ガウスの歴史を巡るブログ(その日にあった過去の出来事)

 学生時代からの大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。その中でいろいろと歴史に関わる所を巡ってきましたが、日々に関わる歴史上の出来事や感想を紹介します。Yahooブログ閉鎖に伴い、こちらに移動しました。

カテゴリ: 昭和時代

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 今日は、昭和時代後期の1967年(昭和42)に、生活保護処分に関する朝日訴訟の最高裁大法廷判決が出されて、訴訟が終結した日です。
 朝日訴訟(あさひそしょう)は、昭和時代中期の1957年(昭和32)に、重度の結核で国立岡山療養所に長期入院していた朝日茂が、「生活保護法」に基づく保護基準が、「日本国憲法」第25条で規定している「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(生存権)を侵害するとして、厚生大臣を訴えた行政訴訟です。その後、1960年(昭和35)10月19日の一審判決では原告朝日茂の全面勝訴となり、大きな社会的関心を呼びました。
 これに対し国側が控訴し、1963年(昭和38)11月4日の二審判決は、日用品費月600円はすこぶる低いが違法でないとして厚生大臣の勝訴となります。被控訴人は、不服として上告しましたが、もなく本人が死亡しました。
 そこで、養子の健二・君子夫妻が訴訟を承継して争いましたが、1967年(昭和42)5月24日の最高裁判所判決は、「本件訴訟は上告人の死亡によって終了した」として訴訟終了を宣しただけでなく、多数意見傍論は、最低生活をどう定めるかについては厚生大臣に広範な裁量権があるとします。これら一連の訴訟は10年にわたり、「人間裁判」と称され、その後の日本の社会保障制度のあり方にも多大な影響を与えました。

〇朝日訴訟関係略年表

・1956年(昭和31) 岡山県津山市の福祉事務所は、原告の兄に対し月1,500円の仕送りを命じ、岡山県知事に不服申立てを行ったが却下され、次いで厚生大臣に不服申立てを行うも、厚生大臣もこれを却下する
・1957年(昭和32) 国立岡山療養所に入所していた朝日茂が生活保護処分に関する行政訴訟を起こす
・1960年(昭和35)10月19日 第一審の東京地方裁判所は、日用品費月額を600円に抑えているのは違法であるとし、裁決を取り消す(原告の全面勝訴)
・1963年(昭和38)11月4日 第二審の東京高等裁判所は、日用品費月600円はすこぶる低いが、不足額は70円に過ぎず憲法第25条違反の域には達しないとして、原告の請求を棄却する
・1964年(昭和39)2月14日 上告審の途中で、原告の朝日茂が亡くなるが、子夫妻が訴訟を続ける
・1967年(昭和42)5月24日 最高裁判所は、生活保護を受ける権利は相続できないとし、本人の死亡により訴訟は終了したとの判決を下す

