ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

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 今日は、江戸時代後期の1783年(天明3)に、浅間山の天明大噴火が起きた日ですが、新暦では8月5日となります。
 浅間山は、長野県と群馬県境にあるある安山岩質の成層火山(標高2,568m)で、活発な活火山として知られ、過去に何度も噴火を繰り返してきました。
 中でも、史上最大の噴火は江戸時代後期の天明浅間山噴火(天明の浅間焼け)といわれています。これは、4月9日から始まり、1ヶ月ごとに噴火と小康状態を繰り返してきましたが、6月27日からは噴火や爆発が徐々に激しくなり、7月7日からは激烈になって、とうとう7月8日には、大爆発と共に鎌原火砕流・岩屑雪崩がすごいスピード(時速50km以上)で北麓に流下しました。
 そして、鎌原村(のちの群馬県嬬恋村)を直撃して、住民570人中、鎌原観音堂の階段を駆け上がった人など93人を除いて、477人が犠牲となります。さらに、岩屑雪崩は吾妻川に流れ込んで河道閉塞を生じ、それが決壊して泥流となり大洪水を引き起こして、吾妻川沿いの村々を飲み込み大被害を与え、渋川で利根川に合流、銚子や江戸川を経て江戸湾まで流下しました。これによる被害は併せて死者1,624人、流失家屋1,151戸、焼失家屋51戸、倒壊家屋130戸余りの大惨事となります。
 1979年(昭和54)から、嬬恋村によって行われた発掘調査では、当時の村の生活や災害の規模が把握され、注目を集めました。隣接する「嬬恋郷土資料館」では、埋没した鎌原村から発掘された品々などを中心に展示し、火山災害と生活文化の実態に迫っています。映像コーナーでは、天明3年の噴火の悲劇と、浅間山の美しい自然を、手軽に見ることが出来、浅間山の噴火被害の恐ろしさを学ぶことができるようになりました。とりわけ、鎌原観音堂に駆け上がった僅かな村人が、生き残ったもの同士で家族関係を結び、村を復興させたことは、人の歩みの力強さを感じさせるものです。
 また、鬼押出し溶岩に囲まれた中を散策できる「鬼押出し園」や「浅間園」、「浅間火山博物館」も噴火と溶岩流のすさまじさを体験できるところで、湯の平高原の入口には、小諸市の「火山館」も出来ました。

〇「活火山」とは?
 活動的で近い将来噴火を起こす可能性のある火山のことですが、日本では、おおむね過去1万年以内に噴火した記録があるか、現在活発な噴気活動のある火山とされています。
 火山噴火予知連絡会によって、(1)過去1万年間の噴火の頻度、規模、爆発性などを定量化した1万年活動度指数、(2)過去100年間の観測データに基づく100年活動度指数。の2つの尺度が決められ、これによって、活火山はA・B・Cの3段階に分類されました。(ただし、海底火山と北方領土の火山は、データ不足のため評価の対象外)2017年(平成29)7月現在、Aランク(最も活動度が高い)の火山は13、Bランク(活動度は中程度)は36、Cランク(活動度は最も低い)の火山は38、対象外の火山は23で、合計110となっています。

☆日本の活火山一覧(火山噴火予知連絡会、活動度による分類)

<北海道>
・十勝岳(北海道)ランクA
・樽前山(北海道)ランクA
・有珠山(北海道)ランクA
・北海道駒ケ岳(北海道)ランクA
・浅間山(長野県・群馬県)ランクA
・知床硫黄山(北海道)ランクB
・羅臼岳(北海道)ランクB
・摩周(北海道)ランクB
・雌阿寒岳(北海道)ランクB
・恵山(北海道)ランクB
・渡島大島(北海道)ランクB
・アトサヌプリ(北海道)ランクC
・丸山(北海道)ランクC
・大雪山(北海道)ランクC
・利尻山(北海道)ランクC
・恵庭岳(北海道)ランクC
・倶多楽(北海道)ランクC
・羊蹄山(北海道)ランクC
・ニセコ(北海道)ランクC

