ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

タグ:世界遺産

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 今日は、室町時代の1450年(宝徳2)に、細川勝元が京都に龍安寺を創建した日ですが、新暦では7月10日となります。
 龍安寺(りゅうあんじ)は、京都府京都市右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院です。室町時代の1450年(宝徳2)に、細川勝元が譲り受けた山荘敷地内に、妙心寺の義天玄詔を招いて創建しました。
 しかし、1468年(応仁2)に応仁の乱で焼失し、1488年(長享2)に勝元の子・細川政元が再建に着手、政元と四世住持・特芳禅傑によって再興され、1499年(明応8)に方丈が上棟されます。有名な石庭は、戦国時代(1500年頃)の作庭と伝えられていますが、1797年(寛政9)に火災で食堂、方丈、開山堂、仏殿など主要伽藍が焼失しました。
 明治維新後の廃仏毀釈で衰退し、1895年(明治28)には、狩野派の手による方丈の襖絵90面が他の寺院に売却されています。また、1929年(昭和4)に火災により一部を焼失し、1951年(昭和26)に、京都府一帯を襲った集中豪雨により裏山が崩壊、濁水が石庭に流れ込み赤土に覆われる被害が出たものの、復興され、1954年(昭和29)には、「竜安寺方丈庭園」として、国の特別名勝となりました。
 この庭は、日本の伝統的な禅寺様式の枯山水庭園で、水も木も草もなく、掃き清められた砂の上に、いくつかの石が配置されていて、単純な中に奥深さがあります。その後、1977年(昭和52)に昭堂(開山堂)が建立され、1981年(昭和56)には、仏殿が再建されました。
 尚、1994年(平成6)には「古都京都の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)にも登録されています。

〇龍安寺関係略年表

・平安時代末 藤原北家の流れを汲む徳大寺実能が同地を山荘とする
・1450年(宝徳2) 山荘を譲り受けた細川勝元が、敷地内に妙心寺の義天玄詔を招いて創建する
・1468年(応仁2) 応仁の乱で焼失する
・1488年(長享2) 勝元の子・細川政元が再建に着手、政元と四世住持・特芳禅傑によって再興される
・1499年(明応8) 方丈が上棟される
・1797年(寛政9) 火災で食堂、方丈、開山堂、仏殿など主要伽藍が焼失する
・1895年(明治28) 狩野派の手による方丈の襖絵90面が他の寺院に売却される
・1929年(昭和4) 火災により一部を焼失する
・1951年(昭和26)7月11日 京都府一帯を襲った集中豪雨により裏山が崩壊、濁水が石庭に流れ込み赤土に覆われる被害が出る
・1954年(昭和29) 方丈庭園が国の特別名勝となる
・1975年(昭和50)5月10日 イギリスの女王エリザベス2世とエディンバラ公フィリップが日本を公式訪問した折、方丈庭園(石庭)に立ち寄る
・1977年(昭和52) 昭堂(開山堂)が建立される
・1981年(昭和56) 仏殿が再建される
・1994年(平成6) 「古都京都の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)に登録される
・2010年(平成22) 所在不明となっていた襖絵のうち「群仙図」4面と「琴棋書画図」2面がアメリカのニューヨークでオークションに出品され、龍安寺が買い戻す
・2018年(平成30) 所在不明となっていた襖絵のうち「芭蕉図」9面を、静岡県のコレクターを経て、龍安寺が買い戻す

☆細川 勝元(ほそかわ かつもと)とは?

