ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:大火

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 今日は、明治時代中頃の1890年(明治23)に、東京の明治浅草大火が起き、死者1名、負傷者7名、全焼1,469戸を出した日です。
 東京の明治浅草大火(とうきょうのめいじあさくさたいか)は、東京の浅草区三軒町(現在の東京都台東区)で発生した大火でした。この日の午前0時55分頃、浅草三軒町の薪炭商、木村喜太郎方から出火、折からの北西の強風にあおられて、瞬く間に周辺に燃え移ります。
 さらに、寿町から新福富町、新猿屋町、諏訪町、黒船町、三好町、駒形町、西仲町に延焼し、ようやく午後5時45分に鎮火しました。これによって、12,828坪(42,332㎡)を延焼し、死者1名、負傷者7名、全勝1,469戸という大きな被害を出しています。
 また、この大火では常備されて間もない蒸気ポンプが使用されていて、東京日日新聞では、その情景を「(消防組が)鋭き風火の勢いには勝つ由もなくて、各々はあぐみ果てて見えたるところ、汽笛の響きに先を払わせて三台の蒸気ポンプは馳せ来たり、駒形堂の河岸に陣を取りて(中略)川水を滝の如くに注ぎかくる。」「殊に風下なる厩橋際に二台の蒸気ポンプありて、力の限り食い止めんと働きたれば火先は此処にて止まりたる」と報道しました。尚、大正時代の1921年(大正10)に、大正浅草大火が起き、負傷者544名、全焼1,227戸、半焼73戸を出しています。

〇明治時代の大火一覧(焼失1,000戸以上で、戦火によるものを除く)

