ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:奢侈品等製造販売制限規則

zeitakuzenpaikyouchyoudaiko
 今日は、昭和時代前期の1940年(昭和15)に、「奢侈品等製造販売制限規則」(七・七禁令)の実践のために、大阪で女子モンペ部隊が、「贅沢全廃強調大行進」を行った日です。
 「奢侈品等製造販売制限規則」(しゃしひんとうせいぞうはんばいせいげんきそく)は、近衛文麿が中心となって、新体制運動が行われる中で、当時の商工省(現在の経済産業省)及び農林省(現在の農林水産省)が「国家総動員法」を根拠に、1940年(昭和15)7月6日に発布(昭和15年商工省・農林省令第2号)し、翌7月7日より施行した省令でした。不急不用品・奢侈贅沢品・規格外品等の製造・加工・販売を禁止するもので、一般には施行日をとって「七・七禁令」(しちしちきんれい)とも呼ばれています。
 戦時下に於いては、不要不急な生活用品よりも戦争必需品を優先に製造せよということで、例えば金銀を使う織物(西陣織り・友禅など)、宝石類、そして一定金額以上の娯楽関係品(人形・レコード)、カメラ、シャープペンシル、果物(メロン・イチゴ)などが対象となりました。「ゼイタクは敵だ」がスローガンとして叫ばれ、製造・販売の面でも国民生活が統制されていくことになります。
 さらに、同年8月16日に、「国民奢侈生活抑制方策要綱」と「贅沢全廃運動」が制定され、国民に「七・七禁令」の実践を呼びかけました。「奢侈不健全ナル生活ヲ刷新シ質実剛健ニシテ且明朗なる新生活様式」の達成に向け、新聞でも、すでに所持している贅沢品を使用してはならない、などと呼びかけられ、「パーマネントはやめませう」が流行語になり、「モンペ普及運動」として婦人会などでモンペが奨励されます。
 その中で、「防空壕を作るモンペ部隊」、「大阪で、女子モンペ部隊が、贅沢全廃強調大行進を行う」などの実践が示されました。
 以下に、「奢侈品等製造販売制限規則」を掲載しておきますから、ご参照下さい。

〇「奢侈品等製造販売制限規則」 (全文)  1940年(昭和15)7月6日 

奢侈品等製造販売制限規則 (昭和十五年七月六日 商工農林省令第二号)

昭和十二年法律第二十九号第二条の規定に於依り奢侈品等製造販売制限規則左の通定む
  奢侈品等製造販売制限規則

第一条
 物品の製造(加工を含む以下同じ)を業とする者は主務大臣の指定したる物品を製造することを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合及当該物品指定の際、現に製造中のものについては此の限に在らず

第二条
 物品の生産(製造及加工を含む以下同じ)または販売を業とする者は主務大臣の指定したる年月日以後は左に揚ぐる物品及びその中古品を売渡すことを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合はこの限に在らず
 (一) 前条の規定により主務大臣の指定したる物品
 (二) 他の法令により製造を禁止されたる物品(当該法令に依る製造の許可ありたるものを除く)
 (三) 主務大臣の指定したる物品前項第二号の他の法令は主務大臣之を定む
 第一項の規定は前条但書の許可を受け製造したる物品を売渡しまたはこれを買受けて売渡す場合及び第一項但書の許可ありたる物品を買受けて売渡す場合には之を適用せず

第三条
 主務大臣前条第一項の指定をなしたる場合において必要ありと認むるときは物品の生産又は販売を業とする者に対し同条同項の指定したる年月日前に於ける同条同項に揚ぐる物品の売渡に関し売渡数量または売渡先の制限、その他必要なる命令をなすことあるべし

第四条
 物品の生産又は販売を業とする者は主務大臣の指定したる物品については主務大臣の定めたる規格または品質に該当するもの(価格統制令第七条の規定により額の指定ありたる種類の物品にして主務大臣の指定したるものに付いては該当額の指定において定めたる規格又は品質に該当するもの)を除くの外これを売渡すことを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合はこの限にあらず
 前項の規定は前項但書の許可ありたる物品を買受けて売渡す場合にはこれを適用せず

第五条
 第一条但書、第二条第一項但書または前条第一項但書の許可の申請は輸出せらるること明なる物品を製造しまた売渡す場合その他やむを得ざる事由ある場合に限りこれをなすことを得

第六条
 前条の申請をなさんとする者は左に揚ぐる事項を記載したる申請書二通を主務大臣または地方長官に提出すべし
 (一) 申請者の住所または主たる事務所の所在地及び業務の種類
 (二) 製造または売渡さんとする物品の名称、品種及び数量(第四条第一項但書の許可を受けんとする場合にありては当該物品の規格または品質を併せ記載すべし)
 (三) 許可を受けんとする事由の詳細
 主務大臣または地方長官必要ありと認むるときは前項の申請書を提出すべき者に対し前項の申請書の外必要なる書類の提出を命ずることを得
 前二項の規定に依り提出すべき申請書及び必要なる書類にして主務大臣に提出すべきものは地方長官を経由すべし

第七条
 依託製造、委託販売其の他何等の名義を以てするを問わず第一条、第二条又は第四条の規定に依る禁止を免るる行為をなすことを得ず

第八条
 第二条及び第四条の規定は物品の生産または販売を業とする者該当物品を関東州満洲及び支那以外の地に輸出する場合にはこれを適用せず

【附則】本則は昭和十五年七月七日よりこれを施行す
【参照】昭和十二年九月十日公布法律第二十九号は輸出入品等に関する臨時措置に関する件なり

「官報」より

〇モンペ(もんぺ)とは?