<東北>
・岩木山(青森県)ランクB
・十和田(青森県・秋田県)ランクB
・恐山(青森県)ランクC
・八甲田山(青森県)ランクC
・秋田焼山(秋田県)ランクB
・岩手山(岩手県)ランクB
・八幡平(岩手県・秋田県)ランクC
・秋田駒ヶ岳(秋田県)ランクB
・鳥海山(秋田県・山形県)ランクB
・栗駒山(宮城県)ランクB
・蔵王山(宮城県・山形県)ランクB
・鳴子(宮城県)ランクC
・肘折(山形県)ランクC
・吾妻山(福島県)ランクB
・安達太良山(福島県)ランクB
・磐梯山(福島県)ランクB
・沼沢(福島県)ランクC
・燧ヶ岳(福島県)ランクC

<関東>
・那須岳(栃木県)ランクB
・高原山(栃木県)ランクC
・男体山(栃木県)ランクC
・日光白根山(栃木県・群馬県)ランクC
・榛名山(群馬県)ランクB
・草津白根山(群馬県)ランクB
・赤城山(群馬県)ランクC
・伊豆大島(東京都)ランクA
・三宅島(東京都)ランクA
・伊豆鳥島(東京都)ランクA
・神津島(東京都)ランクB
・西之島(東京都)ランクB
・硫黄島(東京都)ランクB
・新島(東京都)ランクB
・利島(東京都)ランクC
・御蔵島(東京都)ランクC
・八丈島(東京都)ランクC
・青ヶ島(東京都)ランクC
・箱根山(神奈川県)ランクB

<中部>
・新潟焼山(新潟県)ランクB
・妙高山(新潟県)ランクC
・横岳(長野県)ランクC
・焼岳(長野県・岐阜県)ランクB
・御嶽山(長野県・岐阜県)ランクB
・乗鞍岳(長野県・岐阜県)ランクC
・アカンダナ山(岐阜県)ランクC
・白山(福井県・岐阜県)ランクC
・弥陀ヶ原(富山県)ランクC
・富士山(静岡県・山梨県)ランクB
・伊豆東部火山群(静岡県)ランクB


<中国>
・三瓶山(島根県)ランクC
・阿武火山群(山口県)ランクC

<九州>
・雲仙岳(長崎県)ランクA
・福江火山群(長崎県)ランクC
・阿蘇山(熊本県)ランクA
・九重山(大分県)ランクB
・鶴見岳・伽藍岳(大分県)ランクB
・由布岳(大分県)ランクC
・霧島山(鹿児島県・宮崎県)ランクB
・桜島(鹿児島県)ランクA
・薩摩硫黄島(鹿児島県)ランクA
・諏訪之瀬島(鹿児島県)ランクA
・米丸・住吉池(鹿児島県)ランクC
・池田・山川(鹿児島県)ランクC
・開聞岳(鹿児島県)ランクC
・中之島(鹿児島県)ランクB
・硫黄鳥島(鹿児島県)ランクB
・口之島(鹿児島県)ランクC
・口永良部島(鹿児島県)ランクB

A:100年活動度または1万年活動度が特に高い活火山
B:100年活動度または1万年活動度が高い活火山
C:100年活動度および1万年活動度がともに低い活火山
注:上記以外にデータ不足で対象外となっている北方領土や海底の火山があります
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 今日は、平安時代後期の1129年(大治4)に、白河天皇(第72代)が亡くなった日ですが、新暦では7月24日となります。
 白河天皇は、1053年(天喜元年6月19日)に、後三条天皇の第1皇子(母は藤原茂子)として、京都に生まれましたが、名は貞仁といいました。
 1065年(治暦元)に13歳で元服、1069年(延久元)に皇太子に立てられ、1072年(延久4)に、後三条天皇の譲位により、20歳で即位することになります。
 1075年(承保2)に荘園整理令を発し、1076年(承保3)に法勝寺を建立、1081年(永保元)には、宇佐神宮境内地に神宝塔院を建立しました。1086年(応徳3)には、第3皇子善仁親王 (堀河天皇) に譲位し、上皇となって、天皇を後見しながら政治の実権を握る、いわゆる院政(堀河・鳥羽・崇徳3天皇の43年間)を初めて行います。
 その後、1099年(康和1)、1107年(嘉承2)、1127年(大治2)などに何度も荘園整理令を発し、院の武力として北面の武士を創設、新興の源・平氏をこれにあてるなどして、摂関家の政治関与を抑えることに努めます。
 また、仏教への傾倒も著しく、1096年(永長元)出家して法皇となり、法勝寺などを建立しましたが、1129年(大治4年7月7日)に、数え年77歳で亡くなくなりました。