・1871年(明治4)9月12日 函館の「切見世火事」(焼失1,123戸)
・1872年(明治5)2月26日 東京の銀座大火(焼失4,879戸)
・1873年(明治6)3月22日 函館の「家根屋火災」(焼失1,314戸)
・1873年(明治6)3月22日~23日 横浜の「相生町の大火」(重軽傷者20余名、焼失1,577戸)
・1874年(明治7)4月27日 浜松明治7年の大火「小野組火事」(焼失家数1,318軒)
・1875年(明治8)4月24日 飛騨高山明治8年の大火(死亡者1名、焼失1,032戸)
・1879年(明治12)1月26日~27日 高崎明治13年の大火(消失2,500余戸)
・1879年(明治12)3月3日 高岡明治12年の大火(焼失2,000余戸)
・1879年(明治12)12月6日 明治12年函館大火(焼失2,326戸)
・1879年(明治12)12月26日 東京の日本橋大火(全焼10,613戸)
・1880年(明治13)5月15日 弘前明治13年の大火(焼失1,000余戸)
・1880年(明治13)5月21日 三条の大火「糸屋万平火事」(死者34名、焼失2,743戸)
・1880年(明治13)8月7日 新潟明治13年の大火(死者3名、負傷名37名、焼失6,175戸)
・1880年(明治13)12月24日 明治13年大阪南の大火「島の内出火」(死者8名、負傷者350~60名、焼失3,388戸)
・1881年(明治14)1月26日 東京の神田の大火(全焼10,673戸)
・1881年(明治14)2月11日 東京の神田区の大火(全焼7,751戸)
・1881年(明治14)4月25日 福島明治の大火「甚兵衛火事」(死者7名、焼失1,785戸)
・1882年(明治15)5月15日 富山県氷見明治の大火(焼失1,600余戸)
・1884年(明治17)5月13日 水戸明治17年「下市の大火」(焼失1,200余戸)
・1884年(明治17)11月7日~8日 盛岡明治17年の大火(焼失1,432戸)
・1885年(明治18)5月31日~6月1日 富山明治18年の大火「安田焼」(死者9名、焼失5,925戸) 
・1886年(明治19)4月30日~5月1日 秋田明治19年の大火「俵屋火事」(死者17名、負傷者186名、焼失3,554戸) 
・1886年(明治19)12月30日 水戸明治19年「上市の大火」(焼失1,800余戸)
・1888年(明治21)1月4日 松本明治21年南深志の大火(死者5名、焼失1,553戸)
・1888年(明治21)1月31日 横浜明治21年野毛の放火による大火(重軽傷者数10人、焼失1,121戸)
・1889年(明治22)2月1日~2日 静岡明治22年の大火(焼失1,100余戸) 
・1890年(明治23)2月27日 東京の明治浅草大火(死者1名、負傷者7名、全焼1,469戸)
・1890年(明治23)9月5日 明治23年大阪大火「新町焼け」(死者1名、軽傷者206名、全焼2,023戸、半焼60戸)
・1893年(明治26)3月17日~18日 川越大火(焼失1,302戸、土蔵60棟焼失)
・1893年(明治26)3月29日~30日 松阪明治の大火(焼失1,460戸)
・1894年(明治27)5月26日 山形明治27年「市南の大火」(死者15名、負傷者69名、焼失1,284戸) 
・1895年(明治28)4月29日 石川県七尾の大火(焼失1,000余戸)
・1895年(明治28)6月2日~3日 新潟県新発田明治28年の大火(死者4名、負傷者24名、焼失2,410戸)
・1895年(明治28)10月3日 根室明治28年の大火(焼失1,334戸)
・1896年(明治29)4月13日~14日 福井県勝山町明治29年の大火(死者5名、負傷者2名、焼失1,124戸) 
・1896年(明治29)8月26日 函館の「テコ婆火事」(焼失2,280戸)
・1897年(明治30)4月3日 柏崎明治30年の大火「日野屋火事」(焼失1,230戸)
・1897年(明治30)4月22日 八王子大火(死者42名、焼失3,500余戸)
・1898年(明治31)3月23日 東京の本郷大火(死者2名、負傷者42名、焼失1,478戸)
・1898年(明治31)6月4日 直江津(上越市)明治31年の大火「八幡火事」(焼失1,595戸)
・1899年(明治32)8月12日 富山明治32年の大火「熊安焼」(全焼4,697戸、半焼9戸) 
・1899年(明治32)8月12日~13日 横浜明治32年の大火(死者14名、全焼3,124、半焼49戸)
・1899年(明治32)9月15日 明治32年函館大火(焼失2,294戸)
・1900年(明治33)4月18日 福井「橋南大火」(死者11名、負傷者131名、全焼1891軒、半焼3軒)
・1900年(明治33)6月27日 高岡明治33年の大火(死者7名、負傷者46名、全焼3,589戸、半焼25戸)
・1902年(明治35)3月30日 福井明治35年「橋北の大火」(焼失3,309戸)
・1903年(明治36)4月13日 福井県武生町明治の大火(死者7名、重傷者2名、全焼1,057戸)  
・1904年(明治37)5月8日 小樽明治37年「稲穂町の火事」(焼失2,481戸)
・1906年(明治39)7月11日 直江津町(上越市)明治39年の大火「ながさ火事」(焼失1,041戸)  
・1907年(明治40)8月25日 明治40年函館大火(死者8名、負傷者1,000名、焼失12,390戸)
・1908年(明治41)3月8日 新潟明治41年3月の大火(焼失1,198戸)
・1908年(明治41)9月4日 新潟明治41年再度の大火(全焼2,071戸、半焼18戸)
・1909年(明治42)7月31日~8月1日 大阪明治42年「北の大火」(焼失11,365戸)
・1910年(明治43)4月16日 輪島町の大火(全焼1,055軒、半焼15軒)    
・1910年(明治43)5月3日~4日 明治43年青森大火(死者26名、負傷者163名、焼失7,519戸、半焼5戸)
・1911年(明治44)4月9日 東京の吉原大火(全焼6,189戸、半焼69戸)
・1911年(明治44)5月8日 山形明治44年「市北の大火」(全焼1,340戸)
・1911年(明治44)5月16日 小樽明治44年の大火(焼失1,251戸)
・1912年(明治45)1月16日 大阪明治45年「南の大火」(死者4名、全焼4,750戸、半焼等29戸)   
・1912年(明治45)3月21日 東京の州崎大火(全焼1,149戸、半焼11戸)
・1912年(明治45)4月22日 松本明治「北深志の大火」(死者5名、焼失1,341戸)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1594年(文禄3)豊臣秀吉による吉野の花見が開宴される(新暦4月17日)詳細
1657年(明暦3)徳川光圀が『大日本史』の編纂に着手する(新暦4月10日)詳細
1754年(宝暦4)江戸幕府の命で薩摩藩が木曾川の治水工事(宝暦治水)に着手(新暦3月20日)詳細
1875年(明治8)日本初の近代的植物園・小石川植物園が開園する詳細
1946年(昭和21)GHQより「社会救済に関する覚書」(SCAPIN-775)が出される詳細
1987年(昭和62)東京で開催された環境と開発に関する世界委員会(WCED)で、「東京宣言」が採択される詳細
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kandamatsuedachyoutaika0
 今日は、明治時代前期の1881年(明治14)に、神田松枝町大火が起き、10,673戸を焼失し、36,542人の被災者を出した日です。
 神田松枝町大火(かんだまつえだちょうたいか)は、東京府神田区松枝町(現在の東京都千代田区岩本町)で発生した大火で、両国の大火とも呼ばれてきました。この日の午前1時半頃、松枝町22番地から出火し、折から北西の強風にあおられて瞬く間に松枝町周辺を焼き尽し、北へ延びて岩本町へ、斜めに東南方向へ転じて大和町から元岩井町さらに江川町方面へと一挙に拡大し、元岩井町に伸びた火は更に周辺の町々に延焼し東神田一帯を焼き尽くします。
 さらに、日本橋馬喰町、横山町へと延焼し、神田川沿いの元柳町、吉川町から両国橋を越えて本所、深川に及びました。この火は、出火より16時間半後の午後6時10分にようやく鎮火しましたが、神田、日本橋、本所、深川の4区、52ヶ町421,400㎢、10,673戸を全焼、36,542人の被災者という甚大な被害となります。
 明治時代最大の大火で、これ以降東京では、1万戸以上を焼失したのは、関東大震災、東京大空襲以外ありません。火災後に作成された都市計画では、水路の新設や民有地の買い上げなどによる道路拡張などにより市街火災防禦線を設置し、路線防火制の確立が目指されます。また、同年2月25日に、「東京防火令」が発布されたことと相まって、東京の防火対策は改善され、明治20年以降、大火の発生は大きく減少しました。