 武将・守護大名・室町幕府管領です。室町時代の1430年(永享2)に守護大名で第14代室町幕府管領となった細川持之の嫡男(母は京極高光の娘)として生まれましたが、幼名は聡明丸と言いました。
 1442年(嘉吉2)の13歳の時、父・持之が亡くなり、細川家宗家・京兆家当主となり、摂津、丹波、讃岐、土佐の守護を兼任、従五位下右京大夫に叙任され、7代将軍足利義勝の名を一字を賜り、勝元と名乗ります。幼少のため叔父細川持賢がこれを後見し、1445年(文安2)の16歳の時、畠山持国(徳本)に代わって、室町幕府の第16代管領に就任しました。
 同年に近江で反乱を起こした六角時綱を時綱の弟久頼と京極持清に鎮圧させ、1447年(文安4)には、調和を図って山名持豊(宗全)の養女を正室に迎えています。1449年(文安6)に従四位下に昇叙、武蔵守を兼任しましたが、同年に管領を辞任し、畠山持国に替わりました。
 一方、禅に傾倒し、1450年(宝徳2)に京都に竜安寺、1452年(享徳元)に丹波に竜興寺を創建しています。1452年(享徳元)に幕府の管領に再度就任し、翌年に伊予守護職問題に介入、1455年(享徳4)には一時伊予守護を兼任しました。
 持豊と結び、1460年(寛正元)に畠山義就を失脚させたりしたものの、赤松家再興問題で持豊と対立するようになり、1464年(寛正5)には、再び管領を辞任し、弟の政長と交替します。1466年(文正元)に実子政元の誕生後、養子の豊久(山名持豊の子)を廃嫡して仏門に入れたり、足利義政と正室の日野富子に息子の義尚が誕生して足利将軍家でも将軍後継者をめぐって争いが始まりました。
 将軍家の跡目を巡って勝元が足利義視を、持豊が足利義尚を支援したことは、1467年(応仁元)に応仁の乱が起こる一因となります。将軍足利義政をはじめ後土御門天皇、後花園天皇を奉じ、主に京都東北に陣取り、十余万の兵を率いる東軍総帥となり、持豊の率いる西軍と戦いました。
 翌年に三度目の管領に就任しましたが、戦いは全国規模の長期戦となり、膠着状態が続き、1473年(文明5)の3月に山名持豊(宗全)が病死する中、同年5月11日に、陣中において、数え年44歳で亡くなっています。尚、和歌・書画・鷹狩・犬追物などを好み、医学に通じ医書『霊蘭集』を著すなど、多方面に長けていました。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1180年(治承4)平清盛が遷都を目指して福原(現在の神戸市)への行幸(福原遷都)を決行する(新暦6月26日)詳細
1582年(天正10)京都の本能寺の変で、織田信長が明智光秀に攻められ、自刃する詳細
1615年(慶長20)画家・海北派の祖海北友松の命日(新暦6月27日)詳細
1716年(享保元)画家・工芸家尾形光琳の命日(新暦7月20日)詳細
1743年(寛保3)陶工・絵師尾形乾山の命日(新暦7月22日)詳細
1859年(安政6)前年締結の「日米修好通商条約」により、横浜・長崎が開港される(新暦7月1日)詳細
1907年(明治40)愛媛県の別子銅山で運搬夫の指導者山田豊次郎が解雇され、別子銅山争議(別子暴動)が始まる詳細
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 今日は、飛鳥時代の670年(天智天皇9)に、法隆寺が落雷により全焼した日です。
 法隆寺(ほうりゅうじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町にある聖徳宗の総本山(元は法相宗)で、正式名称は法隆学問寺と言い、推古天皇・聖徳太子創建の七ヵ寺の一つで、南都七大寺の一つでもあります。飛鳥時代に聖徳太子が用明天皇の遺志を継ぎ、薬師三尊像を安置したのに始まり、創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から607年(推古天皇15)とされますが、670年(天智天皇9)に落雷によって全焼し、7世紀後半に再建されました。
 金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられ、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設で、境内の広さは約18万7千㎡です。西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群で、そこには、金剛力士立像、金堂の釈迦三尊、五重塔の塑像群などがあり、東院伽藍には、夢殿の救世観音、大宝蔵殿の百済観音、夢違観音、玉虫厨子、橘夫人念持仏厨子、百万塔陀羅尼などがあり、全体で38件もの国宝と151件の国の重要文化財が残されてきました。
 残念ながら、金堂の壁画は1949年(昭和24)の火災で損傷したものの、のち復元されています。また、1934年(昭和9)に法隆寺国宝保存事業の開始と共に、次々と根本的修理が行われ、1954年(昭和29)の金堂の修理落成でほぼ終了しました。
 尚、1993年(平成5)には、法起寺と共に、「法隆寺地域の仏教建造物」として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。

〇法隆寺関係略年表(明治5年以前の日付は旧暦です)