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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1971年(昭和46)評論家・婦人解放運動家平塚らいてう(平塚雷鳥)の命日詳細
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 今日は、昭和時代中期の1952年(昭和27)に、地球物理学者・航空学者・貴族院議員田中舘愛橘が亡くなった日です。
 田中舘愛橘(たなかだて あいきつ)は、江戸時代後期の1856年(安政3年9月18日)に、陸奥国二戸郡福岡村(現在の岩手県二戸市福岡)において、南部藩士の父・稲蔵(とうぞう)と母・喜勢(きせ・旧姓 小保内)の長男として生まれました。1862年(文久2)の6歳の時、母・喜勢を亡くし、1865年(慶応元)に下斗米軍七の武芸「実用流」に入門、翌年に福岡内に郷学校の令斉場が開校されるとそこで文武を修め、また、私学校の会輔社で学びます。
 1870年(明治3)に盛岡藩校修文所入学、和漢の学問を修め、1872年(明治5)には、一家で東京へ移住し、慶應義塾英語学校に入学しました。1876年(明治9)に東京開成学校へ入学、1878年(明治11)に東京大学理学部本科へ入学し、1882年(明治15)に卒業後、同校の準助教授となります。
 1888年(明治21)にイギリスのグラスゴー大学に留学、1890年(明治23)にドイツのベルリン大学へ転学し、1891年(明治24)に帰国後、帝国大学理科大学教授(理学博士)となり、同年10月28日に発生した濃尾大地震の調査で根尾谷大断層を発見しました。1894年(明治27)に万国測地協会委員、1902年(明治35)に勲四等旭日小綬章受章、1906年(明治39)に帝国学士院会員となり、勲二等旭日重光章を受章、1907年(明治40)には、万国度量衡会議常任委員となります。
 1910年(明治43)に航空事業視察のためヨーロッパへ派遣され、所沢飛行場建設に関わり、1914年(大正3)には、文部省測地学委員会委員長となりました。1916年(大正5)に勲一等瑞宝章を受章、帝国大学教授在職25年祝賀会の日に辞表を提出し、翌年に名誉教授となり、万国度量衡会議に出席します。
 1918年(大正7)に国際学術研究会議のため欧州各国へ出張、東京帝国大学航空研究所を創立し、顧問となり、1919年(大正8)には、地磁気・空中電気国際会議に出席し会長となりました。1921年(大正10)に小石川区雑司ヶ谷町へ転居、日本ローマ字会を創立、航空評議会評議員となり、1925年(大正14)には、文部省学術研究会議副議長、貴族院議員となります。
 1928年(昭和3)に航空事業に対しフランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を受章、1930年(昭和5)には、文部省臨時ローマ字調査委員会委員となりました。1932年(昭和7)に貴族院議員に再選され、1933年(昭和8)の御講書始めに「航空発達史の概要」を御進講、1939年(昭和14)には、中央航空研究所施設委員会委員となり、貴族院議員に3選されます。
 1940年(昭和15)に帝国学士院第二部部長となり、1944年(昭和19)に文化勲章を受章し、朝日文化賞を受賞、1945年(昭和20)には、空襲の激化により、故郷の福岡町に疎開しました。太平洋戦争後の1948年(昭和23)に自著『時は移る』を発行(ローマ字、漢字かな書き併記)、1950年(昭和25)に日本物理学会名誉会員、1951年(昭和26)に福岡町名誉町民となったものの、1952年(昭和27年)5月21日に、東京の経堂の自宅において、95歳で亡くなり、勲一等旭日大綬章を追贈されています。
 尚、1999年(平成11)には、故郷の岩手県二戸市に「田中舘愛橘記念科学館」がオープンしました。

〇田中舘愛橘の主要な著作

・『電気ニ就テノ演説』(1899年)
・『航空機講話』(1915年)
・『羅馬字意見及び発音考』(1926年)
・『メートル法の歴史と現在の問題』(1934年)
・『ローマ字綴り方の外交及び国際関係の事項概要』(1936年)
・随筆・論文集『葛の根 田中館愛橘論文抜集』(1938年)
・『時は移る』(1948年)
・『田中館愛橘遺墨集』(1992年)
・『田中館愛橘博士歌集 地球を翔けた心の歌』(1997年)
・『献詠和歌集 田中舘愛橘博士墓前祭 昭和27年~平成18年』(2007年)

☆田中舘愛橘関係略年表(明治5年以前の日付は旧暦です)