 多くは農山村における男女が、仕事着に用いる山袴の一種でしたが、太平洋戦争中に婦人標準服の活動衣として着用が奨励されてから、全国的に一般化しました。和服における袴の形状をした下半衣で、腰、膝にゆとりがあり、裾が細く絞られています。
 1942年(昭和17)2月19日に厚生省が、婦人標準服の活動衣としてこれを定め、「モンペ普及運動」として奨励されました。その後の戦局悪化に伴い、空襲時の防空用に女性の着用が義務付けられ、半ば強制されます。戦後は、その機能性から農作業着として全国的に使用されました。
 
〇新体制運動(しんたいせいうんどう)とは?

 近衛文麿が中心となり、ドイツのナチ党やイタリアのファシスト党を模して、ファッショ的政治体制樹立のため、一国一党の国民組織を結成しようとした政治運動でした。日中戦争の泥沼化、1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻による第2次世界大戦の突発、それに伴うインフレ、物資不足、労農争議の増加など、政治・経済上の危機の増大、国民の不満の鬱積等の中で、現状を打開する方策がいろいろと検討されます。
 近衛文麿の側近の後藤隆之助、有馬頼寧、風見章らは,官僚や学者等を集めた「昭和研究会」をつくり、新しい国民組織をつくり上げて国民を統合し、新しい社会体制を建設する構想をまとめました。それに基づいて、1940年(昭和15)6月24日に、近衛文麿が枢密院議長を辞任し、記者会見において声明を出して、「新体制運動」が開始されます。
 軍部も「米内内閣打倒、近衛内閣樹立」運動を行い、その結果、7月22日に発足した第2次近衛内閣は、これをうけて基本国策要綱で「国内体制の刷新」と「強力な新政治体制の確立」をうたい、新体制準備会が結成されました。そして、各政党、労働組合も自発的に解散し、10月12日には、「大政翼賛会」が発足して、日本型のファシズム体制の確立へと向かいます。
 この過程で、国民は隣組、部落会、町内会などの地方自治組織と官製国民運動団体という2つのルートを通じ、ファシズム体制に組織されていくことになりました。 

☆「新体制運動」関係年表(新体制運動開始~太平洋戦争開戦まで)

<1940年(昭和15)>
・6月24日 近衛文麿による新体制運動が開始される
・7月6日 「奢侈品等製造販売制限規則」(七・七禁令)が交布され、翌日施行される
・7月22日 第2次近衛内閣が発足する
・7月 日本労働総同盟が解散される
・8月1日 東京府が食堂・料理屋などでの米食使用を禁止し、販売時間制を実施する
・8月1日 東京に「ぜいたくは敵だ!」の立看板1,500本が立てられる
・8月15日 立憲民政党が解党、大日本農民組合が解散される
・8月19日 新協・新築地両劇団員100余人が検挙される
・8月30日 文部省が学生生徒の映画・演劇鑑賞を土曜・休日に限ると通達する
・9月 鉄道省によって駅構内の英語表記が全面撤廃される
・9月11日 内務省が「部落会町内会等整備要領」を通達し、隣組(隣保班)が制度化される
・9月27日 日独伊三国同盟が調印される
・10月6日 大阪で、女子モンペ部隊が、贅沢全廃強調大行進を行う
・10月10日 「牛乳および乳製品配給統制規則」が交布される
・10月12日 「大政翼賛会」が発足する
・10月24日 農林省令「米穀管理規則」が交布される
・10月31日 東京でダンスホールが完全閉鎖される
・10月31日 タバコの改名が発表される(ゴールデンバット→金鵄、チェリー→桜、カメリア→椿など)
・11月1日 砂糖・マッチ切符制の全国実施がされる
・11月2日 「国民服令」が公布施行され、男子の服装として国民服が定められる
・11月10日 紀元2600年祝賀行事が行われる(昼酒が許可されもち米が特配される)
・11月23日 大日本産業報国会が結成される