・574年(敏達3年) 聖徳大子が生まれる
・586年(用明元年) 聖徳太子が法隆寺および薬師仏の造立を発願する
・607年(推古15年) 法隆寺が完成し、用明天皇のために金堂薬師如来像を造願する
・622年(推古30年2月22日) 聖徳太子が亡くなり、橘大郎女が聖徳太子のために、天寿国曼荼羅繍帳を作成する
・623年(推古31年) 止利仏師により金堂釈迦三尊像が完成する
・643年(皇極2年11月) 蘇我入鹿が、聖徳太子の皇子山背大兄王らを斑鳩宮に襲い、山背大兄王ら一族25人が自害し、聖徳太子の血族である上宮王家が滅亡する
・670年(天智9年4月30日) 夜半に法隆寺が全焼する
・708年(和銅元年) 詔により法隆寺を再建する
・711年(和銅4年) 五重塔内塑像および中門金剛力士像を造る
・737年(天平9年) 行信が聖徳太子の遺品を集める
・739年(天平11年4月10日) 行信、上宮王院(東院)夢殿を造立する
・767年(神護景雲元年9月5日) 行信発願の大般若経など2,700巻の写経事業が、法資孝仁によって完成する
・859年(貞観元年9月19日) 道詮奏上して夢殿を修理する
・1023年(治安3年10月26日) 藤原道長、法隆寺および上宮王院に参詣する
・1069年(治暦5年2月5日) 仏師僧円快、秦到真、聖徳太子像を造る
・1114年(永久2年) 勝賢、法隆寺一切経写経事業を発願する
・1118年(元永元年) 写経事業が完成する
・1121年(保安2年) 東室を新造、南面を改造して聖霊院とし、院内に聖徳太子および侍者像5体を奉安する
・1126年(大治元年7月19日) 源義、開浦三昧堂を改めて三経院を造立する
・1261年(弘長元年9月4日) 後嵯峨太上天皇、行幸する
・1574年(天正2年正月) 織田信長、法隆寺境内へ陣取などを禁止する掟を作る
・1600年(慶長5年) 豊臣秀頼が、この頃から法隆寺全伽藍の修理を開始する
・1606年(慶長11年) 豊臣秀頼による法隆寺全伽藍を修理が完了する
・1614年(慶長19年10月16日) 徳川家康、大阪冬の陣に赴く途上、法隆寺で太子尊像を拝し、阿弥陀院で一泊する
・1868年(明治元年3月) 「神仏分離令」により、廃仏棄釈運動が起こる
・1878年(明治11年) 300件余の宝物を当時の皇室に献納し、金一万円を下賜される
・1884年(明治17年) フェノロサ、岡倉覚三(天心)らにより法隆寺の宝物調査が行われ、夢殿の救世観音像がこの時数百年ぶりに開扉される(異説あり)
・1903年(明治36年) 佐伯定胤が管主となり、廃仏毀釈で衰微していた唯識の教えを復興する
・1934年(昭和9年) 「昭和の大修理」が開始される
・1939年(昭和14年) 「若草伽藍」を発掘する
・1944年(昭和19年) 太平洋戦争下の爆撃から守るため、解体していた部材を安堵村(現・安堵町)などに疎開させる
・1947年(昭和22年) 復元中に天井板部材に建築当時の落書きがあることを発見する
・1949年(昭和24年)1月26日 金堂より失火し、壁画を焼損する
・1950年(昭和25年) 法相宗を離脱し、聖徳宗を開く
・1951年(昭和26年)6月9日、法隆寺境内、史跡に指定される。
・1954年(昭和29年) 「昭和の大修理」が金堂の修理落成でほぼ終了する
・1967年(昭和42年)10月20日 法隆寺境内が、歴史的特別保存地区に指定される
・1969年(昭和44年)4月 金堂内陣上部小壁天人壁画再現事業を開始。
・1971年(昭和46年)3月31日 金堂内陣上部小壁再現事業完成。4月2日~4日の3日間、聖徳太子1350年御聖諱法要が厳修される。
・1985年(昭和60年)6月30日 昭和の大修理完成し、法隆寺昭和大修理完成法要が厳修される
・1993年(平成5年)12月9日 「法隆寺地域の仏教建造物」として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録される
・2013年(平成25年)12月9日 大規模自然災害時には寺を緊急避難場所に開放する協定を斑鳩町と締結し、境内の南大門前広場や聖徳会館を避難場所として提供する
・2015年(平成27年)11月11日 1949年の火災で焼失した金堂壁画について、文化庁などと共同で総合的な科学調査を実施すると発表される
・2023年(令和5年)9月7日 斑鳩町教育委員会が、「舟塚古墳」と呼称していた観光バス駐車場にある円形の植え込みで、奈良大学との共同発掘調査にて石室と副葬品を発見したと報じられる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1183年(文治5)源義経追捕の宣旨により藤原泰衡が衣川の館を襲い、源義経が自害する(新暦6月15日)詳細
1358年(正平13)室町幕府初代将軍足利尊氏の命日(新暦6月7日)詳細
1886年(明治19)秋田県で秋田大火(俵屋火事)が起き、死者17名、負傷者186名、焼失戸数3,554戸を出す詳細
1926年(大正15)小説家河野多惠子の誕生日詳細
1942年(昭和17)第21回衆議院議員総選挙(翼賛選挙)の投票で、翼賛政治体制協議会推薦者が381議席を占める詳細
1950年(昭和25)「図書館法」が公布される(図書館記念日)詳細
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 今日は、平安時代中期の1053年(永承9)に、藤原頼通による宇治平等院阿弥陀堂(鳳凰堂)が完成した日ですが、新暦では3月26日となります。
 宇治平等院(うじびょうどういん)は、京都府宇治市宇治蓮華にある天台宗・浄土宗系の単立寺院で、山号は朝日山とされてきました。藤原道長の別荘であったものを1052年(永承7)に、その子頼通が寺に改め、翌年に阿弥陀堂(鳳凰堂)を建立したもので、本尊は、定朝作の丈六の阿弥陀如来坐像(国宝)です。
 平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、1994年(平成6)には、「古都京都の文化財」の一つとして、世界遺産(文化遺産)に登録されました。とりわけ、中心的な建造物である鳳凰堂(国宝)は、平安時代後期を代表する現存建築物で、堂内の木造阿弥陀如来坐像、木造雲中供養菩薩像、鳳凰堂中堂壁扉画と浄土式庭園と共に、西方極楽浄土と阿弥陀如来の世界を再現しているものと言われ、当時の宗教観を知る上にも重要なところです。また、鳳凰堂を中心にして周囲に池を巡らせた庭園は国史跡・国名勝に指定されてきました。

〇宇治平等院の文化財一覧

<国宝>
・平等院鳳凰堂 4棟(中堂 1棟、両翼廊 2棟、尾廊 1棟)
・木造阿弥陀如来坐像
・木造雲中供養菩薩像 52躯
・鳳凰堂中堂壁扉画(板絵著色) 14面 附:九品来迎図 扉画(上品上生)2面
・木造天蓋 1具
・鳳凰(鳳凰堂中堂旧棟飾) 1対
・梵鐘

<国の重要文化財>
・観音堂
・木造十一面観音立像
・養林庵書院 - 塔頭浄土院所有

<国の史跡・名勝>
・平等院庭園 - 浄土式庭園

<京都府指定有形文化財>
・平等院修造勧進状 1巻 - 塔頭浄土院所有
・平等院旧起 1巻 - 塔頭浄土院所有

<京都府指定名勝>
・養林庵書院庭園 - 塔頭浄土院所有

<宇治市指定有形文化財>
・木造地蔵菩薩立像
・木造不動明王立像及二童子像
・浄土院羅漢堂 - 塔頭浄土院所有
・養林庵書院障壁画 13面 - 塔頭浄土院所有
・木造帝釈天立像 - 塔頭浄土院所有
・木造阿弥陀如来立像 - 塔頭浄土院所有
・和漢朗詠集巻下断簡(平等院切)(禁中・古京) 1幅 - 塔頭浄土院所有
・平等院境内古図 2幅 - 塔頭最勝院所有

☆藤原頼通(ふじわら の よりみち)とは?

