ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:将棋所

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 今日は、江戸時代前期の1634年(寛永11)に、将棋師・一世名人大橋宗桂(初代)が亡くなった日ですが、新暦では4月6日となります。
 大橋宗桂[初代](おおはし そうけい)は、戦国時代の1555年(弘治元)に、京都において、下京の町人宗也の息子として生まれましたが、幼名は龍政と言いました。宗金のち宗慶と名を変え、織田信長に召され「将棋師」の待遇を受け、桂馬の1字を取って宗桂の名を賜わったと伝えられています。
 1576年(天正4)には、2代大橋宗古が嫡男として生まれ、豊臣秀吉、徳川家康と仕え、1602年(慶長7)には、後陽成天皇に山科言経を介して詰将棋五十番の本を献上しました。1607年(慶長12)に、本因坊算砂とともに家康と秀忠に招かれて平手戦の将棋を披露したものが、現存最古の将棋棋譜として残され、翌年には豊臣秀頼にも招かれて将棋を披露しています。
 1612年(慶長17)に、徳川家康から五十石五人扶持を賜り、慶長年間(1596~1615年)には、詰め将棋を集めた『将棋造物(通称:将棋図式)』50番が出版されました。1616年(元和2)に幕府に作品集を献上、1623年(元和9)には、算砂の後任として将棋所を司るようになったとされます。
 将棋の一世名人を名乗ってきましたが、1634年(寛永11年3月9日)に、京都において、数え年80歳で亡くなり、跡目は息子の大橋宗古が二世名人を名乗ることとなりました。

〇大橋宗桂[初代]関係略年表(日付は旧暦です)

・1555年(弘治元年) 京都において、下京の町人宗也の息子として生まれる
・1576年(天正4年) 2代大橋宗古が嫡男として生まれる
・1602年(慶長7年) 後陽成天皇に山科言経を介して詰将棋五十番の本を献上する
・1607年(慶長12年6月) 本因坊算砂とともに家康と秀忠に招かれて将棋を披露する(現存最古の将棋棋譜)
・1608年(慶長13年1月) 本因坊算砂とともに豊臣秀頼に招かれて将棋を披露する
・1612年(慶長17年) 徳川家康から五十石五人扶持を賜る
・1596~1615年(慶長年間) 「将棋造物」(通称「将棋図式」)が出版される
・1616年(元和2年) 幕府に作品集を献上する
・1623年(元和9年) 算砂の後任として将棋所を司る
・1634年(寛永11年3月9日) 京都において、数え年80歳で亡くなる

☆家元制(世襲制)および推挙制による名人

・一世名人 初代大橋宗桂:1612年(慶長17年)に江戸幕府より俸禄を与えられる
・二世名人 二代目大橋宗古:1634年(寛永11年)に襲位、初代大橋宗桂の子
・三世名人 初代伊藤宗看:1654年(承応3年)に襲位、二代大橋宗古の娘婿で「伊藤家」初代。生前の1691年に名人退位
・四世名人 五代目大橋宗桂:1691年(元禄4年)に襲位、初代伊藤宗看の子、二代大橋宗古の外孫
・五世名人 二代目伊藤宗印:1713年(正徳3年)に襲位、初代伊藤宗看の養子
・六世名人 三代目大橋宗与:1723年(享保8年)に襲位、初代大橋宗桂の曾孫
・七世名人 三代目伊藤宗看:1728年(享保13年)に襲位、二代伊藤宗印の子
・八世名人 九代目大橋宗桂:1789年(寛政元年)に襲位、二代伊藤宗印の孫(父は八代大橋宗桂)、三代宗看の甥
・九世名人 六代目大橋宗英:1799年(寛政11年)に襲位、三代大橋宗与の曾孫(父、五代大橋宗順は養子)
・十世名人 六代目伊藤宗看:1825年(文政8年)に襲位、五代伊藤宗印の養子
・十一世名人 八代目伊藤宗印:1879年(明治12年)に襲位、七代伊藤宗寿の養子
・十二世名人 小野五平:1898年(明治31年)に襲位
・十三世名人 関根金次郎:1921年(大正10年)に襲位、生前の1938年(昭和13年)に名人退位

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1894年(明治27)日本初の記念切手(明治天皇銀婚記念切手)が発行される(記念切手記念日)詳細
1945年(昭和20)小磯国昭内閣が「学童疎開強化要綱」を閣議決定する詳細
1958年(昭和33)下関~門司間の海底道路トンネルである関門国道トンネルが開通する詳細
1968年(昭和43)イタイイタイ病の患者・遺族が原因企業の三井金属鉱業に損害賠償を提訴する詳細