〇白河天皇関係略年表(日付は旧暦です)

・1053年(天喜元)6月19日 後三条天皇の第1皇子(母は藤原茂子)として、京都に生まれる
・1065年(治暦元) 数え年13歳で元服する
・1069年(延久元) 皇太子に立てられる
・1072年(延久4) 後三条天皇の譲位により、数え年20歳で即位し、第72代の天皇となる
・1075年(承保2) 荘園整理令を発する
・1076年(承保3) 法勝寺を建立する
・1081年(永保元) 宇佐神宮境内地に神宝塔院を建立する
・1086年(応徳3) 第3皇子善仁親王 (堀河天皇) に譲位し、上皇となって院政を始める
・1099年(康和1) 荘園整理令を発する
・1102年(康和4) 藤原忠実の職権を停止する
・1107年(嘉承2) 荘園整理令を発する
・1113年(永久元) 永久の変において、輔仁親王を没落に追い込む
・1127年(大治2) 荘園整理令を発する
・1096年(永長元) 出家して法皇となる
・1120年(保安元) 関白藤原忠実を勅勘に処し、職権を停止する
・1129年(大治4)7月7日 京都において、数え年77歳で亡くなる
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 今日は、昭和時代前期の1940年(昭和15)に「奢侈品等製造販売制限規則(しゃしひんとうせいぞうはんばいせいげんきそく)」(七・七禁令)が交布された日です。
 これは、当時の商工省(現在の経済産業省)及び農林省(現在の農林水産省)が「国家総動員法」を根拠に、1940年(昭和15)7月6日に発布(昭和15年商工省・農林省令第2号)し、翌7月7日より施行した省令です。不急不用品・奢侈贅沢品・規格外品等の製造・加工・販売を禁止するもので、一般には施行日をとって「七・七禁令」(しちしちきんれい)とも呼ばれました。
 戦時下に於いては、不要不急な生活用品よりも戦争必需品を優先に製造せよということで、例えば金銀を使う織物(西陣織り・友禅など)、宝石類、そして一定金額以上の娯楽関係品(人形・レコード)、カメラ、シャープペンシル、果物(メロン・イチゴ)などが対象となったのです。
 「ゼイタクは敵だ」がスローガンとして叫ばれ、製造・販売の面でも国民生活が統制されていくことになりました。
 以下に「奢侈品等製造販売制限規則」全文と関連する告示を掲載しておきますので、ご参照ください。

〇「奢侈品等製造販売制限規則」 (全文)  1940年(昭和15)7月6日

奢侈品等製造販売制限規則 (昭和十五年七月六日 商工農林省令第二号)

昭和十二年法律第二十九号第二条の規定に於依り奢侈品等製造販売制限規則左の通定む
  奢侈品等製造販売制限規則

第一条
 物品の製造(加工を含む以下同じ)を業とする者は主務大臣の指定したる物品を製造することを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合及当該物品指定の際、現に製造中のものについては此の限に在らず

第二条
 物品の生産(製造及加工を含む以下同じ)または販売を業とする者は主務大臣の指定したる年月日以後は左に揚ぐる物品及びその中古品を売渡すことを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合はこの限に在らず
 (一) 前条の規定により主務大臣の指定したる物品
 (二) 他の法令により製造を禁止されたる物品(当該法令に依る製造の許可ありたるものを除く)
 (三) 主務大臣の指定したる物品前項第二号の他の法令は主務大臣之を定む
 第一項の規定は前条但書の許可を受け製造したる物品を売渡しまたはこれを買受けて売渡す場合及び第一項但書の許可ありたる物品を買受けて売渡す場合には之を適用せず

第三条
 主務大臣前条第一項の指定をなしたる場合において必要ありと認むるときは物品の生産又は販売を業とする者に対し同条同項の指定したる年月日前に於ける同条同項に揚ぐる物品の売渡に関し売渡数量または売渡先の制限、その他必要なる命令をなすことあるべし

第四条
 物品の生産又は販売を業とする者は主務大臣の指定したる物品については主務大臣の定めたる規格または品質に該当するもの(価格統制令第七条の規定により額の指定ありたる種類の物品にして主務大臣の指定したるものに付いては該当額の指定において定めたる規格又は品質に該当するもの)を除くの外これを売渡すことを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合はこの限にあらず
 前項の規定は前項但書の許可ありたる物品を買受けて売渡す場合にはこれを適用せず