<1941年(昭和16)>
・1月1日 全国の映画館で、ニュース映画の強制上映が実施される
・1月11日 「新聞紙等掲載制限令」が公布される
・1月16日 大日本青少年団が結成される
・1月23日 「人口政策要綱」が閣議決定される(「生めよ殖やせよ」の推進)
・1月25日 東京などの商店で午後9時閉店を実施する
・3月1日 「国民学校令」が交布され、尋常小学校(6年)・高等小学校(2年)が、国民学校(初等科6年・高等科2年)に変更される
・3月7日 「国防保安法」が交布される
・3月10日 「治安維持法」改正(予防拘禁制を追加)が交布される
・3月19日 時間外電報が廃止され、慶弔電報の取扱い中止される
・3月19日 厚生省が婦人標準服研究会を組織する
・3月31日 朝鮮総督府、朝鮮語を学習科目から外す
・4月1日 「生活必需物資統制令」が交布される
・4月1日 六大都市で米穀配給通帳制(1日1人2合3勺=約330g)実施、米の配給受け取りに必要となる
・4月上旬 中学校新入生の制服が男子は国民服に戦闘帽、女子は襟を右前にしたへちま型となる
・5月8日 初の「肉なしデー」が実施され、以後月2回とされる(肉屋・食堂で肉の不売実施)
・5月19日 東京市が夏季ビールの配給は1世帯8本と決定する
・6月7日 家庭用食用油の切符制が実施される
・7月1日 全国の隣組、いっせいに常会を開く(以後毎月1日実施)
・7月21日 文部省教学局から『臣民の道』が刊行される
・8月10日 鉄道省がガソリン節約のためガソリンカーの運転を削減する
・8月30日 「金属類回収令」が交布される
・8月30日 大学に教練担当現役将校が配属される
・9月1日 東京市で砂糖・マッチ・小麦粉・食用油の集成配給切符制が実施される
・9月1日 ガソリンを使用するタクシーが禁止される
・10月1日 一般家庭用ガスの使用制限が実施される
・10月4日 「臨時郵便取締令」が公布され、外国郵便を開封検閲するようになる
・10月10日 農林省が芋類の増産と桑園の整理を通牒する
・10月19日 婦人国民服が公募され、入選発表される
・11月 たばこが値上げされる(敷島35銭、朝日25銭、光18銭)
・11月22日 「国民勤労報国協力令」が交布され、14~40歳の男子と14~25歳の未婚女子の年30日以内の勤労奉仕が義務化される
・12月8日 米英両国に宣戦布告、太平洋戦争始まる
・12月8日 日米開戦により、新聞・ラジオの天気予報、気象報道が中止される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1559年(永禄2)戦国時代の絵師狩野元信の命日(新暦11月5日)詳細
1831年(天保2)棋士・将棋十二世名人小野五平の誕生日(新暦11月9日)詳細
1920年(大正9)小説家・評論家・翻訳家・ジャーナリスト黒岩涙香の命日詳細
1933年(昭和8)「社会政策ニ関スル具体的方策案」が閣議決定される詳細
1938年(昭和13)北炭夕張炭鉱(天龍坑)で炭塵爆発が起こり、死者161人、負傷者21人が出る詳細
1942年(昭和17)「戦時陸運ノ非常体制確立ニ関スル件」が閣議決定される詳細
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 今日は、昭和時代前期の1940年(昭和15)に、東京市内に「ぜいたくは敵だ」の戦時標語の立看板1,500本が配置された日です。
 「ぜいたくは敵だ」(ぜいたくはてきだ)は、日中戦争下の1940年(昭和15)に、国民精神総動員本部が、「奢侈品等製造販売制限規則(七・七禁令)」のために作った戦時標語でした。の1939年(昭和14)1月5日につね近衛内閣に代わって組閣された平沼騏一郎内閣は、同年2月に国民精神総動員運動を「官民一体ノ挙国実践運動」として強化する方針を打ち出します。
 その中で、同年9月から毎月1日を「興亜奉公日」として、前線の労苦を想う耐乏生活をおしつけることとなります。翌年7月に、「奢侈品等製造販売制限規則(七・七禁令)」が出されると、8月1日の「興亜奉公日」には、東京市内に「ぜい沢は敵だ」の戦時標語の立看板1,500本が配置され、街頭などでの宣伝が強化されました。国民生活での耐乏を呼びかけ、戦意高揚のために活用されていきます。

〇戦時標語(せんじひょうご)とは?

 戦時下において、国民向けに主張・信条や行動の目標、指示内容などをわかりやすく簡潔に言い表した語句(スローガン)のことです。日本では、日中戦争から太平洋戦争配線までにまで、戦意高揚・生活統制・精神動員のため盛んに作られました。
 1937年(昭和12)7月の日中戦争開始後、「国民精神総動員運動」が展開され、「挙国一致」「尽忠報国」「堅忍持久」の国策標語が掲げられました。1938年(昭和13)5月1日に、ガソリン切符制が実施されと、「ガソリン1滴は血の1滴」の標語が登場します。
 1940年(昭和15)に至り、日中戦争長期化による物資不足が深刻になってくると、国民精神総動員本部は、「日本人なら、ぜいたくは出来ない筈だ!」「ぜいたくは敵だ!」「パーマネントはやめませう」などの標語をつくり、街頭に国民生活の在り方を規制する看板を立てました。同年11月10日には、紀元2600年祝賀行事が行われ、その前後に「祝へ元気に朗らかに」、「祝ひ終った、さあ働かう」のポスターが張り出されます。
 1941年(昭和16)になると、「人口政策要綱」が閣議決定され、「生めよ殖やせよ国のため」の標語も登場しました。同年12月8日に太平洋戦争が始まると、大政翼賛会による「進め一億火の玉だ」「屠れ!米英我等の敵だ」も掲げられます。
 1942年(昭和17)には、「大東亜戦争一周年記念」の企画として、大政翼賛会と各新聞社が「国民決意の標語」を懸賞募集し、32万以上の応募の中から、「欲しがりません勝つまでは」「頑張れ!敵も必死だ」など入選10点と佳作20点が選ばれ、町内・職場等に掲示されました。1943年(昭和18)2月23日には、陸軍省が「撃ちてし止まむ」の決戦標語ポスター5万枚を全国に配布し、同年4月に連合艦隊司令長官・山本五十六が戦死すると「元帥の仇は増産で(討て)」がスローガンとなります。
 1944年(昭和19)には、アメリカ軍の反撃によって、戦局が厳しくなり、「本土決戦」、「鬼畜米英をうて」、「一億玉砕」、「神州不滅」などが叫ばれるようになり、敗戦へと向かうことになりました。