・1856年(安政3年9月18日) 陸奥国二戸郡福岡村(現在の二戸市福岡)において、南部藩士の父・稲蔵(とうぞう)と母・喜勢(きせ・旧姓 小保内)の長男として生まれる
・1861年(文久元年) 母キセから文字の手習い、伯父小保内定身より和漢の書を学ぶ
・1862年(文久2年) 母・喜勢が病没する
・1865年(慶応元年) 下斗米軍七の武芸「実用流」に入門する
・1866年(慶応2年) 福岡内に郷学校の令斉場が開校されるとそこで文武を修め、また、私学校の会輔社で学ぶ
・1870年(明治3年) 盛岡藩校修文所入学、和漢の学問を修める  
・1872年(明治5年) 一家で東京へ移住、慶應義塾英語学校に入学する
・1876年(明治9年) 東京開成学校入学する
・1878年(明治11年) 東京大学理学部本科入学する
・1880年(明治13年) メンデンホールの指導の下で、東京や富士山の重力測定をする
・1882年(明治15年) 東京大学を卒業し、準助教授となる  
・1883年(明治16年) 東京大学助教授となる
・1888年(明治21年) イギリスのグラスゴー大学に留学する
・1890年(明治23年) ドイツのベルリン大学へ転学する
・1891年(明治24年) 帰国し帝国大学理科大学教授(理学博士)となり、濃尾大地震の調査で根尾谷大断層を発見する
・1893年(明治26年) 本宿キヨ子と結婚する  
・1894年(明治27年) 長女美稲誕生、産後の病により夫人が亡くなり、万国測地協会委員となる
・1898年(明治31年) 万国測地学協会総会に出席する
・1902年(明治35年) 勲四等旭日小綬章を受章する
・1904年(明治37年) 日露戦争、陸軍の気球の研究に従事する
・1906年(明治39年) 帝国学士院会員となり、勲二等旭日重光章を受章  
・1907年(明治40年) 万国度量衡会議常任委員となる
・1909年(明治42年) 臨時軍用気球研究会委員となる
・1910年(明治43年) 航空事業視察のためヨーロッパへ派遣、所沢飛行場建設に関わる
・1914年(大正3年) 文部省測地学委員会委員長となる
・1915年(大正4年) 貴族院有志に航空機の発達及び研究状況を講演『航空機講話』を発行する
・1916年(大正5年) 勲一等瑞宝章を受章、帝国大学教授在職25年祝賀会の日に辞表を提出する  
・1917年(大正6年) 東京帝国大学名誉教授となり、万国度量衡会議に出席する
・1918年(大正7年) 国際学術研究会議のため欧州各国へ出張、東京帝国大学航空研究所を創立し、顧問となる
・1919年(大正8年) 地磁気・空中電気国際会議に出席し会長となる
・1920年(大正9年) 東京帝国大学航空研究所嘱託、陸軍省航空機調査研究嘱託、外務省より航空条約事務嘱託、国際連盟協会会議、万国度量衡委員会議、万国学術研究会議出席する
・1921年(大正10年) 小石川区雑司ヶ谷町へ転居、日本ローマ字会を創立、航空評議会評議員となる
・1923年(大正12年) 万国度量衡常置委員会議及び物理学会に出席する
・1924年(大正13年) 測地学・地球物理学国際会議へ出席する
・1925年(大正14年) 文部省学術研究会議副議長、貴族院議員となる
・1926年(大正15年) 故郷の福岡町において古希の祝賀会、震災予防評議会評議員となる、太平洋学術会議副議長となる
・1927年(昭和2年) 国際航空委員会、測地学・地球物理学国際会議、度量衡会議総会へ出席する
・1928年(昭和3年) 航空事業に対しフランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を受章する  
・1929年(昭和4年) 万国度量衡会議、国際航空連盟会議、国際気象学会へ出席する
・1930年(昭和5年) 文部省臨時ローマ字調査委員会委員となる  
・1931年(昭和6年) 万国度量衡常置委員を辞し同名誉委員となる、言語学国際会議へ出席する
・1932年(昭和7年) 貴族院議員に再選される
・1933年(昭和8年) 御講書始めに「航空発達史の概要」を御進講、測地学・地球物理学国際会議へ出席する
・1935年(昭和10年) 天文学会、国際音声学会、議員会議、気象学会、国際航空連盟会議へ出席する
・1938年(昭和13年) 随筆・論文集『葛の根』を発刊、科学振興調査会委員、航空機技術委員会委員となる  
・1939年(昭和14年) 中央航空研究所施設委員会委員となる、貴族院議員に3選される
・1940年(昭和15年) 帝国学士院第二部部長となる
・1944年(昭和19年) 文化勲章を受章し、朝日文化賞を受賞する  
・1945年(昭和20年) 故郷の福岡町に疎開する  
・1948年(昭和23年) 自著『時は移る』を発行(ローマ字、漢字かな書き併記)する
・1950年(昭和25年) 日本物理学会名誉会員となる
・1951年(昭和26年) 福岡町名誉町民となる  
・1952年(昭和27年)5月21日 東京の経堂の自宅において、95歳で亡くなり、勲一等旭日大綬章を追贈される
・1999年(平成11年) 故郷の二戸市に田中舘愛橘記念科学館がオープンする  
・2002年(平成14年) 没後50年記念事業が挙行される
・2015年(平成27年) 二戸市名誉市民となる 
・2016年(平成28年) 田中舘愛橘像が落成し、二戸市のシンボルとなる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