第五条
 第一条但書、第二条第一項但書または前条第一項但書の許可の申請は輸出せらるること明なる物品を製造しまた売渡す場合その他やむを得ざる事由ある場合に限りこれをなすことを得

第六条
 前条の申請をなさんとする者は左に揚ぐる事項を記載したる申請書二通を主務大臣または地方長官に提出すべし
 (一) 申請者の住所または主たる事務所の所在地及び業務の種類
 (二) 製造または売渡さんとする物品の名称、品種及び数量(第四条第一項但書の許可を受けんとする場合にありては当該物品の規格または品質を併せ記載すべし)
 (三) 許可を受けんとする事由の詳細
 主務大臣または地方長官必要ありと認むるときは前項の申請書を提出すべき者に対し前項の申請書の外必要なる書類の提出を命ずることを得
 前二項の規定に依り提出すべき申請書及び必要なる書類にして主務大臣に提出すべきものは地方長官を経由すべし

第七条
 依託製造、委託販売其の他何等の名義を以てするを問わず第一条、第二条又は第四条の規定に依る禁止を免るる行為をなすことを得ず

第八条
 第二条及び第四条の規定は物品の生産または販売を業とする者該当物品を関東州満洲及び支那以外の地に輸出する場合にはこれを適用せず

【附則】本則は昭和十五年七月七日よりこれを施行す
【参照】昭和十二年九月十日公布法律第二十九号は輸出入品等に関する臨時措置に関する件なり

                             「官報」より

〇商工省告示第三百三十九号(昭和十五年七月六日)
 
 奢侈品等製造販売制限規則第一条の規定に依り物品左の通指定す
 (引用者註:昭和十五年七月七日以後製造を禁止されるもの)

染絵羽模様裲襠地及其の製品
染絵羽模様着尺地及其の製品(裾模様のものにして裾よりの高さ鯨尺二尺未満又は袖裾よりの高さ鯨尺一尺三寸未満の模様を附したるものを除く)
染絵羽模様羽織地及其の製品
染絵羽模様襦袢地及其の製品
染絵羽模様夜具表地及其の製品
織絵羽模様裲襠地及其の製品
織絵羽模様着尺地及其の製品
織絵羽模様羽織地及其の製品
織絵羽模様襦袢地及其の製品
織絵羽模様夜具表地及其の製品
綴織帯地及綴織袱紗地(縞及無地のものを除く)並に其の製品
刺繍(縫定紋を除く)を施したる織物及其の製品(帯地及帯を除く)
銀絲若は漆絲(模造品を含む)又は模造品たる金絲を用いたる織物及其の製品(模造品たる金絲、銀絲又は漆絲を用いたる帯地及帯を除く)
無線シホンベルベット及其の製品
ビロード縮緬及其の製品
絹レース地(交編を含む)及其の製品
指輪(昭和十五年七月商工省告示第三百四十二号に依り定めたる法令に依り製造を禁止せられたるものを除く)
腕輪(同)
首飾(同)
耳飾(同)
ネクタイピン(同)
身辺装飾品たるペンダント(同)
ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ、アレキサンドライト、翡翠、アクアマリン、トールマリン、ジルコン、ガーネット、クリソベリール、トパーズ、スピネル、エメラルド、ベリール、クリソライト、オパール、瑪瑙、猫眼石、虎眼石、孔雀石、土耳古玉、月長石、青金石、クンツァイト、ブラッドストーン又はヘマタイトの人造品及び模造品、銀製品にして飲食用器具、厨房用器具、家具、什器、美術装飾品、喫煙用器具、身廻用品、装身具、牌盃、被服付属金具、文房具若は玩具又は其の部分品たるもの
象牙製品

〇商工省告示第三百四十号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第一項第三号及同条同項の規定に依り物品並に当該物品及其の中古品に付ての年月日左の通指定す
 (物品及其の中古品に付ての年月日、昭和十五年十月七日) 