☆代表的な戦時標語一覧(日中戦争~太平洋戦争) 

<1937年(昭和12)> 
・「挙国一致」  
・「尽忠(じんちゅう)報国」  
・「堅忍(けんにん)持久(じきゅう)」  
・「銃執れ 鍬(くわ)執れ ハンマー執れ」 和歌山県 
・「黙って働き 笑って納税」 税務署による標語 

<1938年(昭和13)> 
・「ガソリン1滴は血の1滴」 5月1日、ガソリン切符制が実施 

<1939年(昭和14)> 
・「遂げよ聖戦 興せよ東亜」 大阪朝日新聞社 
・「子よ孫よ 続けよ建てよ 新東亜」 大阪朝日新聞社 
・「聖戦へ 民一億の体当たり」 読売新聞社 
・「聖戦だ 己殺して国生かせ」 読売新聞社 
・「飲んでて何が非常時だ」 日本国民禁酒同盟 

<1940年(昭和15)> 
・「日本人なら、ぜいたくは出来ない筈だ!」 国民精神総動員本部 
・「ぜいたくは敵だ!」 国民精神総動員本部、「奢侈品等製造販売制限規則(七・七禁令)」のために作られた 
・「パーマネントはやめませう」 国民精神総動員本部 
・「リつばな戦死とゑがほの老母」 名古屋市銃後奉公会 
・「一億が みんな興亜へ散る覚悟」 京都府 
・「贅沢品より代用品」 中央標語研究会 
・「身にはボロ着て心に錦」  中央標語研究会 
・「米が足りぬにまだ飲むか」 日本国民禁酒同盟 
・「赤い顔から赤字出る」  日本国民禁酒同盟 
・「祝へ元気に朗らかに」 大政翼賛会、紀元2600年祝賀行事前 
・「祝ひ終った、さあ働かう」 大政翼賛会、紀元2600年祝賀行事後 

<1941年(昭和16)> 
・「生めよ殖やせよ國のため」 9月2日、厚生省 
・「進め一億火の玉だ」 大政翼賛会 
・「屠れ!米英我等の敵だ」  
・「酒屋太れば妻子は痩せる」 日本国民禁酒同盟 
・「増える酒量に減る寿命」 日本国民禁酒同盟 
・「酒呑みは 瑞穂の国の 寄生虫」 日本国民禁酒同盟 
・「働いて 耐えて笑って 御奉公」 標語報国社 

<1942年(昭和17)> 
 「大東亜戦争一周年記念」の企画として、大政翼賛会と朝日新聞・東京日日新聞・読売新聞の3紙が「国民決意の標語」を懸賞募集(入選は賞状ならびに副賞金が100円(公債)、佳作は副賞金20円(公債))し、広告が11月15日の各紙面に出されました。その結果、4日間で32万以上の応募があり、その中から、以下の入選10点と佳作20点が選ばれ、11月27日付の紙面上に発表され、町内・職場等に掲示されました。
<入選10点>「欲しがりません勝つまでは」、「さあ2年目も勝ち抜くぞ」、「たつた今!笑って散った友もある」、「ここも戦場だ」、「頑張れ!適も必死だ」、「すべてを戦場へ」、「その手ゆるめば戦力にぶる」、「今日も決戦 明日も決戦」、「理窟言う間に一仕事」、「『足らぬ足らぬは』工夫が足らぬ」 
・「正しき血から 強い民族」 日本カレンダー株式会社 
・「よい児殖やして 興亜をリレー」 日本カレンダー株式会社 
・「産んで殖やして育てて皇楯」 中央標語研究会 
・「米英を消して明るい世界地図」 大政翼賛会神戸市支部 

<1943年(昭和18)> 
・「撃ちてし止まむ」 2月23日、陸軍省 
・「元帥の仇は増産で」 山本五十六戦死後 
・「アメリカ人をぶち殺せ!」 主婦之友 
・「嬉しいな僕の貯金が弾になる」 大日本婦人会朝鮮慶北支部 
・「初湯から 御楯と願う 国の母」 仙台市 
・「進め一億 火の玉だ」 大政翼賛会 
・「なにがなんでもやりぬくぞ」   
・「ぜいたくは敵だ!」 国民精神総動員本部 
・「頑張れ! 敵も必死だ」   
・「血の犠牲 汗で応えて 頑張らう」 大阪翼賛神戸支部 
・「一億抜刀 米英打倒」 北海道新聞社 
・「我が家から敵が討てるぞ経済戦」 大日本婦人会 