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 今日は、江戸時代中期の1716年(享保元)に、江戸城内で御城将棋が開催され、以降この日が御城碁と共に定例化されます。
 御城将棋(おしろしょうぎ)は、江戸時代に年1回、御城碁とともに江戸城で行われた将棋の御前試合でした。江戸幕府を開いた徳川家康は、囲碁と将棋の愛好者で、囲碁・将棋の上手に俸禄を支給するようになります。
 最初は、碁将棋所として本因坊算砂がつとめていたとされますが、1612年(慶長17)に将棋所が碁所から独立し、初代大橋宗桂が最初の将棋所となったとされてきました。その後、大橋分家と伊藤家が分かれ、大橋本家と共に家元三家とされるようになり、年に一度江戸城内において、不定期に御前試合が行われるようになります。
 第八代将軍徳川吉宗は、1716年(享保元年11月17日)に御前試合を開催して以降、毎年旧暦11月17日が開催日となり、江戸城黒書院または白書院で将棋を指して上覧に供することが制度として整いました。また、対局後に「お好み」として将棋所が将軍や仕える武士への指導対局を行うようになります。
 その中で、第十代将軍徳川家治は将棋に熱中して自ら七段を唱え、図式集(詰将棋集)『御撰象棊攷格(ぎょせんしょうぎこうかく)』も著しました。しかし、1868年(慶応4)に江戸幕府が滅亡すると、将棋三家は経済的な基盤を失い、この制度は終焉を迎えています。
 尚、日本将棋連盟では、1975年(昭和50)から、これを記念して新暦の11月17日を「将棋の日」と定め、各地でイベントを行ってきました。

〇御城将棋一覧(旧暦11月17日実施に制度化されて以降)

・1716年(享保元) ●大橋宗與(三代)対〇伊藤印壽(三代) 飛車落
          ●大橋宗桂(七代)対〇大橋宗民(四代) 右香落 
・1717年(享保2) ●大橋宗與(三代)対〇伊藤印壽(三代) 飛車落 
          ●大橋宗民(四代)対〇伊藤印壽(三代) 平手
・1718年(享保3) ●大橋宗與(三代)対〇伊藤印壽(三代) 飛車落 
          ●大橋宗桂(七代)対〇大橋宗民(四代) 角落 
・1719年(享保4) ●大橋宗與(三代)対〇伊藤印壽(三代) 飛車落 
          〇大橋宗桂(七代)対●大橋宗民(四代) 右香落 
・1720年(享保5) ●伊藤宗印(二代)対〇大橋宗民(四代) 飛車落 
          〇大橋宗桂(七代)対〇伊藤印壽(三代) 右香落 
・1721年(享保6) ●大橋宗與(三代)対〇伊藤印壽(三代) 角落 
・1722年(享保7) ●伊藤宗印(二代)対〇大橋宗民(四代) 角落 
          ●大橋宗與(三代)対〇伊藤印壽(三代) 右香落 
・1723年(享保8) ●大橋宗民(四代)対〇伊藤印壽(三代) 平手 
          ●伊藤印壽(三代)対〇大橋宗民(四代) 平手 
・1724年(享保9) ●大橋宗與(三代)対〇大橋宗壽(八代) 飛香落 
          ●大橋宗民(四代)対〇伊藤宗看(三代) 平手 
・1725年(享保10) ●大橋宗民(四代)対〇伊藤宗看(三代) 平手 
・1726年(享保11) 〇伊藤宗看(三代)対●大橋宗民(四代) 平手 
・1727年(享保12) 〇大橋宗民(四代)対●大橋宗桂(八代) 飛車落 
・1728年(享保13) 〇大橋宗民(四代)対●大橋宗桂(八代) 角落 
・1729年(享保14) ●大橋宗民(四代)対〇大橋宗桂(八代) 角落 
・1730年(享保15)   御城将棋無し
・1731年(享保16) △伊藤宗看(三代)対△大橋宗桂(八代) 角落 
・1732年(享保17) ●大橋宗民(四代)対〇大橋宗桂(八代) 右香落 
・1733年(享保18) 〇大橋宗民(四代)対●大橋宗桂(八代) 右香落 
・1734年(享保19) ●伊藤宗看(三代)対〇大橋宗桂(八代) 角落 
・1735年(享保20) 〇伊藤宗看(三代)対●大橋宗桂(八代) 左香落 
・1736年(元文元) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 右香落 
・1737年(元文2) ●大橋宗民(四代)対〇大橋宗桂(八代) 右香落 
・1738年(元文3) 〇伊藤宗看(三代)対●大橋宗桂(八代) 左香落 
          ●大橋宗民(四代)対〇伊藤看壽(初代) 角落 
・1739年(元文4) 〇大橋宗桂(八代)対●伊藤看壽(初代) 右香落 