〇明治時代の大火一覧(焼失1,000戸以上で、戦火によるものを除く)

・1871年(明治4)9月12日 函館の「切見世火事」(焼失1,123戸)
・1872年(明治5)2月26日 東京の銀座大火(焼失4,879戸)
・1873年(明治6)3月22日 函館の「家根屋火災」(焼失1,314戸)
・1873年(明治6)3月22日~23日 横浜の「相生町の大火」(重軽傷者20余名、焼失1,577戸)
・1874年(明治7)4月27日 浜松明治7年の大火「小野組火事」(焼失家数1,318軒)
・1875年(明治8)4月24日 飛騨高山明治8年の大火(死亡者1名、焼失1,032戸)
・1879年(明治12)1月26日~27日 高崎明治13年の大火(消失2,500余戸)
・1879年(明治12)3月3日 高岡明治12年の大火(焼失2,000余戸)
・1879年(明治12)12月6日 明治12年函館大火(焼失2,326戸)
・1879年(明治12)12月26日 東京の日本橋大火(全焼10,613戸)
・1880年(明治13)5月15日 弘前明治13年の大火(焼失1,000余戸)
・1880年(明治13)5月21日 三条の大火「糸屋万平火事」(死者34名、焼失2,743戸)
・1880年(明治13)8月7日 新潟明治13年の大火(死者3名、負傷名37名、焼失6,175戸)
・1880年(明治13)12月24日 明治13年大阪南の大火「島の内出火」(死者8名、負傷者350~60名、焼失3,388戸)
・1881年(明治14)1月26日 東京の神田松枝町大火(全焼10,673戸)
・1881年(明治14)2月11日 東京の神田区の大火(全焼7,751戸)
・1881年(明治14)4月25日 福島明治の大火「甚兵衛火事」(死者7名、焼失1,785戸)
・1882年(明治15)5月15日 富山県氷見明治の大火(焼失1,600余戸)
・1884年(明治17)5月13日 水戸明治17年「下市の大火」(焼失1,200余戸)
・1884年(明治17)11月7日~8日 盛岡明治17年の大火(焼失1,432戸)
・1885年(明治18)5月31日~6月1日 富山明治18年の大火「安田焼」(死者9名、焼失5,925戸) 
・1886年(明治19)4月30日~5月1日 秋田明治19年の大火「俵屋火事」(死者17名、負傷者186名、焼失3,554戸) 
・1886年(明治19)12月30日 水戸明治19年「上市の大火」(焼失1,800余戸)
・1888年(明治21)1月4日 松本明治21年南深志の大火(死者5名、焼失1,553戸)
・1888年(明治21)1月31日 横浜明治21年野毛の放火による大火(重軽傷者数10人、焼失1,121戸)
・1889年(明治22)2月1日~2日 静岡明治22年の大火(焼失1,100余戸) 
・1890年(明治23)2月27日 東京の浅草大火(全焼1,469戸)
・1890年(明治23)9月5日 明治23年大阪大火「新町焼け」(死者1名、軽傷者206名、全焼2,023戸、半焼60戸)
・1893年(明治26)3月17日~18日 川越大火(焼失1,302戸、土蔵60棟焼失)
・1893年(明治26)3月29日~30日 松阪明治の大火(焼失1,460戸)
・1894年(明治27)5月26日 山形明治27年「市南の大火」(死者15名、負傷者69名、焼失1,284戸) 
・1895年(明治28)4月29日 石川県七尾の大火(焼失1,000余戸)
・1895年(明治28)6月2日~3日 新潟県新発田明治28年の大火(死者4名、負傷者24名、焼失2,410戸)
・1895年(明治28)10月3日 根室明治28年の大火(焼失1,334戸)
・1896年(明治29)4月13日~14日 福井県勝山町明治29年の大火(死者5名、負傷者2名、焼失1,124戸) 
・1896年(明治29)8月26日 函館の「テコ婆火事」(焼失2,280戸)
・1897年(明治30)4月3日 柏崎明治30年の大火「日野屋火事」(焼失1,230戸)
・1897年(明治30)4月22日 八王子大火(死者42名、焼失3,500余戸)
・1898年(明治31)3月23日 東京の本郷大火(死者2名、負傷者42名、焼失1,478戸)
・1898年(明治31)6月4日 直江津(上越市)明治31年の大火「八幡火事」(焼失1,595戸)
・1899年(明治32)8月12日 富山明治32年の大火「熊安焼」(全焼4,697戸、半焼9戸) 
・1899年(明治32)8月12日~13日 横浜明治32年の大火(死者14名、全焼3,124、半焼49戸)
・1899年(明治32)9月15日 明治32年函館大火(焼失2,294戸)