<1944年(昭和19)> 
・「本土決戦」  
・「鬼畜米英をうて」  
・「一億玉砕」  
・「神州不滅」  

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1810年(文化7)江戸幕府の老中・下総佐倉藩主堀田正睦の誕生日(新暦8月30日)詳細
1872年(明治5)東京・湯島の昌平黌講堂跡に日本初の公共図書館である書籍館が開設される(新暦9月3日)詳細
1885年(明治18)医師・詩人木下杢太郎の誕生日詳細
1894年(明治27)「日清戦争宣戦の詔書」が発せられて、日清戦争に対して正式に宣戦が布告される(日清戦争開戦)詳細
1907年(明治40)民俗学者・農村指導者・社会教育家宮本常一の誕生日詳細
1912年(大正元)日本初の労働組合である友愛会が結成される詳細
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 今日は、昭和時代前期の1940年(昭和15)に「奢侈品等製造販売制限規則(しゃしひんとうせいぞうはんばいせいげんきそく)」(七・七禁令)が交布された日です。
 これは、当時の商工省(現在の経済産業省)及び農林省(現在の農林水産省)が「国家総動員法」を根拠に、1940年(昭和15)7月6日に発布(昭和15年商工省・農林省令第2号)し、翌7月7日より施行した省令です。不急不用品・奢侈贅沢品・規格外品等の製造・加工・販売を禁止するもので、一般には施行日をとって「七・七禁令」(しちしちきんれい)とも呼ばれました。
 戦時下に於いては、不要不急な生活用品よりも戦争必需品を優先に製造せよということで、例えば金銀を使う織物(西陣織り・友禅など)、宝石類、そして一定金額以上の娯楽関係品(人形・レコード)、カメラ、シャープペンシル、果物(メロン・イチゴ)などが対象となったのです。
 「ゼイタクは敵だ」がスローガンとして叫ばれ、製造・販売の面でも国民生活が統制されていくことになりました。
 以下に「奢侈品等製造販売制限規則」全文と関連する告示を掲載しておきますので、ご参照ください。

〇「奢侈品等製造販売制限規則」 (全文)  1940年(昭和15)7月6日

奢侈品等製造販売制限規則 (昭和十五年七月六日 商工農林省令第二号)

昭和十二年法律第二十九号第二条の規定に於依り奢侈品等製造販売制限規則左の通定む
  奢侈品等製造販売制限規則

第一条
 物品の製造(加工を含む以下同じ)を業とする者は主務大臣の指定したる物品を製造することを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合及当該物品指定の際、現に製造中のものについては此の限に在らず

第二条
 物品の生産(製造及加工を含む以下同じ)または販売を業とする者は主務大臣の指定したる年月日以後は左に揚ぐる物品及びその中古品を売渡すことを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合はこの限に在らず
 (一) 前条の規定により主務大臣の指定したる物品
 (二) 他の法令により製造を禁止されたる物品(当該法令に依る製造の許可ありたるものを除く)
 (三) 主務大臣の指定したる物品前項第二号の他の法令は主務大臣之を定む
 第一項の規定は前条但書の許可を受け製造したる物品を売渡しまたはこれを買受けて売渡す場合及び第一項但書の許可ありたる物品を買受けて売渡す場合には之を適用せず

第三条
 主務大臣前条第一項の指定をなしたる場合において必要ありと認むるときは物品の生産又は販売を業とする者に対し同条同項の指定したる年月日前に於ける同条同項に揚ぐる物品の売渡に関し売渡数量または売渡先の制限、その他必要なる命令をなすことあるべし

第四条
 物品の生産又は販売を業とする者は主務大臣の指定したる物品については主務大臣の定めたる規格または品質に該当するもの(価格統制令第七条の規定により額の指定ありたる種類の物品にして主務大臣の指定したるものに付いては該当額の指定において定めたる規格又は品質に該当するもの)を除くの外これを売渡すことを得ず、但し主務大臣(主務大臣特に定めたるときは地方長官)の許可を受けたる場合はこの限にあらず
 前項の規定は前項但書の許可ありたる物品を買受けて売渡す場合にはこれを適用せず

第五条
 第一条但書、第二条第一項但書または前条第一項但書の許可の申請は輸出せらるること明なる物品を製造しまた売渡す場合その他やむを得ざる事由ある場合に限りこれをなすことを得

第六条
 前条の申請をなさんとする者は左に揚ぐる事項を記載したる申請書二通を主務大臣または地方長官に提出すべし
 (一) 申請者の住所または主たる事務所の所在地及び業務の種類
 (二) 製造または売渡さんとする物品の名称、品種及び数量(第四条第一項但書の許可を受けんとする場合にありては当該物品の規格または品質を併せ記載すべし)
 (三) 許可を受けんとする事由の詳細
 主務大臣または地方長官必要ありと認むるときは前項の申請書を提出すべき者に対し前項の申請書の外必要なる書類の提出を命ずることを得
 前二項の規定に依り提出すべき申請書及び必要なる書類にして主務大臣に提出すべきものは地方長官を経由すべし