 物品
白生地縮緬(襞織及チェニーを含む)にして一反(三丈物)に付販売価格六十円を超ゆるもの
白生地羽二重にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
白生地絽にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
白生地紗にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
白生地襦子(綸子)にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
銘仙にして一反(三丈物)に付販売価格三十円を超ゆるもの
御召にして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
絲織にして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
紬織にして一反(三丈物)に付販売価格百二十円を超ゆるもの
絹上布(明石縮を含む)にして一反(三丈物)に付販売価格七十円を超ゆるもの
麻上布にして一反(三丈物)に付販売価格百二十円を超ゆるもの
友禅染のものにして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
小紋染のものにして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
絞染のものにして一反(三丈物)に付販売価格百円を超ゆるもの
無地染のものにして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
裾模様にして一表に付販売価格二百五十円を超ゆるもの
丸帯地にして一本に付販売価格三百五十円を超ゆるもの
丸帯地以外の帯地にして一本に付販売価格百五十円を超ゆるもの
袴地にして一具分に付販売価格六十円を超ゆるもの
座布団地にして十枚取に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる銘仙長着にして一枚に付販売価格四十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる銘仙羽織にして一枚に付販売価格四十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる丸帯にして一本に付 販売価格百円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる丸帯以外の帯にして一本に付販売価格六十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる袴にして一具に付販売価格四十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる夜具にして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる座布団にして一枚に付販売価格十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる絞り又は友禅の長襦袢にして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる友禅の四つ身にして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる和服用コートにして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
半襟にして一掛に付販売価格五円を超ゆるもの
腰紐にして一筋に付販売価格五円を超ゆるもの
帯揚、帯締又は腰帯にして一本に付販売価格十円を超ゆるもの 
洋服地(オーバーコート地並びに毛製の婦人洋服地及子供服地を含む)にして一平方米に付販売価格十五円を超ゆるもの
毛製以外の婦人洋服地又は子供服地にして一平方碼に付販売価格五円を超ゆるもの
有線シホンベルベットにして幅二七吋長一碼に付販売価格七円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる背広服三つ揃冬物にして一着に付販売価格八十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる背広服三つ揃合物にして一着に付販売価格八十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる背広服三つ揃夏物にして一着に付販売価格六十円を超ゆるもの
註文品たる背広服三つ揃冬物にして一着に付販売価格百三十円を超ゆるもの
註文品たる背広服三つ揃合物にして一着に付販売価格百三十円を超ゆるもの