・1900年(明治33)4月18日 福井「橋南大火」(死者11名、負傷者131名、全焼1891軒、半焼3軒)
・1900年(明治33)6月27日 高岡明治33年の大火(死者7名、負傷者46名、全焼3,589戸、半焼25戸)
・1902年(明治35)3月30日 福井明治35年「橋北の大火」(焼失3,309戸)
・1903年(明治36)4月13日 福井県武生町明治の大火(死者7名、重傷者2名、全焼1,057戸)  
・1904年(明治37)5月8日 小樽明治37年「稲穂町の火事」(焼失2,481戸)
・1906年(明治39)7月11日 直江津町(上越市)明治39年の大火「ながさ火事」(焼失1,041戸)  
・1907年(明治40)8月25日 明治40年函館大火(死者8名、負傷者1,000名、焼失12,390戸)
・1908年(明治41)3月8日 新潟明治41年3月の大火(焼失1,198戸)
・1908年(明治41)9月4日 新潟明治41年再度の大火(全焼2,071戸、半焼18戸)
・1909年(明治42)7月31日~8月1日 大阪明治42年「北の大火」(焼失11,365戸)
・1910年(明治43)4月16日 輪島町の大火(全焼1,055軒、半焼15軒)    
・1910年(明治43)5月3日~4日 明治43年青森大火(死者26名、負傷者163名、焼失7,519戸、半焼5戸)
・1911年(明治44)4月9日 東京の吉原大火(全焼6,189戸、半焼69戸)
・1911年(明治44)5月8日 山形明治44年「市北の大火」(全焼1,340戸)
・1911年(明治44)5月16日 小樽明治44年の大火(焼失1,251戸)
・1912年(明治45)1月16日 大阪明治45年「南の大火」(死者4名、全焼4,750戸、半焼等29戸)   
・1912年(明治45)3月21日 東京の州崎大火(全焼1,149戸、半焼11戸)
・1912年(明治45)4月22日 松本明治「北深志の大火」(死者5名、焼失1,341戸)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1944年(昭和19)内務省が「(改正)防空法」により、東京と名古屋に初の建物疎開の命令を出す詳細
1949年(昭和24)奈良の法隆寺金堂が火災により焼損する(文化財防火デー)詳細
1958年(昭和33)旅客船「南海丸」が紀伊水道沼島沖で沈没、167名全員が死亡・行方不明となる(南海丸遭難事故)詳細
1997年(平成9)小説家藤沢周平の命日詳細
2006年(平成18)「重要文化的景観」第1号として滋賀県の「近江八幡の水郷」が国から選定される詳細
2013年(平成25)小説家安岡章太郎の命日詳細
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nazetaika01
 今日は、昭和時代中期の1955年(昭和30)に、鹿児島県名瀬市(現在の奄美市)で名瀬大火があり、市全体の約1/3にあたる1,365棟が焼失した日です。
 名瀬大火(なぜたいか)は、昭和時代中期の1955年(昭和30)12月3日午前4時50分頃に、鹿児島県名瀬市において起きた大火でした。名瀬市中心街にある歓楽街・屋仁川通の飲食店青柳から、タバコの火の不始末で出火し、季節風の強い北東風が吹くという悪条件の下で、火は瞬く間に燃え広がります。
 当時の名瀬市は1945年(昭和20)4月の大空襲によって市街地の90%を失った後、アメリカ軍に占領されて8年間も施政権を奪われ、2年前に返還されたばかりでした。その中で、何ら建築制限も決められない中で、中心街は狭い3mの道路を挟んで、焦土の跡に雨露をしのぐ程度に建てられた急造の木造バラック(粗末な建築物)が密集する状況となります。
 水利も悪く、市営水道には配水池がないので消火栓はあっても名ばかりで、その上晴天が続いたので川が渇れており、埋め立て工事中だったため海からの取水も満足にできる状態ではありませんでした。さらに、消防車不足で、大型消防車2台は故障、1台ある三輪ポンプ車は使用20分で故障、名瀬海上保安部など行政機関、療養所からの応援隊も含めたわずか8台の小型手挽きポンプ車で対抗せざるを得ない状況となります。
 このため消火に手間取って、火が燃え広がり、市全体の約1/3にあたる1,365棟の建物が焼失しました。これによって、死傷者は出なかったものの、罹災世帯1,462世帯、罹災人員5,851名にも及び、被害総額約16億円という大きな災害となります。
 尚、1ヶ月半前の10月18日にも名瀬市中央通で火災があり、118棟を焼失したばかりでした。