 平安時代の公卿・歌人です。平安時代中期の992年(正暦3年1月)に、京都において、摂政・関白・太政大臣だった、父・藤原道長の嫡男(母は左大臣源雅信の娘倫子)として生まれましたが、幼名は田鶴(たづ)と言いました。
 1003年(長保5)に元服し、正五位下に叙位、昇殿と禁色を許され、侍従に任官します。翌年には、従四位下に昇叙し、近江介を兼任、春日祭使(藤原氏の氏社奈良の春日社の大祭に朝廷から派遣される使者)に選ばれました。
 1006年 (寛弘3) に従三位、1009年(寛弘6)に権中納言、1011年(寛弘8)に正二位、1013年(長和2)に権大納言、1015年(長和4)に左近衛大将と順調に昇叙・任官します。同年に内大臣となり、後一条天皇の摂政を父・道長から譲られ、藤原氏長者ともなり、1019年(寛仁3)には関白宣下されました。
 1021年(治安元)に居邸高陽院を壮麗に造営して世の耳目を集め、1021年(治安元)に従一位に昇叙し、左大臣に転任します。1024年(万寿元)に高陽院において競馬を催したりしますが、1028年(万寿4)には、父・道長が亡くなりました。
 1035年(長元8)に関白左大臣頼通歌合を開催、1037年(長暦元)に養女嫄子(げんし)が後朱雀天皇に入内、1051年(永承6)には、平親王の女との間に生まれた寛子(かんし)が後冷泉天皇の皇后となり、天皇との姻戚関係を強め、藤原氏全盛時代を築きます。一方で、1040年(長久元)、1045年(寛徳2)、1055年(天喜3)に「荘園整理令」に着手したものの、権門擁護策に終わりました。
 後一条天皇、後朱雀天皇、後冷泉天皇の3代、50余年に渡って、摂政あるいは関白の座を占め、女子を天皇の後宮にいれて、外孫皇子の誕生を期待しましたが、その誕生がないままとなります。1061年(康平4)に太政大臣まで上り詰めたものの、翌年には辞し、1064年(康平7)に藤原氏長者も辞め、1067年(治暦3)には関白も辞し、准三宮を宣下されました。
 翌年には、170年ぶりに藤原氏を外戚としない後三条天皇が即位し、1072年(延久4)には、出家し法名を蓮華覚、のち、寂覚とします。1052年(永承8)に宇治の別荘を宇治平等院鳳凰堂として建立していましたが、そこに隠遁し、1074年(延久6年2月2日)に宇治において、数え年83歳で亡くなりました。
 尚、歌人としても知られ、歌壇の後援者として大きな存在で、私家集の集成や歌合類聚事業など、和歌史上の功績も大きく、『後拾遺和歌集』初出後、勅撰集入集は15首にも及んでいます。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1697年(元禄10)国学者・歌人賀茂真淵の誕生日(新暦4月24日)詳細
1774年(安永3)前野良沢・杉田玄白らによって、『解体新書』が刊行される(新暦4月18日)詳細
1806年(文化3)江戸三大大火の一つ、文化の大火が起きる(新暦4月22日)詳細
1869年(明治2)明治政府が貨幣を円形として鋳造する円貨の制度を定める(新暦4月15日)詳細
1952年(昭和27)1952年十勝沖地震(M8.2)が起こり、津波によって死者行方不明者33名を出す詳細
1972年(昭和47)「日米渡り鳥条約」が締結(1979年9月19日発効)される詳細
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 今日は、平成時代の1994年(平成6)に、京都府(京都市・宇治市)、滋賀県大津市の「古都京都の文化財」が世界遺産(文化遺産)に登録された日です。
 「古都京都の文化財」(こときょうとのぶんかざい)は、京都府(京都市・宇治市)、滋賀県大津市の2府県3市に点在する17件[賀茂別雷神社(上賀茂神社)、賀茂御祖神社(下鴨神社)、教王護国寺(東寺)、清水寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺(別称・御室御所)、平等院、宇治上神社、高山寺、西芳寺(別称・苔寺)、天龍寺、鹿苑寺(相国寺塔頭、別称・金閣寺)、慈照寺(相国寺塔頭、別称・銀閣寺)、龍安寺(妙心寺塔頭)、西本願寺(本願寺)、二条城]から構成されるユネスコの世界遺産(文化遺産)で、日本では5件目として登録されました。
 古都京都は、桓武天皇が、794年(延暦13)の平安京遷都によって都市の基盤ができ、1,000年以上に渡って、文化・経済・政治の中心として繁栄します。そのために、平安時代~江戸時代に至る各時代の文化的背景を伝える貴重な建物や庭園が数多く残されてきました。
 首都として栄え、文化、宗教、産業などの面で先進性を保っていたことを今日まで伝える、貴重な建造物群や庭園などがその歴史的価値を認められ、世界遺産に登録されたのです。

〇世界遺産とは?

 昭和時代後期の1972年(昭和47)のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて世界遺産リストに登録された、遺跡、景観、自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つ物件のことです。移動が不可能な不動産やそれに準ずるものが対象となっていて、文化遺産、自然遺産、複合遺産の3つの種類がありました。
 文化遺産は、顕著な普遍的価値を有する記念物、建造物群、遺跡、文科的景観などで、自然遺産は、顕著な普遍的価値を有する地形や地質、生態系、絶滅のおそれのある動植物の生態・生育地などで、複合遺産は、文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ね備えているものとなっています。世界遺産リストに登録されるためには、「世界遺産条約履行のための作業指針」で示されている下記の登録基準のいずれか1つ以上に合致するとともに、真実性(オーセンティシティ)や完全性(インテグリティ)の条件を満たし、締約国の国内法によって、適切な保護管理体制がとられていることが必要とされてきました。
 日本では、1993年(平成5)12月9日に、自然遺産として、屋久島(鹿児島県)と白神山地(青森県、秋田県)、文化遺産として、「法隆寺地域の仏教建造物」(奈良県生駒郡斑鳩町)と「姫路城」(兵庫県姫路市)の4件が登録されたのを最初として、順次増やされていき、2021年末現在で25件(文化遺産:20件、自然遺産:5件)が登録されています。

☆日本の世界遺産一覧(25件)