・1740年(元文5) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 左香落 
・1741年(寛保元) ●大橋宗與(四代)対〇大橋宗桂(八代) 平手 
・1742年(寛保2) 〇大橋宗桂(八代)対●伊藤看壽(初代) 平手 
・1743年(寛保3) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 左香落 
・1744年(延享元) 〇大橋宗桂(八代)対●伊藤看壽(初代) 平手 
・1745年(延享2) ●大橋宗與(四代)対〇伊藤看壽(初代) 右香落 
・1746年(延享3) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 右香落 
・1747年(延享4) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 平手 
・1748年(寛延元) 〇伊藤宗看(三代)対●大橋宗與(四代) 右香落 
          〇大橋宗桂(八代)対●伊藤看壽(初代) 左香落 
・1749年(寛延2) 〇大橋宗桂(八代)対●伊藤看壽(初代) 平手 
・1750年(寛延3) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 平手 
・1751年(宝暦元) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 右香落 
・1752年(宝暦2) ●伊藤宗看(三代)対〇大橋宗桂(八代) 右香落 
          ●大橋宗與(四代)対〇伊藤看壽(初代) 左香落 
・1753年(宝暦3) 〇伊藤宗看(三代)対●大橋宗與(四代) 平手 
          ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 平手 
・1754年(宝暦4) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤看壽(初代) 平手 
・1755年(宝暦5) ●伊藤宗看(三代)対〇大橋宗桂(八代) 左香落 
          ●伊藤看壽(初代)対〇大橋印壽(九代) 飛香落 
・1756年(宝暦6) 〇大橋宗與(四代)対●大橋宗桂(八代) 左香落 
          ●伊藤看壽(初代)対〇大橋印壽(九代) 飛車落 
・1757年(宝暦7) ●伊藤宗看(三代)対〇大橋宗桂(八代) 右香落 
          ●伊藤看壽(初代)対〇大橋印壽(九代) 飛車落 
・1758年(宝暦8) 〇伊藤宗看(三代)対●大橋宗桂(八代) 右香落 
          ●大橋宗與(四代)対〇大橋印壽(九代) 飛車落 
・1759年(宝暦9) 〇伊藤宗看(三代)対●大橋宗桂(八代) 左香落 
          ●伊藤看壽(初代)対〇大橋印壽(九代) 飛車落 
・1760年(宝暦10) ●伊藤宗看(三代)対〇大橋印壽(九代) 飛車落 
・1761年(宝暦11) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤得壽(四代) 角落 
           ●大橋宗與(四代)対〇大橋印壽(九代) 角落 
・1762年(宝暦12) △伊藤得壽(四代)対△大橋印壽(九代) 平手 
・1763年(宝暦13) 〇大橋宗桂(八代)対●大橋印壽(九代) 右香落
           ●大橋宗桂(八代)対〇大橋印壽(九代) 角落
・1764年(明和元) ●大橋宗桂(八代)対〇伊藤宗印(五代) 左香落 
・1765年(明和2) ●大橋宗桂(八代)対〇大橋宗順(五代) 角落 
          ●伊藤宗印(五代)対〇大橋印壽(九代) 左香落 
・1766年(明和3) ●伊藤宗印(五代)対〇大橋宗順(五代) 左香落 
・1767年(明和4) ●大橋宗桂(八代)対〇大橋宗順(五代) 右香落 
          ●伊藤宗印(五代)対〇大橋印壽(九代) 平手 
          ●大橋宗桂(八代)対〇鈴木弾正少弼 飛車落 玄素戦
          〇伊藤宗印(五代)対●大井中務少輔 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●松下隠岐守 飛車落 玄素戦
・1768年(明和5) 〇大橋印壽(九代)対●大橋宗順(五代) 右香落 