第七条
 依託製造、委託販売其の他何等の名義を以てするを問わず第一条、第二条又は第四条の規定に依る禁止を免るる行為をなすことを得ず

第八条
 第二条及び第四条の規定は物品の生産または販売を業とする者該当物品を関東州満洲及び支那以外の地に輸出する場合にはこれを適用せず

【附則】本則は昭和十五年七月七日よりこれを施行す
【参照】昭和十二年九月十日公布法律第二十九号は輸出入品等に関する臨時措置に関する件なり

                             「官報」より

〇商工省告示第三百三十九号(昭和十五年七月六日)
 
 奢侈品等製造販売制限規則第一条の規定に依り物品左の通指定す
 (引用者註:昭和十五年七月七日以後製造を禁止されるもの)

染絵羽模様裲襠地及其の製品
染絵羽模様着尺地及其の製品(裾模様のものにして裾よりの高さ鯨尺二尺未満又は袖裾よりの高さ鯨尺一尺三寸未満の模様を附したるものを除く)
染絵羽模様羽織地及其の製品
染絵羽模様襦袢地及其の製品
染絵羽模様夜具表地及其の製品
織絵羽模様裲襠地及其の製品
織絵羽模様着尺地及其の製品
織絵羽模様羽織地及其の製品
織絵羽模様襦袢地及其の製品
織絵羽模様夜具表地及其の製品
綴織帯地及綴織袱紗地(縞及無地のものを除く)並に其の製品
刺繍(縫定紋を除く)を施したる織物及其の製品(帯地及帯を除く)
銀絲若は漆絲(模造品を含む)又は模造品たる金絲を用いたる織物及其の製品(模造品たる金絲、銀絲又は漆絲を用いたる帯地及帯を除く)
無線シホンベルベット及其の製品
ビロード縮緬及其の製品
絹レース地(交編を含む)及其の製品
指輪(昭和十五年七月商工省告示第三百四十二号に依り定めたる法令に依り製造を禁止せられたるものを除く)
腕輪(同)
首飾(同)
耳飾(同)
ネクタイピン(同)
身辺装飾品たるペンダント(同)
ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ、アレキサンドライト、翡翠、アクアマリン、トールマリン、ジルコン、ガーネット、クリソベリール、トパーズ、スピネル、エメラルド、ベリール、クリソライト、オパール、瑪瑙、猫眼石、虎眼石、孔雀石、土耳古玉、月長石、青金石、クンツァイト、ブラッドストーン又はヘマタイトの人造品及び模造品、銀製品にして飲食用器具、厨房用器具、家具、什器、美術装飾品、喫煙用器具、身廻用品、装身具、牌盃、被服付属金具、文房具若は玩具又は其の部分品たるもの
象牙製品

〇商工省告示第三百四十号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第一項第三号及同条同項の規定に依り物品並に当該物品及其の中古品に付ての年月日左の通指定す
 (物品及其の中古品に付ての年月日、昭和十五年十月七日) 

