知用水公団が設けられて、1957年(昭和32)に着工し、1961年(昭和36)9月30日に完成しましたが、総事業費423億円かかりました。
 工業用水は同年12月から、上水道は翌年1月から、農業用水は翌年10月から通水します。1968年(昭和43)に愛知用水公団は水資源開発公団に統合され、2003年(平成15)10月から独立行政法人水資源機構に管理が引き継がれました。
 その間、1981年度から2004年度(平成16)まで、水需要量の増大に対応するため、阿木川ダム、味噌川ダムの建設や諸設備の拡充などの第二期事業が行われています。
 当初は農業用水が主でしたが、現在では、上水道・工業用水・農業用水・水力発電に利用する多目的用水となり、2010年(平成22)には工業用水54%、農業用水20%、上水道用水26%で、工業用水が過半を占めるようになっています。
 尚、2006年(平成18)2月3日には、農林水産省によって「疏水百選」の一つに選定されました。

〇「疏水百選」とは?
 疎水は、灌漑・給水・発電などのために、新しく土地を切り開いてつくった水路のことですが、農林水産省と「疏水百選」実施事務局が合同で、2006年(平成18)2月3日に「疏水百選」を決定しました。
 これは、全国からの22万票を超える投票を経て、農業・地域振興、歴史・文化・伝統、環境・景観、地域コミュニティの形成といった4つの視点での評価によって選ばれたものです。
 日本の農業を支えてきた代表的な用水を選定して、用水によりもたらされる“水・土・里”(みどり)を次世代に伝え、日本伝統の景観として美しい疏水の価値を見直し、その保全を推し進める目的でした。

☆「疏水百選」一覧

<北海道>
•北海幹線用水 (北海道)
•旭川聖台用水 (北海道)
•篠津中央篠津運河用水 (北海道)

<東北>
•稲生川用水 (青森県)
•土淵堰 (青森県)
•岩木川右岸用水 (青森県)
•照井堰用水 (岩手県)
•鹿妻穴堰 (岩手県)
•胆沢平野 (岩手県)
•大堰用水路・立花頭首工 (岩手県)
•奥寺堰 (岩手県)
•愛宕堰 (宮城県)
•大堰(内川) (宮城県)
•上郷温水路群 (秋田県)
•田沢疏水 (秋田県)
•寒河江川用水[二の堰・高松堰] (山形県)
•北楯大堰 (山形県)
•金山大堰 (山形県)
•山形五堰 (山形県)
•安積疏水 (福島県)
•会津大川用水 (福島県)

<関東>
•備前堀用水 (茨城県)
•福岡堰 (茨城県)
•那須野ヶ原用水 (栃木県)
•おだきさん (栃木県)
•渡良瀬川沿岸 (群馬県)
•広瀬用水(広瀬川) (群馬県)
•雄川堰 (群馬県)
•長野堰用水 (群馬県)
•群馬用水 (群馬県)
•見沼代用水 (埼玉県)
•葛西用水 (埼玉県)
•備前渠用水 (埼玉県)
•印旛沼 (千葉県)
•大利根用水 (千葉県)
•両総用水 (千葉県)
•府中用水 (東京都)
•荻窪用水 (神奈川県)
•文命用水 (神奈川県)
•村山六ヶ村堰疏水 (山梨県)
•差出堰 (山梨県)

<中部>
•加治川用水 (新潟県)
•亀田郷 (新潟県)
•十二貫野用水 (富山県)
•常西合口用水 (富山県)
•鷹栖口用水(砺波平野疏水群) (富山県)
•舟倉用水 (富山県)
•辰巳用水 (石川県)
•金沢疏水群(大野庄用水・鞍月用水・長坂用水) (石川県)
•手取川疏水群(手取川七ヶ用水・宮竹用水) (石川県)
•九頭竜川下流 (福井県)
•足羽川用水 (福井県)
•五郎兵衛用水 (長野県)
•塩沢堰 (長野県)
•八ヶ郷用水 (長野県)
•善光寺平用水 (長野県)
•拾ヶ堰 (長野県)
•瀬戸川用水 (岐阜県)
•席田用水 (岐阜県)
•大井川用水(大井川用水・大井川右岸用水) (静岡県)
•源兵衛川 (静岡県)
•深良用水 (静岡県)
•愛知用水 (愛知県)
•豊川用水 (愛知県)
•明治用水 (愛知県)
•濃尾用水 (愛知県)
•枝下用水 (愛知県)
•立梅用水 (三重県)
•南家城川口井水 (三重県)