<文化遺産> 
・法隆寺地域の仏教建造物(奈良県生駒郡斑鳩町) 登録基準①②④⑥―1993年(平成5)12月登録 
【構成遺産】法隆寺、法起寺 
・姫路城(兵庫県姫路市) 登録基準①④―1993年(平成5)12月登録 
【構成遺産】姫路城 
・古都京都の文化財(京都府、滋賀県)登録基準②④―1994年(平成6)12月登録 
【構成遺産】賀茂別雷神社(上賀茂神社)、賀茂御祖神社(下鴨神社)、教王護国寺(東寺)、清水寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺(別称・御室御所)、平等院、宇治上神社、高山寺、西芳寺(別称・苔寺)、天龍寺、鹿苑寺(相国寺塔頭、別称・金閣寺)、慈照寺(相国寺塔頭、別称・銀閣寺)、龍安寺(妙心寺塔頭)、西本願寺(本願寺)、二条城 
・白川郷・五箇山の合掌造り集落(富山県、岐阜県)登録基準④⑤―1995年(平成7)12月登録 
【構成遺産】白川郷荻町集落、五箇山相倉集落、五箇山菅沼集落 
・原爆ドーム(広島県広島市) 登録基準⑥―1996年(平成8)12月 
【構成遺産】原爆ドーム 
・厳島神社(広島県廿日市市) 登録基準①②④⑥―1996年(平成8)12月登録 
【構成遺産】厳島神社 
・古都奈良の文化財(奈良県奈良市) 登録基準②③④⑥―1998年(平成10)12月登録 
【構成遺産】東大寺、興福寺、春日大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡、春日山原始林 
・日光の社寺(栃木県日光市) 登録基準①④⑥―1999年(平成11)12月登録 
【構成遺産】日光東照宮、日光二荒山神社(別宮本宮神社、別宮滝尾神社を含む)、日光山輪王寺 
・琉球王国のグスク及び関連遺産群(沖縄県) 登録基準②③⑥―2000年(平成12)12月登録 
【構成遺産】今帰仁城跡、座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽 
・紀伊山地の霊場と参詣道(和歌山県、奈良県、三重県) 登録基準②③④⑥―2004年(平成16)7月登録 
【構成遺産】吉野・大峯(吉野山、吉野水分神社、金峯神社、金峯山寺、吉水神社、大峰山寺)、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、青岸渡寺、那智大滝、那智原始林、補陀洛山寺)、高野山(丹生都比売神社、金剛峯寺、慈尊院、丹生官省符神社)、参詣道(大峯奥駈道、熊野参詣道、高野山町石道) 
・石見銀山遺跡とその文化的景観(島根県大田市) 登録基準②③⑤―2007年(平成19)6月登録 
【構成遺産】銀鉱山跡と鉱山町(銀山柵内、代官所跡、矢滝城跡、矢筈城跡、 石見城跡、大森銀山伝統的重要建造物群保存地区、宮ノ前地区、重要文化財 熊谷家住宅、羅漢寺五百羅漢、佐毘売山神社)、石見銀山街道(鞆ヶ浦道、温泉津沖泊道)、港と港町(鞆ヶ浦、沖泊、温泉津重要伝統的建造物群保存地区)、その他周辺(石見銀山処刑場、千人壷、胴地蔵、人切岩) 
・平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―(岩手県西磐井郡平泉町) 登録基準②⑥―2011年(平成23)6月登録 
【構成遺産】中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山 
・富士山―信仰の対象と芸術の源泉(静岡県、山梨県) 登録基準③⑥―2013年(平成25)6月登録 
【構成遺産】富士山域(山頂の信仰遺跡群、大宮・村山口登山道、須山口登山道、須走口登山道、吉田口登山道、北口本宮冨士浅間神社、西湖、精進湖、本栖湖、青木ヶ原樹海)、富士山本宮浅間大社、山宮浅間神社、村山浅間神社、須山浅間神社、冨士浅間神社(須走浅間神社)、河口浅間神社 、冨士御室浅間神社、御師住宅(旧外川家住宅)、御師住宅(小佐野家住宅)、山中湖、河口湖、忍野八海(出口池)、忍野八海(お釜池)、忍野八海(底抜池)、忍野八海(銚子池)、忍野八海(湧池)、忍野八海(濁池)、忍野八海(鏡池)、忍野八海(菖蒲池)、船津胎内樹型、吉田胎内樹型、人穴富士講遺跡、白糸ノ滝、三保松原 
・富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県) 登録基準②④―2014年(平成26)6月登録 
【構成遺産】富岡製糸場、田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴 
・明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業(山口県、鹿児島県、静岡県、岩手県他) 登録基準②④―2015年(平成27)7月登録 
【構成遺産】萩反射炉・恵美須ヶ鼻造船所跡・大板山たたら製鉄遺跡・萩城下町・松下村塾(山口県萩市)、旧集成館・寺山炭窯跡・関吉の疎水溝(鹿児島県鹿児島市)、韮山反射炉(静岡県伊豆の国市)、橋野鉄鉱山(岩手県釜石市)、三重津海軍所跡(佐賀県佐賀市)、小菅修船場、三菱長崎造船所 第三船渠・長崎造船所 ジャイアントカンチレバークレーン・長崎造船所旧木型場・長崎造船所 占勝閣・高島炭鉱・端島炭鉱・旧グラバー住宅(長崎県長崎市)、三角西(旧)港(熊本県宇城市)、三池炭鉱 三池港(福岡県・熊本県)、官営八幡製鐵所(福岡県北九州市)、遠賀川水源地ポンプ室(福岡県中間市) 
・ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-(東京都台東区) 登録基準①②⑥―2016年(平成28)7月登録 
【構成遺産】国立西洋美術館本館 
・「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群(福岡県宗像市、福津市) 登録基準②③―2017年(平成29)7月登録 
【構成遺産】沖ノ島、小屋島、御門柱、天狗岩、宗像大社沖津宮遙拝所、宗像大社中津宮、宗像大社辺津宮(福岡県宗像市)、新原・奴山古墳群(福岡県福津市)
・長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(長崎県、熊本県) 登録基準③―2018年(平成30)6月登録 
【構成遺産】大浦天主堂・外海の出津集落・外海の大野集落(長崎県長崎市)、原城跡(長崎県南島原市)、黒島の集落(長崎県佐世保市)、平戸島の聖地と集落=安満岳と春日集落・中江ノ島(長崎県平戸市)、野崎島の集落跡(長崎県北松浦郡小値賀町)、頭ヶ島の集落(長崎県南松浦郡新上五島町)、久賀島の集落・奈留島の江上集落(長崎県五島市)、天草の﨑津集落(熊本県天草市) 
・百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群(大阪府) 登録基準③④―2019年(平成31)7月登録
【構成遺産】大仙陵古墳、田出井山古墳、長塚古墳、永山古墳、丸保山古墳、銭塚古墳、大安寺山古墳、竜佐山古墳、収塚古墳、茶山古墳、孫太夫山古墳、菰山塚古墳、七観音古墳、塚廻古墳、銅亀山古墳、源右衛門山古墳(大阪府堺市堺区)、上石津ミサンザイ古墳、寺山南山古墳(大阪府堺市西区)、ニサンザイ古墳、御廟山古墳、いたすけ古墳、旗塚古墳、善右ヱ門山古墳(大阪府堺市北区)、誉田御廟山古墳、墓山古墳、白鳥陵古墳、二ツ塚古墳、峯ヶ塚古墳、向墓山古墳、誉田丸山古墳、西馬塚古墳、栗塚古墳、東馬塚古墳(大阪府羽曳野市)、仲ツ山古墳、岡ミサンザイ古墳、市ノ山古墳、津堂城山古墳、古室山古墳、大鳥塚古墳、はざみ山古墳、鍋塚古墳、浄元寺山古墳、青山古墳、鉢塚古墳、東山古墳、八島塚古墳、中山塚古墳、野中古墳、助太山古墳(大阪府藤井寺市)
・北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道、青森県、岩手県、秋田県) 登録基準③⑤―2021年(令和3)7月登録
【構成遺産】キウス周堤墓群(北海道千歳市)、北黄金貝塚(北海道伊達市)、入江・高砂貝塚(北海道洞爺湖町)、大船遺跡(北海道函館市)、垣ノ島遺跡(北海道函館市)、三内丸山遺跡(青森県青森市)、小牧野遺跡(青森県青森市)、是川遺跡(青森県八戸市)、亀ヶ岡石器時代遺跡(青森県つがる市)、田小屋野貝塚(青森県つがる市)、大森勝山遺跡(青森県弘前市)、二ツ森貝塚(青森県七戸町)、大平山元I遺跡(青森県外ヶ浜町)、御所野遺跡(岩手県一戸町)、大湯環状列石(秋田県鹿角市)、伊勢堂岱遺跡(秋田県北秋田市)