〇太平洋戦争後の日本の大火一覧(500棟以上の焼失で、地震によるものを除く)

・1947年(昭和22)4月20日 - 飯田大火(長野県飯田市)
  死者・行方不明者3名、焼失棟数3,742棟、焼損面積約48ha、罹災戸数4,010戸、罹災人員17,778名
・1949年(昭和24)2月20日 - 第一次能代大火(秋田県能代市)
  死者3名、負傷者132名、焼失家屋2,237棟、焼失面積83.6ha、罹災世帯1,755世帯、罹災人員8,790名
・1952年(昭和27)4月17日 - 鳥取大火(鳥取県鳥取市)
  死者3名、罹災家屋5,228戸、罹災面積約160ha、罹災者2万451人
・1954年(昭和29)9月26日 - 岩内大火(北海道岩内郡岩内町)
  死者35名、負傷者551名、行方不明3名、焼失戸数3,298戸、焼失面積約106ha、罹災者16,622名
・1955年(昭和30)10月1日 - 新潟大火(新潟県新潟市)
  行方不明者1名、負傷者175名、焼失棟数892棟、焼失面積約26ha、罹災世帯1,193世帯、罹災人員5,901名
・1955年(昭和30)12月3日 - 名瀬大火(鹿児島県名瀬市)
  死傷者なし、焼失家屋1,317棟、罹災世帯1,462世帯、罹災人員5,851名、被害総額約16億円 
・1956年(昭和31)3月20日 - 第二次能代大火(秋田県能代市)
  死者なし、負傷者194名、焼失家屋1,475棟、焼失面積約31.5ha、罹災世帯1,248世帯、罹災人員6,087名
・1956年(昭和31)9月10日 - 魚津大火(富山県魚津市)
  死者5名、負傷者170名(うち重傷者5名)、焼失戸数1,583戸、罹災者7,219名
・1965年(昭和40)1月11日 - 伊豆大島大火(東京都大島町)
  死者なし、全焼戸数584棟418戸、焼失面積約16.5ha、罹災世帯408世帯1,273名、被害総額20億7千万円
・1976年(昭和51)10月29日 - 酒田大火(山形県酒田市)
  死者1名、焼失棟数1,774棟、焼失面積約22.5ha、被災者約3,300名、被害総額約405億円

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

671年(天智天皇10)第38代の天皇とされる天智天皇の命日(新暦672年1月7日)詳細
1859年(安政6)労働運動家・社会主義者・思想家・社会事業家片山潜の誕生日(新暦12月26日)詳細
1879年(明治12)小説家・随筆家永井荷風の誕生日詳細
1926年(大正15)最初の「円本」となる『現代日本文学全集』が、改造社から1冊1円で刊行開始詳細
1942年(昭和17)東京府立美術館で「第一回大東亜戦争美術展」が始まる(~12月25日まで)詳細
1997年(平成9)カナダの首都オタワにおいて、121ヶ国により、「対人地雷禁止条約」が調印される詳細
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 今日は、昭和時代中期の1956年(昭和31)に、フェーン現象により、富山県魚津市で魚津大火が起き、1,583戸を焼失し、死者5名、負傷者170名を出した日です。
 魚津大火(うおづたいか)は、この日の午後7時45分頃に、富山県魚津市真成寺町の民家の納屋から出火した大火でした。折しも台風12号が日本海を通過中で、日本海沿岸特有のフェーン現象となっており、富山県下では特別火災注意報が出されていましたが、その強風(平均風速約8~13m/s)に煽られて火勢が拡大します。
 真成寺町から神明町、金屋町、村木、新金屋町、下村木町、沖田区、上村木町、本江、本新、餌指町などに延焼し、翌11日午前2時45分頃にようやく鎮火しました。これによって、1,583戸を焼失し、死者5名、負傷者170名(うち重傷者5名)を出し、被災者は7,219名に及びます。主要な建物では、魚津市立村木小学校、カーバイド病院、北陸銀行神明支店、富山産業銀行魚津支店、岐阜相互銀行魚津支店、加州相互銀行魚津出張所、第一劇場(中央劇場)、大劇映画館、金屋郵便局、魚津米穀販売協同組合、魚津製氷、吉田工業上村木工場、日本カーバイド工業魚津工場、魚津製作所、本江酒造、神明社、火の宮神社、稲荷神社、市姫神社、安成寺、光了寺、光顔寺、照善寺、栄明寺などを焼失し、被害総額は75億円という大きなものとなりました。
 大火前は、道幅が非常に狭く、木造家屋が立ち並んでいて、延焼しやすく、消火活動にも支障をきたしたことを踏まえ、魚津市は国および県の支援を受けつつ火災復興計画として不燃都市を目指し、6年をかけて土地区画整理事業による大型道路、下水道事業、公園・墓地の造成などを遂行し、近代都市として生まれ変わります。