<近畿>
•愛知川用水 (滋賀県)
•野洲川流域 (滋賀県)
•犬上川沿岸 (滋賀県)
•湖北用水 (滋賀県)
•洛西用水 (京都府)
•琵琶湖疏水 (京都府)
•大和川分水(築留掛かり) (大阪府)
•東播用水 (兵庫県)
•淡山疏水 (淡河川疏水・山田川疏水)(兵庫県)
•東条川用水 (兵庫県)
•大和平野 (奈良県)
•小田井用水 (和歌山県)

<中国>
•大井手用水 (鳥取県)
•天川疏水 (島根県)
•高瀬川 (島根県)
•東西用水(高梁川・笠井堰掛) (岡山県)
•西川用水 (岡山県)
•芦田川用水 (広島県)
•寝太郎堰(寝太郎用水) (山口県)
•藍場川(大溝) (山口県)

<四国>
•那賀川用水 (徳島県)
•香川用水 (香川県)
•銅山川疏水 (愛媛県)
•道前道後用水 (愛媛県)
•山田堰井筋 (高知県)

<九州・沖縄>
•大石用水 (福岡県)
•裂田の溝 (福岡県)
•堀川用水 (福岡県)
•柳川の堀割 (福岡県)
•大井手堰(石井樋~多布施川) (佐賀県)
•小野用水 (長崎県)
•上井手用水 (熊本県)
•幸野溝・百太郎溝 (熊本県)
•南阿蘇村疏水群 (熊本県)
•通潤用水 (熊本県)
•緒方疏水 (大分県)
•城原井路[神田頭首工] (大分県)
•杉安堰 (宮崎県)
•清水篠井手用水 (鹿児島県)
•筒羽野の疏水 (鹿児島県)
•宮古用水 (沖縄県)
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 今日は、昭和時代後期の1972年(昭和47)に、日本と中国が「日中共同声明」に調印した日です。
 この声明は、中華人民共和国の北京で調印された、日本と中華人民共和国の国交正常化のための共同声明です。正式には「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」といい、前文と本文9項目から成っていました。
 その内容は、前文で日本側が戦争で中国国民に重大な損害を与えた責任を深く反省し,中国政府が提示した復交3原則を十分理解するとし、本文では、(1)国交正常化、(2)中国政府の唯一合法性の承認、(3)台湾が中国の一部であることの尊重、(4)外交関係の樹立、(5)戦争賠償の放棄、(6)平和五原則と国連憲章の原則の確認、(7)覇権主義に対する反対、(8)平和友好条約の締結のための交渉の合意、(9)貿易・海運・航空・漁業等の諸実務協定の締結のための交渉の合意を規定しています。
 この声明に基づいて、両国間での交渉が重ねられ、1978年(昭和53)8月12日に、「日中平和友好条約」が調印されました。

〇「日中共同声明」(全文)

日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明

 日本国内閣総理大臣田中角栄は、中華人民共和国国務院総理周恩来の招きにより、千九百七十二年九月二十五日から九月三十日まで、中華人民共和国を訪問した。田中総理大臣には大平正芳外務大臣、二階堂進内閣官房長官その他の政府職員が随行した。
 毛沢東主席は、九月二十七日に田中角栄総理大臣と会見した。双方は、真剣かつ友好的な話合いを行った。
 田中総理大臣及び大平外務大臣と周恩来総理及び姫鵬飛外交部長は、日中両国間の国交正常化問題をはじめとする両国間の諸問題及び双方が関心を有するその他の諸問題について、終始、友好的な雰囲気のなかで真剣かつ率直に意見を交換し、次の両政府の共同声明を発出することに合意した。
 日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。両国国民は、両国間にこれまで存在していた不正常な状態に終止符を打つことを切望している。戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。
 日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。また、日本側は、中華人民共和国政府が提起した「復交三原則」を十分理解する立場に立って国交正常化の実現をはかるという見解を再確認する。中国側は、これを歓迎するものである。
 日中両国間には社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である。両国間の国交を正常化し、相互に善隣友好関係を発展させることは、両国国民の利益に合致するところであり、また、アジアにおける緊張緩和と世界の平和に貢献するものである。

一 日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する。
二 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。
四 日本国政府及び中華人民共和国政府は、千九百七十二年九月二十九日から外交関係を樹立することを決定した。両政府は、国際法及び国際慣行に従い、それぞれの首都における他方の大使館の設置及びその任務遂行のために必要なすべての措置をとり、また、できるだけすみやかに大使を交換することを決定した。
五 中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。
六 日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。
 両政府は、右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。
七 日中両国間の国交正常化は、第三国に対するものではない。両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する。
八 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の平和友好関係を強固にし、発展させるため、平和友好条約の締結を目的として、交渉を行うことに合意した。
九 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の関係を一層発展させ、人的往来を拡大するため、必要に応じ、また、既存の民間取決めをも考慮しつつ、貿易、海運、航空、漁業等の事項に関する協定の締結を目的として、交渉を行うことに合意した。