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 今日は、昭和時代中期の1950年(昭和25)に、「臨時石炭鉱業管理法」が廃止され、炭鉱の国家管理が終了した日です。
 「臨時石炭鉱業管理法」(りんじせきたんこうぎょうかんりほう)は、炭鉱を国家管理する3年の時限立法でした。太平洋戦争敗戦後、日本での生産復興をめぐって、石炭増産を中心に据えて復興を図っていこうとし、そのために石炭産業の国家管理を打ち出したものです。
 1947年(昭和22)9月に、社会党首班政権である片山内閣によって法案が国会に提出されましたが、国家管理される炭鉱主側が反発が強く、保守系会派と結んで抵抗した結果、生産現場の国家直接管理の方針は撤回され、経営者を通じた間接管理に修正され、炭鉱自体の経営権に触れる条項はなくなりました。その上で、一時的に石炭産業を政府の管理下に置き、商工省の下に石炭庁を設置、北海道札幌市、福島県平市(現在のいわき市)、山口県宇部市、福岡県福岡市に石炭局を置き、商工省・石炭局に諮問機関を置いて、政府指定の特定炭鉱で、政府が決定した事業計画の実施を強制する一方で、必要物資を優先的に調達するというものとなります。
 そして、3年間の時限立法(1948年4月1日~)とされて、同年12月に修正案がようやく成立しました。その後、1948年(昭和23)10月15日の芦田均内閣崩壊による社会党下野によって廃止論が優勢となり、1950年(昭和25)5月20日に期限を半年余り残して、廃止されています。
 以下に、「臨時石炭鉱業管理法」(昭和22年法律第219号)を掲載しておきますので、ご参照下さい。

〇「臨時石炭鉱業管理法」(昭和22年法律第219号)1947年(昭和22)12月20日公布、翌年4月1日施行

第一章 総則

第一条 この法律は、産業の復興と経済の安定に至るまでの緊急措置として、政府において石炭鉱業を臨時に管理し、以て政府、経営者及び従業者がその全力をあげて石炭の増産を達成することを目的とする。

第二条 この法律で炭鉱とは、石炭の堀採を目的とする事業場(これに附属する事業場を含む。)をいう。

第三条 商工大臣その他この法律の施行の責に任ずる官吏及び炭鉱管理委員会の委員は、炭鉱の事業主が、生産協議会の議を経て定められた事項以外の事項について、炭鉱の従業者が組織する労働組合法に規定する労働組合と団体交渉をする権限と責任を尊重しなければならない。

第四条 この法律の規定に基いてした命令その他の処分及びこの法律の規定に基いて炭鉱の事業主がした行為は、炭鉱の事業主の承継人に対してもその効力を有する。

第二章 炭鉱の管理

第五条 炭鉱の事業主は、命令の定めるところにより、その経営する炭鉱ごとに毎年度の予定事業計画及び毎四半期の事業計画を作成して、所轄石炭局長に届け出なければならない。予定事業計画又は事業計画を変更したときも同様である。
  石炭局長は、必要があると認めるときには、地方炭鉱管理委員会に諮つて、前項の事業計画の変更を命ずることができる。
  事業主は、前項の命令が著しく不当であると認めるときには、商工大臣に対して不服の申立をすることができる。
  商工大臣は、全国炭鉱管理委員会に諮つて、前項の申立を理由があると認めるときは、当該石炭局長に対して当該命令を取り消し、又は変更すべきことを命じなければならない。