 物品
白生地縮緬(襞織及チェニーを含む)にして一反(三丈物)に付販売価格六十円を超ゆるもの
白生地羽二重にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
白生地絽にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
白生地紗にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
白生地襦子(綸子)にして一反(三丈物)に付販売価格五十円を超ゆるもの
銘仙にして一反(三丈物)に付販売価格三十円を超ゆるもの
御召にして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
絲織にして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
紬織にして一反(三丈物)に付販売価格百二十円を超ゆるもの
絹上布(明石縮を含む)にして一反(三丈物)に付販売価格七十円を超ゆるもの
麻上布にして一反(三丈物)に付販売価格百二十円を超ゆるもの
友禅染のものにして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
小紋染のものにして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
絞染のものにして一反(三丈物)に付販売価格百円を超ゆるもの
無地染のものにして一反(三丈物)に付販売価格八十円を超ゆるもの
裾模様にして一表に付販売価格二百五十円を超ゆるもの
丸帯地にして一本に付販売価格三百五十円を超ゆるもの
丸帯地以外の帯地にして一本に付販売価格百五十円を超ゆるもの
袴地にして一具分に付販売価格六十円を超ゆるもの
座布団地にして十枚取に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる銘仙長着にして一枚に付販売価格四十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる銘仙羽織にして一枚に付販売価格四十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる丸帯にして一本に付 販売価格百円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる丸帯以外の帯にして一本に付販売価格六十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる袴にして一具に付販売価格四十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる夜具にして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる座布団にして一枚に付販売価格十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる絞り又は友禅の長襦袢にして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる友禅の四つ身にして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる和服用コートにして一枚に付販売価格七十円を超ゆるもの
半襟にして一掛に付販売価格五円を超ゆるもの
腰紐にして一筋に付販売価格五円を超ゆるもの
帯揚、帯締又は腰帯にして一本に付販売価格十円を超ゆるもの 
洋服地(オーバーコート地並びに毛製の婦人洋服地及子供服地を含む)にして一平方米に付販売価格十五円を超ゆるもの
毛製以外の婦人洋服地又は子供服地にして一平方碼に付販売価格五円を超ゆるもの
有線シホンベルベットにして幅二七吋長一碼に付販売価格七円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる背広服三つ揃冬物にして一着に付販売価格八十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる背広服三つ揃合物にして一着に付販売価格八十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる背広服三つ揃夏物にして一着に付販売価格六十円を超ゆるもの
註文品たる背広服三つ揃冬物にして一着に付販売価格百三十円を超ゆるもの
註文品たる背広服三つ揃合物にして一着に付販売価格百三十円を超ゆるもの
註文品たる背広服三つ揃夏物にして一着に付販売価格百円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たるオーバーコートにして一着に付販売価格八十円を超ゆるもの
註文品たるオーバーコートにして一着に付販売価格百三十円を超ゆるもの
モーニングコートにして一着に付販売価格百八十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たるレインコートにして一着に付販売価格五十円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる婦人洋服にして一着に付販売価格六十円を超ゆるもの
註文品たる婦人洋服にして一着に付販売価格百円を超ゆるもの
既製品又は半既製品たる子供服(オーバーコートを含む)にして一着に付販売価格二十円を超ゆるもの
註文品たる子供服(オーバーコートを含む)にして一着に付販売価格三十円を超ゆるもの
莫大小のシャツにして一枚に付販売価格十五円を超ゆるもの
莫大小のズボンにして一枚に付販売価格十五円を超ゆるもの
ネクタイにして一本に付販売価格四円を超ゆるもの
ワイシャツ(カッターを含む)にして一枚に付販売価格十円を超ゆるもの
大人用靴下(男子長靴下及フルファッション式絹婦人長靴下を除く)にして一足に付販売価格二円五十銭を超ゆるもの
子供用靴下にして一足に付販売価格一円五十銭を超ゆるもの
ハンカチーフにして一枚に付販売価格一円を超ゆるもの
手袋にして一双に付販売価格五円を超ゆるもの
毛皮製襟巻にして一枚に付販売価格二百五十円を超ゆるものBR> 毛皮製以外の襟巻(マフラー及スカーフを含む)にして一枚に付販売価格十五円を超ゆるもの
肩掛(ショール)にして一枚に付販売価格三十円を超ゆるもの
時計にして一個に付販売価格五十円を超ゆるもの
櫛、笄又は簪にして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
帯止にして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
カフスボタンにして一組に付販売価格十円を超ゆるもの
バックルして一個に付販売価格十円を超ゆるもの
ハンドバッグにして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
眼鏡縁にして一個又は一組に付販売価格十五円を超ゆるもの
洋傘にして一本に付販売価格二十五円を超ゆるもの
ステッキにして一本に付販売価格十五円を超ゆるもの
草履にして一足に付販売価格二十円を超ゆるもの
下駄にして一足に付販売価格七円を超ゆるもの
靴にして一足に付販売価格三十五円を超ゆるもの
書類入鞄にして一個に付販売価格三十円を超ゆるもの
旅行用手提鞄(バッグを含む)にして一個に付販売価格五十円を超ゆるもの
帽子(シルクハットを含む)にして一個に付販売価格二十円を超ゆるもの
香水にして一壜に付販売価格五円を超ゆるもの
箪笥にして一棹に付販売価格二百円を超ゆるもの
鏡台(姿見を含む)にして一台に付販売価格六十円を超ゆるもの
座机にして一個に付販売価格五十円を超ゆるもの
座卓にして一個に付販売価格百円を超ゆるもの
火鉢(長火鉢含む)にして一個に付販売価格百円を超ゆるもの
洋机、卓子にして一個に付販売価格百円を超ゆるもの
椅子にして一個に付販売価格七十円を超ゆるもの
長椅子にして一個に付販売価格百五十円を超ゆるもの
応接間洋家具セットにして一組(五個以上のもの)に付販売価格五百円を超ゆるもの
花輪又は花束にして一個に付販売価格十円を超ゆるもの
写真機にして一個に付販売価格五百円を超ゆるもの
三月節句用親王雛にして一対に付販売価格五十円を超ゆるもの
三月節句用飾セットにして一揃に付販売価格二百円を超ゆるもの
五月節句用具足にして一揃に付販売価格四十円を超ゆるもの
五月節句用兜にして一個に付販売価格四十円を超ゆるもの
五月節句用飾セットにして一揃に付販売価格二百円を超ゆるもの
羽子板にして一枚に付販売価格十円を超ゆるもの
玩具にして一個に付販売価格十円を超ゆるもの
人形(衣装付のものを含む)にして一個に付 販売価格三十円を超ゆるもの
万年筆にして一本に付販売価格五円を超ゆるもの
シャープペンシルにして一本に付販売価格三円を超ゆるもの
アルバムにして一冊に付販売価格五円を超ゆるもの
ダイヤモンド
ルビー
サファイヤ
アレキサンドライト
翡翠
アクアマリン
トールマリン
ジルコンBR> ガーネット
クリソベリール
トパーズ
スピネル
エメラルド
ベリール
クリソライト
オパール
猫眼石
虎眼石
孔雀石
土耳古玉
月長石
青金石
クンツァイト
ブラッドストーン
ヘマタイト
象牙