千九百七十二年九月二十九日に北京で

日本国内閣総理大臣     田中角栄(署名)
日本国外務大臣       大平正芳(署名)
中華人民共和国国務院総理  周恩来(署名)
中華人民共和国 外交部長  姫鵬飛(署名)

          日本外務省ホームページ「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」より
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 今日は、昭和時代後期の1967年(昭和42)に、上越線の新清水トンネルが開通した日です。
 このトンネルは、国鉄(現在はJR東日本管理)の上越線湯檜曽駅 - 土樽駅間(群馬県利根郡みなかみ町~新潟県南魚沼郡湯沢町)に開通した下り線専用のトンネルです。
 総延長は、13,490mあり、1963年(昭和38)の着工から、3年ほどで完成し、トンネル内に湯檜曽駅・土合駅下りホームが設けられました。当時は、北陸トンネルに次いで日本第2位の長さのトンネルだったのです。
 これにより、1931年(昭和6)9月1日に開通していた清水トンネル(単線)は、上り線専用となりましたが、川端康成著の『雪国』冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた...」の情景は、清水トンネルを群馬県側から新潟県側へ抜けた時のものだと言われ、新清水トンネルの方でないとその景色は見られなくなりました。
 新清水トンネル中に土合駅(下りホーム)が設けられましたが、駅舎から24段の階段を上り、143mの連絡通路を歩き、462段の階段(長さ338m)を下らないと地下ホームへたどり着けなくなったのです。しかし、トンネルの中の地下ホームを体験できる数少ない場所となっていて、鉄道ファンには人気がありました。

〇日本の鉄道トンネルの長さベスト20(地下鉄線・未成線・実験線は除く)

1.青函トンネル(青森県・北海道)JR北海道新幹線[奥津軽いまべつ駅~木古内駅] 延長53,850m 1988年開通
2.八甲田トンネル(青森県)JR東北新幹線[七戸十和田駅~新青森駅] 延長26,455m 2010年開通
3.岩手一戸トンネル(岩手県)JR東北新幹線[いわて沼宮内駅~ 二戸駅] 延長25,808m 2002年開通
4.飯山トンネル(長野県・新潟県)JR北陸新幹線[飯山駅~上越妙高駅] 延長22,225m 2014年開通
5.大清水トンネル(群馬県・新潟県)JR上越新幹線[上毛高原駅~越後湯沢駅] 延長22,221m 1982年開通
6.新関門トンネル(山口県・福岡県)JR山陽新幹線[新下関駅~小倉駅] 延長18,7135m 1975年開通
7.六甲トンネル(兵庫県)JR山陽新幹線[新大阪駅~新神戸駅] 延長16,250m 1972年開通
8.榛名トンネル(群馬県)JR上越新幹線[高崎駅~上毛高原駅] 延長15,350m 1982年開通
9.五里ヶ峯トンネル(長野県)JR北陸新幹線[上田駅~長野駅] 延長15,175m 1997年開通
10.中山トンネル(群馬県)JR上越新幹線[高崎駅~上毛高原駅] 延長14,857m 1982年開通
11.北陸トンネル(福井県)JR北陸本線[敦賀駅~南今庄駅] 延長13,870m 1962年開通
12.新清水トンネル(新潟県)JR上越線(下り線)[水上駅~土樽駅] 延長13,490m 1967年開通
13.安芸トンネル(広島県)JR山陽新幹線[東広島駅~広島駅] 延長13,030m 1975年開通
14.筑紫トンネル(福岡県・佐賀県)JR九州新幹線[博多駅~新鳥栖駅] 延長11,935m 2011年開通
15.北九州トンネル(福岡県)JR山陽新幹線[小倉駅~博多駅] 延長11,717m 1975年開通
16.福島トンネル(福島県)JR東北新幹線[郡山駅~福島駅] 延長11,705m 1982年開通
17.頸城トンネル(新潟県)えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン[能生駅~名立駅] 延長11,353m 1969年開通
18.塩沢トンネル(新潟県)JR上越新幹線[越後湯沢駅~浦佐駅] 延長11,2175m 1982年開通
19.蔵王トンネル(福島県・宮城県)JR東北新幹線[福島駅~白石蔵王駅] 延長11,215m 1982年開通
20.赤倉トンネル(新潟県)北越急行ほくほく線[しんざ駅~魚沼丘陵駅] 延長10,472m 1997年開通
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