註文品たる背広服三つ揃夏物にして一着に付販売価格百円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たるオーバーコートにして一着に付販売価格八十円を超ゆるもの
註文品たるオーバーコートにして一着に付販売価格百三十円を超ゆるもの
モーニングコートにして一着に付販売価格百八十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たるレインコートにして一着に付販売価格五十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる婦人洋服にして一着に付販売価格六十円を超ゆるもの
註文品たる婦人洋服にして一着に付販売価格百円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる子供服(オーバーコートを含む)にして一着に付販売価格二十円を超ゆるもの
註文品たる子供服(オーバーコートを含む)にして一着に付販売価格三十円を超ゆるもの
莫大小のシャツにして一枚に付販売価格十五円を超ゆるもの
莫大小のズボンにして一枚に付販売価格十五円を超ゆるもの
ネクタイにして一本に付販売価格四円を超ゆるもの
ワイシャツ(カッターを含む)にして一枚に付販売価格十円を超ゆるもの
大人用靴下(男子長靴下及フルファッション式絹婦人長靴下を除く)にして一足に付販売価格二円五十銭を超ゆるもの
子供用靴下にして一足に付販売価格一円五十銭を超ゆるもの
ハンカチーフにして一枚に付販売価格一円を超ゆるもの
手袋にして一双に付販売価格五円を超ゆるもの
毛皮製襟巻にして一枚に付販売価格二百五十円を超ゆるものBR> 毛皮製以外の襟巻(マフラー及スカーフを含む)にして一枚に付販売価格十五円を超ゆるもの
肩掛(ショール)にして一枚に付販売価格三十円を超ゆるもの
時計にして一個に付販売価格五十円を超ゆるもの
櫛、笄又は簪にして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
帯止にして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
カフスボタンにして一組に付販売価格十円を超ゆるもの
バックルして一個に付販売価格十円を超ゆるもの
ハンドバッグにして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
眼鏡縁にして一個又は一組に付販売価格十五円を超ゆるもの
洋傘にして一本に付販売価格二十五円を超ゆるもの
ステッキにして一本に付販売価格十五円を超ゆるもの
草履にして一足に付販売価格二十円を超ゆるもの
下駄にして一足に付販売価格七円を超ゆるもの
靴にして一足に付販売価格三十五円を超ゆるもの
書類入鞄にして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
旅行用手提鞄(バッグを含む)にして一個に付販売価格五十円を超ゆるもの
帽子(シルクハットを含む)にして一個に付販売価格二十円を超ゆるもの
香水にして一壜に付販売価格五円を超ゆるもの
箪笥にして一棹に付販売価格二百円を超ゆるもの
鏡台(姿見を含む)にして一台に付販売価格六十円を超ゆるもの
座机にして一個に付販売価格五十円を超ゆるもの
座卓にして一個に付販売価格百円を超ゆるもの
火鉢(長火鉢含む)にして一個に付販売価格百円を超ゆるもの
洋机、卓子にして一個に付販売価格百円を超ゆるもの
椅子にして一個に付販売価格七十円を超ゆるもの
長椅子にして一個に付販売価格百五十円を超ゆるもの
応接間洋家具セットにして一組(五個以上のもの)に付販売価格五百円を超ゆるもの
花輪又は花束にして一個に付販売価格十円を超ゆるもの
写真機にして一個に付販売価格五百円を超ゆるもの
三月節句用親王雛にして一対に付販売価格五十円を超ゆるもの
三月節句用飾セットにして一揃に付販売価格二百円を超ゆるもの
五月節句用具足にして一揃に付販売価格四十円を超ゆるもの
五月節句用兜にして一個に付販売価格四十円を超ゆるもの
五月節句用飾セットにして一揃に付販売価格二百円を超ゆるもの
羽子板にして一枚に付販売価格十円を超ゆるもの
玩具にして一個に付販売価格十円を超ゆるもの
人形(衣装付のものを含む)にして一個に付 販売価格三十円を超ゆるもの
万年筆にして一本に付販売価格五円を超ゆるもの
シャープペンシルにして一本に付販売価格三円を超ゆるもの
アルバムにして一冊に付販売価格五円を超ゆるもの
ダイヤモンド
ルビー
サファイヤ
アレキサンドライト
翡翠
アクアマリン
トールマリン
ジルコンBR> ガーネット
クリソベリール
トパーズ
スピネル
エメラルド
ベリール
クリソライト
オパール
猫眼石
虎眼石
孔雀石
土耳古玉
月長石
青金石
クンツァイト
ブラッドストーン
ヘマタイト
象牙