第六条 炭鉱の事業主は、政府の監督に従い、事業計画の実施の責に任ずる。

第七条 炭鉱の事業主は、命令の定めるところにより、事業計画の実施状況を所轄石炭局長に報告しなければならない。

第八条 石炭庁長官又は石炭局長は、炭鉱の事業主の業務の状況に関し必要な報告をさせ、又は当該の官吏をして生産拡充用の資金及び資材の使途、生産の状況並びに拡充工事の達成状況に関して、監査させることができる。
  前項の規定により当該の官吏に監査させる場合には、その身分を示す証票を携帯させなければならない。

第九条 この法律の規定による報告又は監査に基き必要があると認めるときには、石炭庁長官は、全国炭鉱管理委員会に、石炭局長は、地方炭鉱管理委員会に諮つて、炭鉱の事業主に対し、監督上必要な命令をすることができる。

第十条 炭鉱の事業主は、商工大臣の許可を受けなければ、その経営する石炭鉱業の全部又は一部を廃止し、又は休止してはならない。
  商工大臣は、前項の許可をしようとするときには、全国炭鉱管理委員会に諮らなければならない。

第十一条 石炭鉱業の全部若しくは一部の賃貸、譲渡若しくは経営の委任又は炭鉱の事業主である会社の合併若しくは解散は、商工大臣の認可を受けなければ、その効力を生じない。
  商工大臣は、前項の認可をしようとするときには、全国炭鉱管理委員会に諮らなければならない。

第十二条 特に必要があると認めるときには、石炭庁長官は、全国炭鉱管理委員会に、石炭局長は、地方炭鉱管理委員会に諮つて、炭鉱の事業主に対し、その所有する設備又は資材を他の炭鉱の事業主に譲渡し、又は貸し渡すべきことを命ずることができる。
  前項の規定により命令を受けた者は、他の法令の規定にかかわらず、譲り渡し、又は貸し渡すことができる。
  第一項の場合における譲渡又は貸渡の条件は、当事者間の協議によりこれを定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときには、石炭庁長官又は石炭局長が、これを裁定する。
  前項の裁定中対価について不服のある者は、その裁定の通知を受けた日から三十日以内に、訴を以てその金額の増減を請求することができる。
  前項の訴においては、譲渡又は貸渡の当事者を被告とする。
  第一項の規定による命令をする場合におけるその担保の処理その他必要な事項は、命令でこれを定める。

第三章 指定炭鉱の管理

 第一節 指定炭鉱の指定

第十三条 商工大臣は、全国炭鉱管理委員会に諮つて、前章の規定によるの外、この章の規定による管理を行うべき炭鉱(指定炭鉱)を指定する。
  前項の規定による指定の基準は、能率、生産費、品位、出炭量等に基いて、これを毎六箇月に定めるものとする。
  第一項の規定による指定は、告示により、これを行う。

第十四条 商工大臣は、指定炭鉱について、この章の規定による管理を行う必要がなくなつたと認めるときには、全国炭鉱管理委員会に諮つて、その指定を取り消すことができる。
  前条第三項の規定は、前項の場合に、これを準用する。

 第二節 業務計画

第十五条 指定炭鉱の事業主は、第十七条の規定により、当該指定炭鉱につき、毎四半期の詳細な事業計画(業務計画)の案を作成し、所轄石炭局長に提出するものとする。
  指定炭鉱については、前章中事業計画に関する規定は、これを適用しない。

第十六条 石炭局長は、地方炭鉱管理委員会に諮つて、指定炭鉱ごとにその業務計画の案の作成上基準となるべき事項を定めて、これを当該指定炭鉱の事業主に指示しなければならない。

第十七条 前条の規定による指示があつたときには、その指示に従い、命令の定めるところにより、指定炭鉱の事業主は、炭鉱管理者をして業務計画の案を作成せしめ、所轄石炭局長に提出しなければならない。
  炭鉱管理者は、前項の案を作成する場合には、生産協議会の議を経なければならない。
  前項の場合において、生産協議会の議を経ることができないときには、事業主は、当該業務計画の案を作成して提出するとともに、命令の定めるところにより、その旨を所轄石炭局長に報告しなければならない。