          〇大橋印壽(九代)対●内田玄勝 平手 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●大井中務少輔 右香落 玄素戦
          〇伊藤宗印(五代)対●松下蔵人 飛車落 玄素戦
・1769年(明和6) △伊藤宗印(五代)対△大橋宗順(五代) 右香落 
          〇伊藤宗印(五代)対●加藤寅之助 飛車落 玄素戦
          △大橋印壽(九代)対△鈴木弾正少弼 左香落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●松下蔵人 角落 玄素戦
・1770年(明和7) ●大橋宗桂(八代)対〇大橋宗順(五代) 角落 
          ●伊藤宗印(五代)対〇大橋印壽(九代) 左香落 
          〇大橋宗桂(八代)対●鈴木弾正少弼 角落 玄素戦
          ●伊藤宗印(五代)対〇津田日向守 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●平塚喜右衛門 飛車落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●深谷式部 角落 玄素戦・棋譜無し
・1771年(明和8) △大橋印壽(九代)対△大橋宗順(五代) 平手 
          〇伊藤宗印(五代)対●竹本次左衛門 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●大岡兵部少弼 飛車落 玄素戦
          △大橋宗順(五代)対△鈴木弾正少弼 右香落 玄素戦
・1772年(安永元) △大橋宗桂(八代)対△伊藤宗印(五代) 平手 
           ●大橋印壽(九代)対〇伊藤看壽(二代) 飛車落 
           〇大橋宗桂(八代)対●大岡兵部少弼 飛車落 玄素戦
           〇大橋宗順(五代)対●白須泰三郎 飛車落 玄素戦
           〇大橋印壽(九代)対●松下蔵人 飛車落 玄素戦
           〇伊藤宗印(五代)対●曲淵甲斐守 左香落 玄素戦
           ●鈴木弾正少弼対〇伊藤看壽(二代) 角落 玄素戦
・1773年(安永2) 〇大橋宗桂(八代)対●大橋宗順(五代) 左香落 
          〇大橋印壽(九代)対●伊藤看壽(二代) 角落 
          〇大橋印壽(九代)対●大橋宗順(五代) 左香落
          ●大橋宗桂(八代)対〇平塚喜右衛門 飛香落 玄素戦
          ●伊藤宗印(五代)対〇神庄之助 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●鈴木弾正少弼 右香落 玄素戦
          ●大橋宗順(五代)対〇大岡兵部少弼 飛車落 玄素戦
          〇伊藤看壽(二代)対●三淵縫殿之助 左香落 玄素戦
・1774年(安永3) ●大橋印壽(九代)対〇大橋宗順(五代) 平手 
          〇伊藤宗印(五代)対●曲淵甲斐守 右香落 玄素戦
          ●大橋宗順(五代)対〇鈴木弾正少弼 平手 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●神丹後守 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●中坊金蔵 飛車落 玄素戦
          ●伊藤宗印(五代)対〇大岡兵部少弼 角落 玄素戦
・1775年(安永4) 御城将棋無し   
・1776年(安永5) ●伊藤宗印(五代)対〇大橋印壽(九代) 平手 
          〇大橋宗順(五代)対●伊藤看壽(二代) 飛車落 
          〇大橋印壽(九代)対●大岡兵部少輔 角落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●曲淵甲斐守 右香落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●鈴木弾正少弼 右香落 玄素戦
          ●大橋宗順(五代)対〇大岡兵部少輔 角落 玄素戦
          〇伊藤宗印(五代)対●鈴木弾正少弼 左香落 玄素戦
          〇伊藤宗印(五代)対●神丹後守 角落 玄素戦
          〇伊藤看壽(二代)対●根来清次郎 角落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●千賀道隆 角落 玄素戦