〇商工省告示第三百四十一号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第一項の規定に依り同条同項第一号に掲ぐる物品及其の中古品に付ての年月日左の通指定す
昭和十五年七月商工省告示第三百三十九号に依り指定したる物品及其の中古品に付ては昭和十五年十月七日

〇商工省告示第三百四十二号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第二項の規定に依り法令左の通定め同条第一項の規定に依り当該法令に依り製造を禁止されたる物品及其の中古品に付ての年月日左の通指定す
法令 上揚法令に依り製造を禁止せられたる物品及其の中古品に付ての年月日
銅使用制限規則 昭和十五年十月七日
白金使用制限規則         同
銑鉄鋳物製造制限に関する件  同
皮革使用制限規則         同
鋼製品の製造制限に関する件  同
鉛、亜鉛、錫等使用制限規則   同
ゴムの使用制限に関する件    同
繊維製品製造制限規則      同

〇農林省告示第十号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第三号及同条同項の規定に依り物品及当該物品に付ての年月日左の通指定す

 物品 年月日
 果実(メロン及苺を含む)にして百匁に付販売価格二円を超ゆるもの 昭和十五年十月七日
 詰合食料品にして一詰合に付販売価格五円を超ゆるもの 同

☆「消費生活の統制と七・七禁令」についての新聞記事

『東京朝日新聞』 1940年(昭和15)7月7日付

 生活の新記録『七・七禁令』、贅沢品さやうなら、あすから閉じる”虚栄の門”贅沢品よ左様ならー七月七日支那事変勃発三周年の日を期して、別面所報の如く商工・農林両省で総動員法に基く『不急不用品、奢侈贅沢品、規格外品の製造加工並に販売禁止』が全国に行はれることとなった。この省令の目的は戦時下の資財労力を真に戦時国民生活に必要な物資の増産、供給の確保に転換させ、購買力を抑制して余剰購買力を貯蓄強化、公債消化に転じ、公定価格品の規格と価格の維持を図る等であるが、之によって戦時国民生活の刷新が強力に企図されてゐる。曽ては都市上流社会の象徴だった『贅沢品』が戦時下に国禁の烙印を押されて追放となるわけだ。九・一八物価と並んで『七・七禁令』の名は長く国民生活の一頁に残るだらう。虚飾を棄てて今こそ新しき時代の簡素にして健康なる美の創造へーだが同時に業者への犠牲も決して少くはない。政府は『既に製造されたもの、製造中のもの』に対して三ケ月の猶予期間を限り販売を許可しきゅげきな衝動を避けると共に、売残り品は円ブロック以外の輸出に振向け、転失業者に対しては適当な対策を講ずる。(中略)
△値段に拘らす製造、販売を禁止するもの(戦時生活になくともいいもの) 染絵羽模様の裲襠地や着尺地、羽織地、襦袢地、夜具地、それからの製品一切、同じく織絵羽模様が禁止された。銀座あたりの女性の服装には痛棒だが指環、腕環、首飾、耳飾、ネクタイからダイヤ、ルビー、サファイア、翡すい、エメラルド、瑪瑙等の貴石は一切御法度、銀製品も象牙製品も駄目。
△一定値以上の値段による販売を禁止するもの(生活上必要なものでも一定値段以上中古物を含めて販売禁止) 白生地羽二重、絽紗、繻はみんな一反五十円以上は売ることが出来ない。銘仙は三十円、御召は八十円、女性のたのしみにもハッキリした値段の一線が画されたわけだ。裾模様は一表二百五十円、丸帯は三百五十円まで嫁入支度の最高値段が定まることにもならう。注文の背広は冬物・合物百三十円、夏物百円、既成品になると八十円、六十円となってゐる。婦人服は注文品百円、既成品は六十円、時計は五十円、ハンケチは一円までだ。毛皮襟巻は二百五十円、一匹千円の銀狐もスッ飛んで了ったわけ、靴は三十五円、下駄は七円止り、帽子はシルクハットを入れて二十円、香水は五円、タンスは二百円、カメラは五百円まで、万年筆は五円、童心の世界にも及んで玩具は十円まで、三月節句の親王雛も対で五十円、五月節句の具足も四十円等々、百匁二円を越すメロン、苺も食膳から追放となって中流の健全な家庭生活線への急降下を描いてゐる。(中略)
 今回の贅沢品禁止はその製造販売を禁止するだけで、既に所有してゐる物品の使用までも禁止してはゐない。この間隙をねらってこれ見よがしに贅沢品を使用する輩が無ちとも限らないので、この点へ精動の一斉射撃が行はれる。精動本部では禁止令の巨弾を機に全般的な奢侈抑制運動へと、強大な翼を伸張すべく既報の如く堀切本部理事長を委員長とし常任理事熊谷内閣情報部長を副委員長とする贅沢品全廃運動委員会を設けることとした。

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 今日は、安土桃山時代の1590年(天正18)に、北條氏直が小田原城を開城して豊臣秀吉に降伏し、秀吉の天下統一が完成した日ですが、新暦では8月4日となります。
 この戦いは、「小田原征伐」、「小田原の役」、「小田原合戦」などとも呼ばれていますが、1587年(天正15)には九州征伐を終えて全国平定を目指す豊臣秀吉が、最後まで従わなかった小田原の北条氏(後北条氏)を攻撃したものでした。
 秀吉は何度も北条氏の上洛を促しましたが、北条氏政らは従わず、上野国(現在の群馬県)の名胡桃城の帰属をめぐって真田氏と対立した氏直の出兵をとらえて、1589年(天正17年11月)に、北条氏討伐の令を諸国に発します。
 西国の大名や水軍をも動員し、20数万人の軍勢が東海道、東山道から攻め上がり、周辺の支城(山中城、足柄城、韮山城、岩槻城、鉢形城、八王子城、館林城、忍城など)を包囲して、攻撃しました。
 1590年(天正18年4月3日)には、相模国の平地に入って小田原城を包囲し、持久戦に入り、攻囲・攻撃は3ヶ月余に及びます。
 北条方は、これに対する評議が容易に決せず (小田原評定と呼ばれる) 、その期間、周辺の支城が次々と落城、兵士の士気は阻喪し、重臣松田憲秀をはじめ、秀吉方へ内応するものも多く現れました。
 その結果、同年7月5日に、氏直は氏政以下将士の許されることを条件に降伏を申出ることになります。秀吉は、氏政と弟氏照を自決させ、当主氏直を許して高野山に追放、重臣の松田憲秀、大道寺政繁らに死を命じます。
 これにより、北条氏は滅亡し、奥羽の伊達氏はじめ奥州諸大名も降伏、秀吉による天下統一が完成しました。