〇太平洋戦争後の日本の大火(500棟以上の焼失で、地震によるものを除く)

・1947年(昭和22)4月20日 - 飯田大火(長野県飯田市)
  死者・行方不明者3名、焼失棟数3,742棟、焼損面積約48ha、罹災戸数4,010戸、罹災人員17,778名
・1949年(昭和24)2月20日 - 第一次能代大火(秋田県能代市)
  死者3名、負傷者132名、焼失家屋2,237棟、焼失面積83.6ha、罹災世帯1,755世帯、罹災人員8,790名
・1950年(昭和25)4月13日 - 熱海大火(静岡県熱海市)
 死者なし、負傷者979名、全焼戸数979棟、延焼面積約13ha、罹災世帯1,461世帯5,745名、被害総額54億7千万円
・1952年(昭和27)4月17日 - 鳥取大火(鳥取県鳥取市)
  死者3名、罹災家屋5,228戸、罹災面積約160ha、罹災者2万451人
・1954年(昭和29)9月26日 - 岩内大火(北海道岩内郡岩内町)
  死者35名、負傷者551名、行方不明3名、焼失戸数3,298戸、焼失面積約106ha、罹災者16,622名
・1955年(昭和30)10月1日 - 新潟大火(新潟県新潟市)
  行方不明者1名、負傷者175名、焼失棟数892棟、焼失面積約26ha、罹災世帯1,193世帯、罹災人員5,901名
・1956年(昭和31)3月20日 - 第二次能代大火(秋田県能代市)
  死者なし、負傷者194名、焼失家屋1,475棟、焼失面積約31.5ha、罹災世帯1,248世帯、罹災人員6,087名
・1956年(昭和31)9月10日 - 魚津大火(富山県魚津市)
  死者5名、負傷者170名(うち重傷者5名)、焼失戸数1,583戸、罹災者7,219名、被害総額75億円
・1965年(昭和40)1月11日 - 伊豆大島大火(東京都大島町)
  死者なし、全焼戸数584棟418戸、焼失面積約16.5ha、罹災世帯408世帯1,273名、被害総額20億7千万円
・1976年(昭和51)10月29日 - 酒田大火(山形県酒田市)
  死者1名、焼失棟数1,774棟、焼失面積約22.5ha、被災者約3,300名、被害総額約405億円

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1561年(永禄4)第4次川中島の戦い(八幡原の戦い)が始まる(新暦10月27日)詳細
1704年(宝永元)俳人向井去來(蕉門十哲の一人)の命日(新暦10月8日)詳細
1937年(昭和12)「軍需工業動員法ノ適用ニ関スル法律」が公布・施行され、「軍需工業動員法」が全面発動される詳細
1943年(昭和18)鳥取地震(M7.4)が起き、死者1,083人を出す詳細
1945年(昭和20)GHQが「言論及び新聞の自由に関する覚書」(SCAPIN-16)を出す詳細
1960年(昭和35)東京・大阪の5局でカラーテレビ本放送が開始される詳細
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 今日は、明治時代後期の1907年(明治40)に、北海道函館市で、明治40年函館大火が起き、死者8名、負傷者1,000名、焼失12,390戸の被害を出した日です。
 明治40年函館大火(めいじ40ねんはこだてたいか)は、この日の午後10時20分頃に、東川町217番地石鹸製造所より出火した大火でした。 火は、南東の激しい風に煽られて各地に飛び火したため、消防活動が思うに任せず、焼失区域を拡げていきます。
 そのため、会所町,寿町,恵比寿町,大町,大黒町,鰪澗町,鍛治町,富岡町,旅籠町,天神町,駒止町,末広町,東浜町,船場町の14町全部を焼失、元町、曙町、汐見町、青柳町、春日町、蓬莱町、相生町、弁天町、船見町、台町、山背泊町、小舟町、豊川町、汐止町、地蔵町、西川町、宝町、東川町、仲浜町、仲町の20町の一部を焼失し、翌26日午前9時25分にようやく鎮火しました。これによって、死者8名、負傷者1,000名、焼失12,390戸の被害を出し、損害額は31,148,000余円にのぼります。
 主要な建物では、函館庁舎、英国領事館、露国領事館、連隊区司令部、海事局、函館郵便局、函館電話局、商船学校、商業学校、高等女学校、函館病院その他私立病院8、区立小学校5、 私立小学校6、会社38、銀行8、神社3、寺院6、教会5、新聞社5、劇場4などが焼失しました。この大火に対しては、天皇・皇后より、災者救済のため13,000円の下賜金があり、北条侍従が現地の状況を視察、また、各地よりの義援金は70,098円にのぼり、米、味噌、衣類等の支援物資も多く寄せられています。
 箱館は、大規模火災の多く起きたところで、明治時代以降で10回に及びますが、一般に「函館大火」と呼ばれるのは、最も被害の大きかった、昭和9年箱館大火(死者2,054名、焼失10,176戸)のこととされてきました。