第十八条 石炭局長は、前条第一項又は第三項の規定による業務計画の案の提出があつたときには、これを審査した上で、地方炭鉱管理委員会に諮つて、当該指定炭鉱の業務計画を決定し、これを指定炭鉱の事業主及び炭鉱管理者に指示しなければならない。
  前項の規定による指示があるまでは、事業主は、前条第一項又は第三項の規定により所轄石炭局長に提出した業務計画の案により、指定炭鉱の業務を行わなければならない。

第十九条 指定炭鉱の事業主は、やむを得ない事由により前条第一項の業務計画を変更する必要があると認めるときには、命令の定めるところにより、所轄石炭局長に、業務計画の変更案を提出することができる。
  第十七条の規定は、前項の場合に、これを準用する。
  石炭局長は、第一項の規定により業務計画の変更案の提出があつた場合において、業務計画を変更する必要があると認めるときには、遅滞なく、地方炭鉱管理委員会に諮つて、業務計画を変更し、これを事業主及び炭鉱管理者に指示しなければならない。
  石炭局長は、特に必要があると認めるときには、地方炭鉱管理委員会に諮つて、指定炭鉱の業務計画を変更し、これを事業主及び炭鉱管理者に指示することができる。

第二十条 石炭局長は、指定炭鉱の業務計画の実施上必要があると認めるときには、地方炭鉱管理委員会に諮つて、指定炭鉱の事業主に対し、監督上必要な命令をし、又は必要な指示をすることができる。
  指定炭鉱の事業主又は炭鉱管理者は、前項の命令又は指示に不服があるときには、命令の定めるところにより、商工大臣に対して、不服の申立をすることができる。
  商工大臣は、全国炭鉱管理委員会に諮つて、前項の申立を理由があると認めるときには、当該石炭局長に対して、当該命令又は指示を取り消し、又は変更すべきことを命じなければならない。

第二十一条 指定炭鉱の事業主は、命令の定めるところにより、業務計画の実施状況を所轄石炭局長に報告しなければならない。

 第三節 炭鉱管理者

第二十二条 指定炭鉱の事業主は、指定炭鉱の指定があつたとき、又は炭鉱管理者が欠けたときには、遅滞なく、指定炭鉱ごとに炭鉱管理者一人を選任しなければならない。
  事業主は、前項の規定による選任をしたときには、その旨を商工大臣に届け出なければならない。

第二十三条 炭鉱管理者は、所轄石炭局長の監督を受け、当該炭鉱の最高能率の発揮を目途として、業務計画の実施の責に任ずる。

第二十四条 生産協議会の委員の定数の過半数に相当する委員が、炭鉱管理者を著しく不適任であると認めるときには、その旨を、所轄石炭局長を経由して、商工大臣に申し立てることができる。この場合には、商工大臣は、指定炭鉱の事業主の意見を徴した上で、全国炭鉱管理委員会に諮つて、事業主に対し、当該炭鉱管理者を解任すべきことを命ずることができる。
  商工大臣は、炭鉱管理者が著しく不適任であると認めるときには、事業主の意見を徴した上で、全国炭鉱管理委員会に諮つて、事業主に対し、当該炭鉱管理者を解任すべきことを命ずることができる。

第二十五条 指定炭鉱の事業主は、業務計画の実施に関し、命令の定めるところにより、必要な権限を炭鉱管理者に委任しなければならない。

 第四節 生産協議会

第二十六条 指定炭鉱ごとに生産協議会を置く。

第二十七条 生産協議会は、炭鉱管理者及び委員で、これを組織する。
  委員は、業務委員及び労働委員とし、各々同数とする。
  生産協議会の議長は、炭鉱管理者を以て、これに充てる。

第二十八条 生産協議会の委員の数は、命令の定めるところにより、炭鉱管理者が、これを定める。
  炭鉱管理者は、必要があると認めるときには、生産協議会の議を経て、委員の数を増加し、又は減少することができる。但し、委員の数を減少するのは、委員の任期の満了した際に限る。
  前二項の場合においては、炭鉱管理者は、遅滞なく、委員の数を、適当な方法で、公示しなければならない。