          ●伊藤看壽(二代)対〇千賀道隆 平手 玄素戦
・1777年(安永6) 〇伊藤宗印(五代)対●大橋宗順(五代) 平手 
          ●大橋印壽(九代)対〇伊藤看壽(二代) 左香落 
          ●伊藤宗印(五代)対〇加藤玄蕃 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●曲淵甲斐守 右香落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●加藤玄蕃 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●山川下総守 飛車落 玄素戦
          〇伊藤看壽(二代)対●竹本次左衛門 左香落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●大岡兵部少輔 右香落 玄素戦
          〇伊藤宗印(五代)対●大岡兵部少輔 角落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●竹本次左衛門 飛車落 玄素戦
          ●鈴木弾正少弼対〇伊藤看壽(二代) 左香落 玄素戦
・1778年(安永7) ●伊藤宗印(五代)対〇大橋宗英(六代) 角落 
          〇大橋宗順(五代)対●伊藤看壽(二代) 右香落 
          ●大橋印壽(九代)対〇伊藤宗印(五代) 平手 御好
          〇大橋印壽(九代)対●大岡兵部少輔 角落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●熊倉小野右衛門 飛車落 玄素戦
          ●大橋宗順(五代)対〇曲淵甲斐守 右香落 玄素戦
          ●伊藤宗印(五代)対〇曲淵甲斐守 右香落 玄素戦
          〇伊藤看壽(二代)対●熊倉小野右衛門 角落 玄素戦
          ●大橋宗順(五代)対〇神兵庫頭 角落 玄素戦
          〇大橋宗英(六代)対●大岡兵部少輔 右香落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●千賀道隆 左香落 玄素戦
          〇大橋宗英(六代)対●千賀道隆 右香落 玄素戦
          〇伊藤看壽(二代)対●神兵庫頭 香落 玄素戦
・1779年(安永8) ●大橋宗順(五代)対〇大橋宗英(六代) 左香落 
・1780年(安永9) ●伊藤宗印(五代)対〇大橋印壽(九代) 平手 
          ●伊藤看壽(二代)対〇大橋宗英(六代) 平手 
          〇伊藤看壽(二代)対●熊倉小野右衛門 角落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●竹本次左衛門 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●根来清次郎 飛車落 玄素戦
          ●曲淵甲斐守対〇大橋宗英(六代) 右香落 玄素戦
          ?伊藤宗印(五代)対?松下蔵人 飛車落 玄素戦
          ?大橋宗英(六代)対?津軽意伯 角落 玄素戦
          ?伊藤看壽(二代)対?山川下総守 角落 玄素戦
・1781年(天明元) ●伊藤宗印(五代)対〇大橋宗順(五代) 左香落 
・1782年(天明2) ●大橋印壽(九代)対〇大橋宗順(五代) 右香落 
          ●伊藤宗印(五代)対〇大橋宗英(六代) 右香落 
          〇大橋宗英(六代)対●岡野和泉守 角落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●馬島瑞伯 飛車落 玄素戦
          〇伊藤宗印(五代)対●飯河他四郎 角落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●平賀式部少輔 飛車落 玄素戦
・1783年(天明3) 〇大橋印壽(九代)対●大橋宗英(六代) 右香落 
・1784年(天明4) ●大橋印壽(九代)対〇大橋宗順(五代) 平手 
          〇大橋宗英(六代)対●伊藤印嘉(六代) 右香落 