〇「北海タイムス」明治40年8月30日付記事

「丁度火事の當日は畜産共進會やら競馬やらで函館全市近来無比の大賑わひの最中で、中にも競馬に關係ある函館資産家の多数は勝祝ひやら負祝ひやらで各料理店とも笛や太鼓の大陽氣な眞最中、ソレ火事だといふが早いか今の時まで臥牛山下の平穏無事な陽氣な天地は、一瞬時にして忽ち阿鼻叫喚の焦熱地獄を演出して、時間から云へば僅かに三四時間ならぬ間に日本五港の一たる函館港を全滅に近きまで焼き盡した。今度の火事は實に安政の地震の時に江戸市中を燒き沸つたといふ江戸大火以來の大火かと思われます。」

〇明治時代以降の函館における大火一覧(焼失1,000戸以上で、戦火によるものを除く)

・1871年(明治4年9月12日)10月27日 明治4年箱館大火「切見世火事」(焼失1,123戸)
・1873年(明治6年)3月22日 明治6年箱館大火「家根屋火事」(死者5名、焼失1,314戸)
・1879年(明治12年)12月6日 明治12年箱館大火(焼死者多数、2,326戸)
・1896年(明治29年)8月26日 明治29年箱館大火「テコ婆火事」(焼失2,280戸)
・1899年(明治32年)9月15日 明治32年箱館大火(焼失2,494戸)
・1907年(明治40年)8月25日 明治40年箱館大火(焼失8,977戸)
・1913年(大正2年)5月4日 大正2年箱館大火(焼失1,532戸)
・1916年(大正5年)8月2日 大正5年箱館大火(焼失1,763戸)
・1921年(大正10年)4月14日 大正10年箱館大火(焼失2,141戸)
・1934年(昭和9年)3月21日 昭和9年箱館大火(死者2,054名、焼失10,176戸)

☆明治・大正時代の大火一覧(焼失1,000戸以上で、戦火・地震によるものを除く)