<自然遺産>  
・屋久島(鹿児島県熊毛郡屋久島町) 登録基準⑦⑨―1993年(平成5)12月登録 
・白神山地(青森県、秋田県) 登録基準⑨―1993年(平成5)12月登録 
・知床(北海道) 登録基準⑨⑩―2005年(平成17)7月登録 
・小笠原諸島(東京都小笠原村) 登録基準⑨―2011年(平成23)6月登録
・奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島(鹿児島県、沖縄県) 登録基準⑩―2021年(令和3)7月登録 

(登録基準の内容)
① 人類の創造的才能を表現する傑作。
② ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
③ 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
④ 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
⑤ ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
⑥ 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
⑦ ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
⑧ 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。
⑨ 陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
⑩ 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

827年(天長5)空海が京都九条の教王護国寺(東寺)の東隣に綜芸種智院を創設する(新暦828年1月23日)詳細
1914年(大正3)方城炭鉱(福岡県)で爆発事故があり、死者・行方不明者671人を出す詳細
1937年(昭和12)第一次人民戦線事件で政府が労農派などの関係者446人を一斉逮捕する詳細
1942年(昭和17)大政翼賛会が「海ゆかば」を国歌につぐ国民の歌として各種会合に斉唱するよう通達する詳細
1945年(昭和20)GHQが「宗教指令(神道指令)」(SCAPIN-448)を指令する詳細
1988年(昭和63)俳人・随筆家・鉱山学者山口青邨の命日詳細
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 今日は、平成時代の1995年(平成7)に、白川郷・五箇山の合掌造り集落(岐阜県・富山県)が世界遺産(文化遺産)に登録された日です。
 「白川郷・五箇山の合掌造り集落」(しらかわごう・ごかやまのがっしょうづくりしゅうらく)は、岐阜県大野郡白川村の白川郷と富山県南砺市の五箇山にある合掌造り(がっしょうづくり)の集落群です。白川郷荻町集落、五箇山相倉集落、五箇山菅沼集落で構成されるユネスコの世界遺産(文化遺産)で、1995年(平成7)12月6日に、日本では6件目として登録されました。
 合掌造りは、日本の民家の建築様式の一つで、傾斜が急で大きな茅葺きの切妻屋根を持ち、手を合わせた姿(合掌)をしているのでこの名があります。この民家形式は、白川郷(岐阜県)から五箇山(富山県)にかけて分布し、昔は数十人の家族が住んでいて、屋根裏を三、四層に分けて蚕室に用いて、養蚕をしていました。
 現在、富山県南砺市菅沼と相倉、岐阜県白川村荻町の3つが合掌造りの集落として、重要伝統的建造物群保存地区に指定されて保存処置が講じられています。

〇世界遺産(せかいいさん)とは?