          〇伊藤印嘉(六代)対●皆川市正 角落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●馬島瑞伯 飛車落 玄素戦
          〇大橋宗英(六代)対●織田図書 角落 玄素戦
          〇大橋宗英(六代)対●末吉加賀守 角落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●熊倉小野右衛門 飛車落 玄素戦
          〇大橋印壽(九代)対●曲淵甲斐守 左香落 玄素戦
          〇伊藤印嘉(六代)対●飯河他四郎 左香落 玄素戦
          ●大橋宗順(五代)対〇岡野和泉守 飛車落 玄素戦
・1785年(天明5) 大橋宗桂(九代)対〇大橋宗英(六代) 右香落 
          ●大橋宗順(五代)対〇伊藤宗看(六代) 右香落 
          〇大橋宗桂(九代)対●岡野和泉守 飛車落 玄素戦
          ●曲淵甲斐守対〇伊藤宗看(六代) 左香落 玄素戦
          〇大橋宗順(五代)対●岩本正五郎 飛車落 玄素戦
          〇大橋宗英(六代)対●黒川内匠 角落 玄素戦
・1786年(天明6) 〇大橋宗英(六代)対●伊藤宗看(六代) 左香落 
・1787年(天明7) △大橋宗桂(九代)対△伊藤宗看(六代) 右香落 
・1788年(天明8) ●大橋宗英(六代)対〇伊藤宗看(六代) 右香落 
・1789年(寛政元) △大橋宗桂(九代)対△大橋宗英(六代) 左香落
           ●大橋宗桂(九代)対〇伊藤宗看(六代) 角落 
           ●大橋宗英(六代)対〇大橋宗銀〈十代) 飛車落 
・1790年(寛政2) ●大橋宗桂(九代)対〇大橋宗英(六代) 平手 
          〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗銀〈十代) 飛車落 
・1791年(寛政3) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗銀〈十代) 角落 
・1792年(寛政4) △大橋宗桂(九代)対△伊藤宗看(六代) 右香落 
・1793年(寛政5) ●大橋宗英(六代)対〇大橋宗銀〈十代) 角落 
・1794年(寛政6) △大橋宗桂(九代)対△大橋宗英(六代) 右香落 
          △伊藤宗看(六代)対△大橋宗銀〈十代) 右香落 
・1795年(寛政7) 〇大橋宗英(六代)対●伊藤宗看(六代) 左香落 
・1796年(寛政8) 伊藤宗看(六代)対〇大橋宗銀〈十代) 左香落 
・1797年(寛政9) 大橋宗桂(九代)対〇伊藤宗看(六代) 右香落 
          ●大橋宗英(六代)対〇大橋宗銀〈十代) 角落 
・1798年(寛政10) 〇大橋宗英(六代)対●伊藤宗看(六代) 平手 
・1799年(寛政11) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗銀〈十代) 右香落 
・1800年(寛政12) △大橋宗英(六代)対△大橋宗銀〈十代) 角落 
・1801年(享和元) ●伊藤宗看(六代)対〇大橋宗銀〈十代) 左香落 
・1802年(享和2) △大橋宗英(六代)対△伊藤宗看(六代) 右香落 
・1803年(享和3) ●大橋宗英(六代)対〇大橋宗銀〈十代) 角落 
・1804年(文化元) ●大橋宗英(六代)対〇伊藤宗看(六代) 左香落 
          △大橋宗桂(十代)対△大橋英長(七代) 角落 
・1805年(文化2) △大橋宗桂(十代)対△大橋宗桂(十代) 角落 
          ●伊藤宗看(六代)対〇大橋英長(七代) 飛車落 
・1806年(文化3) △大橋宗英(六代)対△伊藤宗看(六代) 右香落 
・1807年(文化4) 〇大橋宗桂(十代)対●大橋英長(七代) 右香落 
・1808年(文化5) ●大橋宗英(六代)対〇大橋英長(七代) 飛車落 
・1809年(文化6) ●大橋宗英(六代)対〇伊藤看理 飛香落 
          〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗桂〈十代) 右香落 
・1810年(文化7) ●大橋宗桂〈十代)対〇伊藤看理 角落 
・1811年(文化8) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗桂〈十代) 平手 
          ●大橋英長(七代)対〇伊藤看理 右香落 