・1871年(明治4)9月12日 函館の「切見世火事」(焼失1,123戸)
・1872年(明治5)2月26日 東京の銀座大火(焼失4,879戸)
・1873年(明治6)3月22日 函館の「家根屋火災」(焼失1,314戸)
・1873年(明治6)3月22日~23日 横浜の「相生町の大火」(重軽傷者20余名、焼失1,577戸)
・1874年(明治7)4月27日 浜松明治7年の大火「小野組火事」(焼失家数1,318軒)
・1875年(明治8)4月24日 飛騨高山明治8年の大火(死亡者1名、焼失1,032戸)
・1879年(明治12)1月26日~27日 高崎明治13年の大火(消失2,500余戸)
・1879年(明治12)3月3日 高岡明治12年の大火(焼失2,000余戸)
・1879年(明治12)12月6日 明治12年函館大火(焼失2,326戸)
・1879年(明治12)12月26日 東京の日本橋大火(全焼10,613戸)
・1880年(明治13)5月15日 弘前明治13年の大火(焼失1,000余戸)
・1880年(明治13)5月21日 三条の大火「糸屋万平火事」(死者34名、焼失2,743戸)
・1880年(明治13)8月7日 新潟明治13年の大火(死者3名、負傷名37名、焼失6,175戸)
・1880年(明治13)12月24日 明治13年大阪南の大火「島の内出火」(死者8名、負傷者350~60名、焼失3,388戸)
・1881年(明治14)1月26日 東京の神田の大火(全焼10,673戸)
・1881年(明治14)2月11日 東京の神田区の大火(全焼7,751戸)
・1881年(明治14)4月25日 福島明治の大火「甚兵衛火事」(死者7名、焼失1,785戸)
・1882年(明治15)5月15日 富山県氷見明治の大火(焼失1,600余戸)
・1884年(明治17)5月13日 水戸明治17年「下市の大火」(焼失1,200余戸)
・1884年(明治17)11月7日~8日 盛岡明治17年の大火(焼失1,432戸)
・1885年(明治18)5月31日~6月1日 富山明治18年の大火「安田焼」(死者9名、焼失5,925戸) 
・1886年(明治19)4月30日~5月1日 秋田明治19年の大火「俵屋火事」(死者17名、負傷者186名、焼失3,554戸) 
・1886年(明治19)12月30日 水戸明治19年「上市の大火」(焼失1,800余戸)
・1888年(明治21)1月4日 松本明治21年南深志の大火(死者5名、焼失1,553戸)
・1888年(明治21)1月31日 横浜明治21年野毛の放火による大火(重軽傷者数10人、焼失1,121戸)
・1889年(明治22)2月1日~2日 静岡明治22年の大火(焼失1,100余戸) 
・1890年(明治23)2月27日 東京の浅草大火(全焼1,469戸)
・1890年(明治23)9月5日 明治23年大阪大火「新町焼け」(死者1名、軽傷者206名、全焼2,023戸、半焼60戸)
・1893年(明治26)3月17日~18日 川越大火(焼失1,302戸、土蔵60棟焼失)
・1893年(明治26)3月29日~30日 松阪明治の大火(焼失1,460戸)
・1894年(明治27)5月26日 山形明治27年「市南の大火」(死者15名、負傷者69名、焼失1,284戸) 
・1895年(明治28)4月29日 石川県七尾の大火(焼失1,000余戸)
・1895年(明治28)6月2日~3日 新潟県新発田明治28年の大火(死者4名、負傷者24名、焼失2,410戸)
・1895年(明治28)10月3日 根室明治28年の大火(焼失1,334戸)
・1896年(明治29)4月13日~14日 福井県勝山町明治29年の大火(死者5名、負傷者2名、焼失1,124戸) 
・1896年(明治29)8月26日 函館の「テコ婆火事」(焼失2,280戸)
・1897年(明治30)4月3日 柏崎明治30年の大火「日野屋火事」(焼失1,230戸)
・1897年(明治30)4月22日 八王子大火(死者42名、焼失3,500余戸)
・1898年(明治31)3月23日 東京の本郷大火(死者2名、負傷者42名、焼失1,478戸)
・1898年(明治31)6月4日 直江津(上越市)明治31年の大火「八幡火事」(焼失1,595戸)
・1899年(明治32)8月12日 富山明治32年の大火「熊安焼」(全焼4,697戸、半焼9戸) 
・1899年(明治32)8月12日~13日 横浜明治32年の大火(死者14名、全焼3,124、半焼49戸)
・1899年(明治32)9月15日 明治32年函館大火(焼失2,294戸)
・1900年(明治33)4月18日 福井「橋南大火」(死者11名、負傷者131名、全焼1891軒、半焼3軒)
・1900年(明治33)6月27日 高岡明治33年の大火(死者7名、負傷者46名、全焼3,589戸、半焼25戸)
・1902年(明治35)3月30日 福井明治35年「橋北の大火」(焼失3,309戸)
・1903年(明治36)4月13日 福井県武生町明治の大火(死者7名、重傷者2名、全焼1,057戸)  
・1904年(明治37)5月8日 小樽明治37年「稲穂町の火事」(焼失2,481戸)
・1906年(明治39)7月11日 直江津町(上越市)明治39年の大火「ながさ火事」(焼失1,041戸)  
・1907年(明治40)8月25日 明治40年函館大火(死者8名、負傷者1,000名、焼失12,390戸)
・1908年(明治41)3月8日 新潟明治41年3月の大火(焼失1,198戸)
・1908年(明治41)9月4日 新潟明治41年再度の大火(全焼2,071戸、半焼18戸)
・1909年(明治42)7月31日~8月1日 大阪明治42年「北の大火」(焼失11,365戸)
・1910年(明治43)4月16日 輪島町の大火(全焼1,055軒、半焼15軒)    
・1910年(明治43)5月3日~4日 明治43年青森大火(死者26名、負傷者163名、焼失7,519戸、半焼5戸)
・1911年(明治44)4月9日 東京の吉原大火(全焼6,189戸、半焼69戸)
・1911年(明治44)5月8日 山形明治44年「市北の大火」(全焼1,340戸)
・1911年(明治44)5月16日 小樽明治44年の大火(焼失1,251戸)
・1912年(明治45)1月16日 大阪明治45年「南の大火」(死者4名、全焼4,750戸、半焼等29戸)   
・1912年(明治45)3月21日 東京の州崎大火(全焼1,149戸、半焼11戸)
・1912年(明治45)4月22日 松本明治「北深志の大火」(死者5名、焼失1,341戸)
・1914年(大正3)2月20日 東京神田大正2年三崎町の大火(全焼2,376戸、半焼54戸)
・1917年(大正6)5月22日 米沢大火(死者11名、焼失3,325棟)
・1919年(大正8)5月19日 米沢大火(死者1名、焼失1,385棟)
・1924年(大正13)5月21日 八戸大火(死者4名、被災戸数1,393棟)
・1925年(大正14)3月18日  大正日暮里大火(全半焼約2,100戸)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1498年(明応7)東海道沖で明応地震が起きる(新暦9月20日)詳細
1543年(天文12)ポルトガル船が種子島に漂着し、日本に鉄砲伝来する(新暦9月23日)詳細
1648年(慶安元)儒者・日本陽明学の祖中江藤樹の命日(新暦10月11日)詳細
1757年(宝暦7)柄井川柳が最初の川柳評万句合を行った日(川柳発祥の日)です(新暦10月7日)詳細
1922年(大正12)日本最大の分水工事である信濃川の大河津分水工事が完成し、通水する詳細
1931年(昭和6)東京飛行場(現在の東京国際空港)が開港する詳細
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