〇商工省告示第三百四十一号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第一項の規定に依り同条同項第一号に掲ぐる物品及其の中古品に付ての年月日左の通指定す
昭和十五年七月商工省告示第三百三十九号に依り指定したる物品及其の中古品に付ては昭和十五年十月七日

〇商工省告示第三百四十二号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第二項の規定に依り法令左の通定め同条第一項の規定に依り当該法令に依り製造を禁止されたる物品及其の中古品に付ての年月日左の通指定す
法令 上揚法令に依り製造を禁止せられたる物品及其の中古品に付ての年月日
銅使用制限規則 昭和十五年十月七日
白金使用制限規則         同
銑鉄鋳物製造制限に関する件  同
皮革使用制限規則         同
鋼製品の製造制限に関する件  同
鉛、亜鉛、錫等使用制限規則   同
ゴムの使用制限に関する件    同
繊維製品製造制限規則      同

〇農林省告示第十号(昭和十五年七月六日)

 奢侈品等製造販売制限規則第二条第三号及同条同項の規定に依り物品及当該物品に付ての年月日左の通指定す

 物品 年月日
 果実(メロン及苺を含む)にして百匁に付販売価格二円を超ゆるもの 昭和十五年十月七日
 詰合食料品にして一詰合に付販売価格五円を超ゆるもの 同

☆「消費生活の統制と七・七禁令」についての新聞記事

『東京朝日新聞』 1940年(昭和15)7月7日付

 生活の新記録『七・七禁令』、贅沢品さやうなら、あすから閉じる”虚栄の門”贅沢品よ左様ならー七月七日支那事変勃発三周年の日を期して、別面所報の如く商工・農林両省で総動員法に基く『不急不用品、奢侈贅沢品、規格外品の製造加工並に販売禁止』が全国に行はれることとなった。この省令の目的は戦時下の資財労力を真に戦時国民生活に必要な物資の増産、供給の確保に転換させ、購買力を抑制して余剰購買力を貯蓄強化、公債消化に転じ、公定価格品の規格と価格の維持を図る等であるが、之によって戦時国民生活の刷新が強力に企図されてゐる。曽ては都市上流社会の象徴だった『贅沢品』が戦時下に国禁の烙印を押されて追放となるわけだ。九・一八物価と並んで『七・七禁令』の名は長く国民生活の一頁に残るだらう。虚飾を棄てて今こそ新しき時代の簡素にして健康なる美の創造へーだが同時に業者への犠牲も決して少くはない。政府は『既に製造されたもの、製造中のもの』に対して三ケ月の猶予期間を限り販売を許可しきゅげきな衝動を避けると共に、売残り品は円ブロック以外の輸出に振向け、転失業者に対しては適当な対策を講ずる。(中略)
△値段に拘らす製造、販売を禁止するもの(戦時生活になくともいいもの) 染絵羽模様の裲襠地や着尺地、羽織地、襦袢地、夜具地、それからの製品一切、同じく織絵羽模様が禁止された。銀座あたりの女性の服装には痛棒だが指環、腕環、首飾、耳飾、ネクタイからダイヤ、ルビー、サファイア、翡すい、エメラルド、瑪瑙等の貴石は一切御法度、銀製品も象牙製品も駄目。
△一定値以上の値段による販売を禁止するもの(生活上必要なものでも一定値段以上中古物を含めて販売禁止) 白生地羽二重、絽紗、繻はみんな一反五十円以上は売ることが出来ない。銘仙は三十円、御召は八十円、女性のたのしみにもハッキリした値段の一線が画されたわけだ。裾模様は一表二百五十円、丸帯は三百五十円まで嫁入支度の最高値段が定まることにもならう。注文の背広は冬物・合物百三十円、夏物百円、既成品になると八十円、六十円となってゐる。婦人服は注文品百円、既成品は六十円、時計は五十円、ハンケチは一円までだ。毛皮襟巻は二百五十円、一匹千円の銀狐もスッ飛んで了ったわけ、靴は三十五円、下駄は七円止り、帽子はシルクハットを入れて二十円、香水は五円、タンスは二百円、カメラは五百円まで、万年筆は五円、童心の世界にも及んで玩具は十円まで、三月節句の親王雛も対で五十円、五月節句の具足も四十円等々、百匁二円を越すメロン、苺も食膳から追放となって中流の健全な家庭生活線への急降下を描いてゐる。(中略)
 今回の贅沢品禁止はその製造販売を禁止するだけで、既に所有してゐる物品の使用までも禁止してはゐない。この間隙をねらってこれ見よがしに贅沢品を使用する輩が無ちとも限らないので、この点へ精動の一斉射撃が行はれる。精動本部では禁止令の巨弾を機に全般的な奢侈抑制運動へと、強大な翼を伸張すべく既報の如く堀切本部理事長を委員長とし常任理事熊谷内閣情報部長を副委員長とする贅沢品全廃運動委員会を設けることとした。

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