・1812年(文化9) △伊藤宗看(六代)対△伊藤看理 角落 
・1813年(文化10) △大橋宗桂〈十代)対△伊藤看理 右香落 
・1814年(文化11) 〇大橋宗桂(十代)対●大橋英長(七代) 左香落 
・1815年(文化12) ●伊藤宗看(六代)対〇大橋宗金(十一代) 飛香落 
           ●大橋宗桂〈十代)対〇伊藤看理 左香落 
・1816年(文化13) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗桂〈十代) 左香落 
          〇大橋英長(七代)対●伊藤看理 平手 
・1817年(文化14) △伊藤看理対△大橋宗金(十一代) 角落 
・1818年(文政元) △伊藤宗看(六代)対△大橋宗金(十一代) 飛車落 
・1819年(文政2) ●大橋英長(七代)対〇大橋宗金(十一代) 右香落 
          △大橋英俊(八代)対△伊藤看理 平手 
・1820年(文政3) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋英俊(八代) 左香落 
          〇伊藤看理対●大橋宗金(十一代) 右香落 
・1821年(文政4) 伊藤宗看(六代)・勝 大橋宗金(十一代) 角落 
          〇大橋英俊(八代)対●伊藤看理 平手 
・1822年(文政5) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗與(七代) 左香落 
          〇大橋英俊(八代)対●大橋宗桂(十一代) 左香落 
・1823年(文政6) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋英俊(八代) 右香落 
          〇伊藤看理対●大橋宗與(七代) 平手 
・1824年(文政7) 〇伊藤宗看(六代)対●大橋宗桂〈十一代) 右香落 
          〇伊藤看佐対●大橋英俊(八代) 平手 
・1825年(文政8) △伊藤宗看(六代)対△大橋宗與(七代) 角落 
          △大橋英俊(八代)対△大橋宗桂(十一代) 右香落 
・1826年(文政9) ●大橋英俊(八代)対〇伊藤看佐 平手 
・1827年(文政10) ●大橋宗桂(十一代)対〇伊藤宗壽(七代) 平手 
・1828年(文政11) △伊藤宗看(六代)対△伊藤宗壽(七代) 角落 
・1829年(文政12) △伊藤宗壽(七代)対△大橋宗與(七代) 平手 
・1830年(天保元) ●伊藤宗壽(七代)対〇大橋宗桂(十一代) 左香落 
・1831年(天保2) ●伊藤宗壽(七代)対〇大橋宗桂(十一代) 平手 
・1832年(天保3) △大橋宗與(七代)対△大橋宗桂(十一代) 平手 
・1833年(天保4) ●大橋宗桂(十一代)対〇大橋鐐英(八代) 飛車落 
          ●伊藤宗壽(七代)対〇河島宗臨 平手 
・1834年(天保5) ●大橋宗桂(十一代)対〇河島宗臨 平手 
          ●伊藤宗壽(七代)対〇大橋鐐英(八代) 角落 
・1835年(天保6) △伊藤宗壽(七代)対△大橋宗桂(十一代) 平手 
・1836年(天保7) ●大橋宗與(七代)対〇大橋鐐英(八代) 左香落 
・1837年(天保8) ●伊藤宗壽(七代)対〇大橋鐐英(八代) 左香落 
・1838年(天保9) △伊藤宗看(六代)対△大橋鐐英(八代) 角落 
          〇伊藤宗壽(七代)対●大橋宗桂(十一代) 平手 
・1839年(天保10) △伊藤宗看(六代)対△伊藤宗壽(七代) 右香落 
・1840年(天保11) 〇伊藤宗壽(七代)対●大橋宗桂(十一代) 平手 
・1841年(天保12) △大橋宗桂(十一代)対△大橋鐐英(八代) 左香落
・1841年(天保13) ●大橋宗桂(十一代)対〇大橋鐐英(八代) 左香落
・1842年(天保13) ●伊藤宗看(六代)対〇大橋宗桂(十一代) 左香落 
           ●伊藤宗壽(七代)対〇大橋鐐英(八代) 右香落 
           ●伊藤宗看(六代)対〇大橋鐐英(八代) 角落
           ●大橋宗桂(十一代)対〇伊藤宗壽(七代) 平手
・1843年(天保14) ●大橋宗桂(十一代)対〇大橋鐐英(八代) 右香落 
           ●大橋宗桂(十一代)対〇大橋鐐英(八代) 左香落
・1844年(弘化元) ●大橋宗與(七代)対〇大橋宗珉(八代) 左香落[注:12月24日実施]