 昭和時代後期の1972年(昭和47)のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて世界遺産リストに登録された、遺跡、景観、自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つ物件のことです。移動が不可能な不動産やそれに準ずるものが対象となっていて、文化遺産、自然遺産、複合遺産の3つの種類がありました。
 文化遺産は、顕著な普遍的価値を有する記念物、建造物群、遺跡、文科的景観などで、自然遺産は、顕著な普遍的価値を有する地形や地質、生態系、絶滅のおそれのある動植物の生態・生育地などで、複合遺産は、文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ね備えているものとなっています。世界遺産リストに登録されるためには、「世界遺産条約履行のための作業指針」で示されている下記の登録基準のいずれか1つ以上に合致するとともに、真実性(オーセンティシティ)や完全性(インテグリティ)の条件を満たし、締約国の国内法によって、適切な保護管理体制がとられていることが必要とされてきました。
 日本では、1993年(平成5)12月9日に、自然遺産として、屋久島(鹿児島県)と白神山地(青森県、秋田県)、文化遺産として、「法隆寺地域の仏教建造物」(奈良県生駒郡斑鳩町)と「姫路城」(兵庫県姫路市)の4件が登録されたのを最初として、順次増やされていき、2021年末現在で25件(文化遺産:20件、自然遺産:5件)が登録されています。

〇日本の世界遺産一覧(25件)

<文化遺産> 
・法隆寺地域の仏教建造物(奈良県生駒郡斑鳩町) 登録基準①②④⑥―1993年(平成5)12月登録 
【構成遺産】法隆寺、法起寺 
・姫路城(兵庫県姫路市) 登録基準①④―1993年(平成5)12月登録 
【構成遺産】姫路城 
・古都京都の文化財(京都府、滋賀県)登録基準②④―1994年(平成6)12月登録 
【構成遺産】賀茂別雷神社(上賀茂神社)、賀茂御祖神社(下鴨神社)、教王護国寺(東寺)、清水寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺(別称・御室御所)、平等院、宇治上神社、高山寺、西芳寺(別称・苔寺)、天龍寺、鹿苑寺(相国寺塔頭、別称・金閣寺)、慈照寺(相国寺塔頭、別称・銀閣寺)、龍安寺(妙心寺塔頭)、西本願寺(本願寺)、二条城 
・白川郷・五箇山の合掌造り集落(富山県、岐阜県)登録基準④⑤―1995年(平成7)12月登録 
【構成遺産】白川郷荻町集落、五箇山相倉集落、五箇山菅沼集落 
・原爆ドーム(広島県広島市) 登録基準⑥―1996年(平成8)12月 
【構成遺産】原爆ドーム 
・厳島神社(広島県廿日市市) 登録基準①②④⑥―1996年(平成8)12月登録 
【構成遺産】厳島神社 
・古都奈良の文化財(奈良県奈良市) 登録基準②③④⑥―1998年(平成10)12月登録 
【構成遺産】東大寺、興福寺、春日大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡、春日山原始林 
・日光の社寺(栃木県日光市) 登録基準①④⑥―1999年(平成11)12月登録 
【構成遺産】日光東照宮、日光二荒山神社(別宮本宮神社、別宮滝尾神社を含む)、日光山輪王寺 
・琉球王国のグスク及び関連遺産群(沖縄県) 登録基準②③⑥―2000年(平成12)12月登録 
【構成遺産】今帰仁城跡、座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽 
・紀伊山地の霊場と参詣道(和歌山県、奈良県、三重県) 登録基準②③④⑥―2004年(平成16)7月登録 
【構成遺産】吉野・大峯(吉野山、吉野水分神社、金峯神社、金峯山寺、吉水神社、大峰山寺)、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、青岸渡寺、那智大滝、那智原始林、補陀洛山寺)、高野山(丹生都比売神社、金剛峯寺、慈尊院、丹生官省符神社)、参詣道(大峯奥駈道、熊野参詣道、高野山町石道) 
・石見銀山遺跡とその文化的景観(島根県大田市) 登録基準②③⑤―2007年(平成19)6月登録 
【構成遺産】銀鉱山跡と鉱山町(銀山柵内、代官所跡、矢滝城跡、矢筈城跡、 石見城跡、大森銀山伝統的重要建造物群保存地区、宮ノ前地区、重要文化財 熊谷家住宅、羅漢寺五百羅漢、佐毘売山神社)、石見銀山街道(鞆ヶ浦道、温泉津沖泊道)、港と港町(鞆ヶ浦、沖泊、温泉津重要伝統的建造物群保存地区)、その他周辺(石見銀山処刑場、千人壷、胴地蔵、人切岩) 
・平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―(岩手県西磐井郡平泉町) 登録基準②⑥―2011年(平成23)6月登録 
【構成遺産】中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山 
・富士山―信仰の対象と芸術の源泉(静岡県、山梨県) 登録基準③⑥―2013年(平成25)6月登録 
【構成遺産】富士山域(山頂の信仰遺跡群、大宮・村山口登山道、須山口登山道、須走口登山道、吉田口登山道、北口本宮冨士浅間神社、西湖、精進湖、本栖湖、青木ヶ原樹海)、富士山本宮浅間大社、山宮浅間神社、村山浅間神社、須山浅間神社、冨士浅間神社(須走浅間神社)、河口浅間神社 、冨士御室浅間神社、御師住宅(旧外川家住宅)、御師住宅(小佐野家住宅)、山中湖、河口湖、忍野八海(出口池)、忍野八海(お釜池)、忍野八海(底抜池)、忍野八海(銚子池)、忍野八海(湧池)、忍野八海(濁池)、忍野八海(鏡池)、忍野八海(菖蒲池)、船津胎内樹型、吉田胎内樹型、人穴富士講遺跡、白糸ノ滝、三保松原 
・富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県) 登録基準②④―2014年(平成26)6月登録 
【構成遺産】富岡製糸場、田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴 
・明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業(山口県、鹿児島県、静岡県、岩手県他) 登録基準②④―2015年(平成27)7月登録 
【構成遺産】萩反射炉・恵美須ヶ鼻造船所跡・大板山たたら製鉄遺跡・萩城下町・松下村塾(山口県萩市)、旧集成館・寺山炭窯跡・関吉の疎水溝(鹿児島県鹿児島市)、韮山反射炉(静岡県伊豆の国市)、橋野鉄鉱山(岩手県釜石市)、三重津海軍所跡(佐賀県佐賀市)、小菅修船場、三菱長崎造船所 第三船渠・長崎造船所 ジャイアントカンチレバークレーン・長崎造船所旧木型場・長崎造船所 占勝閣・高島炭鉱・端島炭鉱・旧グラバー住宅(長崎県長崎市)、三角西(旧)港(熊本県宇城市)、三池炭鉱 三池港(福岡県・熊本県)、官営八幡製鐵所(福岡県北九州市)、遠賀川水源地ポンプ室(福岡県中間市) 
・ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-(東京都台東区) 登録基準①②⑥―2016年(平成28)7月登録 
【構成遺産】国立西洋美術館本館 
・「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群(福岡県宗像市、福津市) 登録基準②③―2017年(平成29)7月登録 
【構成遺産】沖ノ島、小屋島、御門柱、天狗岩、宗像大社沖津宮遙拝所、宗像大社中津宮、宗像大社辺津宮(福岡県宗像市)、新原・奴山古墳群(福岡県福津市)
・長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(長崎県、熊本県) 登録基準③―2018年(平成30)6月登録 
【構成遺産】大浦天主堂・外海の出津集落・外海の大野集落(長崎県長崎市)、原城跡(長崎県南島原市)、黒島の集落(長崎県佐世保市)、平戸島の聖地と集落=安満岳と春日集落・中江ノ島(長崎県平戸市)、野崎島の集落跡(長崎県北松浦郡小値賀町)、頭ヶ島の集落(長崎県南松浦郡新上五島町)、久賀島の集落・奈留島の江上集落(長崎県五島市)、天草の﨑津集落(熊本県天草市) 
・百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群(大阪府) 登録基準③④―2019年(平成31)7月登録
【構成遺産】大仙陵古墳、田出井山古墳、長塚古墳、永山古墳、丸保山古墳、銭塚古墳、大安寺山古墳、竜佐山古墳、収塚古墳、茶山古墳、孫太夫山古墳、菰山塚古墳、七観音古墳、塚廻古墳、銅亀山古墳、源右衛門山古墳(大阪府堺市堺区)、上石津ミサンザイ古墳、寺山南山古墳(大阪府堺市西区)、ニサンザイ古墳、御廟山古墳、いたすけ古墳、旗塚古墳、善右ヱ門山古墳(大阪府堺市北区)、誉田御廟山古墳、墓山古墳、白鳥陵古墳、二ツ塚古墳、峯ヶ塚古墳、向墓山古墳、誉田丸山古墳、西馬塚古墳、栗塚古墳、東馬塚古墳(大阪府羽曳野市)、仲ツ山古墳、岡ミサンザイ古墳、市ノ山古墳、津堂城山古墳、古室山古墳、大鳥塚古墳、はざみ山古墳、鍋塚古墳、浄元寺山古墳、青山古墳、鉢塚古墳、東山古墳、八島塚古墳、中山塚古墳、野中古墳、助太山古墳(大阪府藤井寺市)
・北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道、青森県、岩手県、秋田県) 登録基準③⑤―2021年(令和3)7月登録
【構成遺産】キウス周堤墓群(北海道千歳市)、北黄金貝塚(北海道伊達市)、入江・高砂貝塚(北海道洞爺湖町)、大船遺跡(北海道函館市)、垣ノ島遺跡(北海道函館市)、三内丸山遺跡(青森県青森市)、小牧野遺跡(青森県青森市)、是川遺跡(青森県八戸市)、亀ヶ岡石器時代遺跡(青森県つがる市)、田小屋野貝塚(青森県つがる市)、大森勝山遺跡(青森県弘前市)、二ツ森貝塚(青森県七戸町)、大平山元I遺跡(青森県外ヶ浜町)、御所野遺跡(岩手県一戸町)、大湯環状列石(秋田県鹿角市)、伊勢堂岱遺跡(秋田県北秋田市)