〇小田原征伐関係略年表(日付は旧暦です)

<1589年(天正17)>
・11月24日 豊臣秀吉が北条氏討伐の令を諸国に発する
・12月13日 徳川家康が北条氏討伐の先鋒を命じられる

<1590年(天正18)>
・3月1日 秀吉が大軍を率いて京都を出発する
・3月27日 秀吉自身が沼津に到着する
・4月1日 山中城が落城する
・4月3日 秀吉方は相模に入って小田原城を包囲し、持久戦に入る
・4月6日 秀吉は箱根湯本の早雲寺に入り本陣とする
・4月17日頃 国峰城、宮崎城が落城する
・4月19日 厩橋城が落城する
・4月22日 松井田城、玉縄城が落城する
・4月23日 箕輪城が落城する
・5月22日 松山城、岩槻城が落城する
・6月14日 鉢形城が落城する
・6月23日 八王子城が落城する
・6月24日 韮山城が落城する
・6月26日 石垣山一夜城が完成する
・7月5日 北条氏直は、氏政以下将士の許されることを条件に降伏を申し出る
・7月6日 秀吉方が小田原城内へ入る
・7月11日 北条氏政、氏照らが自刃する
・7月20日 北条氏直が高野山へと向かう
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 今日は、明治時代後期の1900年(明治33)に、物理学者・随筆家中谷宇吉郎(なかや うきちろう)の生まれた日です。
 中谷宇吉郎は、1900年(明治33)7月4日に、石川県江沼郡片山津町(現在の加賀市)で、呉服屋雑貨の店を営んでいた父・卯一、母・テルの長男として生まれました。
 旧制小松中学(現在の石川県立小松高等学校)を経て、1919年(大正8)に第四高等学校に入学し、物理学に興味を抱くようになります。1922年(大正11)に東京帝国大学理学部物理学科に進学、寺田寅彦に師事し、実験物理学を志すようになりました。
 卒業後は、理化学研究所で寺田研究室の助手となりましたが、1928年(昭和3)にイギリスに留学し、キングス・カレッジ・ロンドンで長波長X線の研究に従事します。
 1930年(昭和5)に帰国して北海道大学助教授となり、留学中の業績により理学博士の学位(京大)を受けました。1932年(昭和7)に教授となり、雪の結晶の研究を始め、1936年(昭和11)には人工雪の製作に成功し、雪氷研究の第一人者となります。
 1938年(昭和13)に最初の随筆集『冬の華』と『雪』が出版され、翌年には、日本の科学映画の最初と言われる『Snow Crystals』(東宝文化映画)を指導しました。
 1941年(昭和16)に雪の結晶の研修に対し帝国学土院賞が授与され、同年、北大低温科学研究所が発足して、主任研究員となります。
 太平洋戦争中には航空機の着氷防止研究にも従事しましたが、戦後の1946年(昭和21)に農業物理物研究所が発足し、所長となり、1948年(昭和23)には朝日文化賞を受賞しました。
 1952年(昭和27)にアメリカの雪氷永久凍土研究所(SIPRE)の主任研究員となり、2年間渡米しています。
 1957年(昭和32)に、国際雪氷委員会の副委員長に選ばれたりしましたが、1962年(昭和37)4月11日に、東京において61歳で亡くなりました。
 尚、1994年(平成6)に、郷里の石川県加賀市片山津に「中谷宇吉郎 雪の科学館」が開館しています。

〇中谷宇吉郎の主要な著作

・随筆集『冬の華』(1938年)
・随筆集『雪』(1938年)
・随筆集『続冬の華』(1940年)
・随筆集『第三冬の華』(1941年)
・『雪の研究ー結晶の形態とその生成』(1949年)
・『Snow Crystals―natural and artificial(雪の結晶の研究)』(1954年)
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