・1845年(弘化2) ●大橋宗桂(十一代)対〇伊藤印壽(八代) 角落 
          ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤印壽(八代) 左香落
・1846年(弘化3) 〇大橋宗桂(十一代)対●大橋宗與(七代) 平手 
          ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤印壽(八代) 左香落 
          △大橋宗與(七代)対△大橋宗珉(八代) 平手
          ●大橋宗桂(十一代)対〇伊藤印壽(八代) 右香落
・1847年(弘化4) ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤印壽(八代) 右香落 
          ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤印壽(八代) 平手
・1848年(嘉永元) △大橋宗珉(八代)対△伊藤印壽(八代) 平手 
          ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤印壽(八代) 平手
・1849年(嘉永2) △大橋宗與(七代)対△伊藤印壽(八代) 左香落
          △大橋宗與(七代)対△伊藤印壽(八代) 左香落
          ●大橋宗與(七代)対〇伊藤印壽(八代) 右香落
・1850年(嘉永3) ●大橋宗與(七代)対〇大橋宗金(十二代) 飛車落 
          ●大橋宗桂(十一代)対〇伊藤印壽(八代) 左香落 
          ●大橋宗桂(十一代)対〇大橋宗金(十二代) 飛車落
          ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤印壽(八代) 平手
・1851年(嘉永4) ●大橋宗珉(八代)対〇大橋宗金(十二代) 飛車落 
          ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤印壽(八代) 平手
・1852年(嘉永5) ●和田印哲対〇天野宗歩 平手 
          ●伊藤宗印(八代)対〇大橋宗金(十二代) 飛車落 
          〇大橋宗珉(八代)対●天野宗歩 平手
          〇和田印哲対●大橋宗金(十二代) 飛車落
・1853年(嘉永6) 〇大橋宗珉(八代)対●和田印哲 平手 
          ●天野宗歩対〇大橋宗金(十二代) 飛車落 
          ●伊藤宗印(八代)対〇大橋宗珉(八代) 平手
          ●和田印哲対〇大橋宗金(十二代) 飛車落 御好
・1854年(安政元) ●和田印哲対〇伊藤宗印(八代) 平手 
          ●大橋宗珉(八代)対〇大橋宗金(十二代) 飛車落 
・1855年(安政2)   安政大地震の為御城将棋なし
・1856年(安政3) ●伊藤宗印(八代)対〇天野宗歩 平手 
・1857年(安政4) 〇伊藤宗印(八代)対●大橋宗金(十二代) 角落 
・1858年(安政5) ●大橋宗珉(八代)対〇大橋宗金(十二代) 角落 
・1859年(安政6) ●大橋宗桂(十一代)対〇大橋鐐英 飛香落[注:12月4日実施]
          〇伊藤宗印(八代)対●大橋宗金(十二代) 角落
          ●大橋宗桂(十一代)対〇大橋宗珉(八代) 左香落
          〇伊藤宗印(八代)対●大橋鐐英 飛車落
・1860年(万延元) ●大橋宗珉(八代)対〇伊藤宗印(八代) 平手[注:12月8日実施] 
・1861年(文久元) ●大橋宗金(十二代)対〇伊藤印嘉 角落 
           〇伊藤宗印(八代)対●大橋鐐英 飛車落 
           ●伊藤宗印(八代)対〇大橋宗金(十二代) 角落 

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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1986年(昭和61)将棋棋士・14世名人木村義雄の命日詳細
1990年(平成2)長崎県の雲仙普賢岳で198年ぶりの噴火(雲仙普賢岳1990年噴火)が始まる詳細


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