<自然遺産>  
・屋久島(鹿児島県熊毛郡屋久島町) 登録基準⑦⑨―1993年(平成5)12月登録 
・白神山地(青森県、秋田県) 登録基準⑨―1993年(平成5)12月登録 
・知床(北海道) 登録基準⑨⑩―2005年(平成17)7月登録 
・小笠原諸島(東京都小笠原村) 登録基準⑨―2011年(平成23)6月登録
・奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島(鹿児島県、沖縄県) 登録基準⑩―2021年(令和3)7月登録 

(登録基準の内容)
① 人類の創造的才能を表現する傑作。
② ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
③ 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
④ 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
⑤ ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
⑥ 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
⑦ ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
⑧ 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。
⑨ 陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
⑩ 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

721年(養老5)第43代の天皇とされる元明天皇の命日(新暦12月29日)詳細
1367年(正平22/貞治6)室町幕府第2代将軍足利義詮の命日(新暦12月28日)詳細
1867年(慶応3)神戸港が外国船に向けて開港した日(神戸開港記念日)です(新暦1868年1月1日)詳細
1944年(昭和19)昭和東南海地震(M7.9)が起き、死者1,223人を出す詳細
1948年(昭和23)警視庁が昭和電工事件で、芦田均前首相を逮捕する詳細
2001年(平成13)「文化芸術振興基本法」(平成13年法律第148号)が公布・施行される詳細
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