第二十九条 業務委員は、当該指定炭鉱の業務に従事する者の中から、炭鉱管理者が、これを選任する。
  労働委員は、当該指定炭鉱の坑内従業者三坑外従業者二の比率とし、指定炭鉱の従業者の過数が労働組合を組織している場合において、その労働組合の数が一であるときにはその推薦により、労働組合の数が二以上であるときには、それらの労働組合の共同の推薦により、労働組合の推薦がない場合及び指定炭鉱の従業者の過半数が労働組合を組織していない場合には、当該指定炭鉱の従業者又はこれを代表する従業者の過半数の推薦により、炭鉱管理者が、これを選任する。
  前項の従業者には、指定炭鉱の事業主の利益を代表すると認められる者を含まない。
  第二項で労働組合とは、指定炭鉱ごとに組織する労働組合法に規定する労働組合をいう。
  業務委員と労働委員とは、互にこれを兼ね、又は代理することができない。

第三十条 生産協議会の委員の選任は、第二十八条第一項の場合又は委員の任期が満了した場合には、同条第三項の規定による公示があつた日又は委員の任期が満了した日から二週間以内に全員につき同時に、委員が欠けた場合又は同条第二項の規定により委員の数が増加した場合には、委員が欠けた日又は同条第三項の規定による公示があつた日から二週間以内に、これを行わなければならない。

第三十一条 生産協議会の委員の任期は、一年とする。但し、補欠委員及び第二十八条第二項の規定により委員の数が増加した際にあらたに選任された委員の任期は、他の委員の残任期間と同一とする。

第三十二条 生産協議会の委員の選任が行われたときには、炭鉱管理者は、遅滞なく、その委員の氏名を所轄石炭局長に届け出なければならない。

第三十三条 生産協議会は、議長がこれを招集し、その議事は、出席した委員の過半数でこれを決する。但し、第三十五条第一項但書の場合には、出席した委員全員で、これを決する。

  生産協議会は、業務委員及び労働委員各々一人以上が出席しなければ、議事を開くことができない。

  議長は、いかなる場合においても、議決に加わることができない。

第三十四条 炭鉱管理者は、業務計画の実施に関し、左に掲げる事項の基本について、生産協議会の議を経てこれを定めなければならない。
 一 作業計画に関する事項
 二 労働能率の向上又は作業条件の合理化に関する事項
 三 労働条件の適正化に関する事項
 四 労働力の保全に関する事項
 五 安全保特に関する事項
  炭鉱管理者は、前項の場合を除くの外、業務計画の実施に関し必要と認める事項について、生産協議会の議を経てこれを定めることができる。
  第二十条第一項の命令又は指示を受けた事項については、前二項の規定は、これを適用しない。
  生産協議会は、第一項又は第二項に規定する審議のため必要があると認めるときには、指定炭鉱の事業主に対して、事業の経理内容に関する報告を求めることができる。

第三十五条 炭鉱管理者は、前条第一項又は第二項の場合において、生産協議会の議を経ることができないときには、命令の定めるところにより、所轄石炭局長の裁定を求めることができる。但し、労働条件の適正化その他従業者の待遇に関する事項については、石炭局長の裁定を求めることにつき、生産協議会の議を経た場合に限る。
  前項の規定による石炭局長の裁定は、地方炭鉱管理委員会に諮つて、これを行わなければならない。
  第一項但書の事項について、石炭局長の裁定を求めることにつき、生産協議会の議を経ることができない場合の処置については、労働関係調整法の定めるところによる。

第三十六条 この法律及びこの法律に基いて発する命令に定めるものの外、生産協議会に関し必要な事項は、生産協議会の議を経て、炭鉱管理者が、これを定める。

 第五節 雑則

第三十七条 指定炭鉱の事業主である会社は、商工大臣の認可を受けなければ、利益金を処分することができない。

第三十八条 特に必要があると認めるときには、石炭庁長官は、全国炭鉱管理委員会に、石炭局長は、地方炭鉱管理委員会に諮つて、指定炭鉱の事業主に対し、指定炭鉱の設備の新設、拡張若しくは改良又は新坑の開発若しくは坑道の掘進を命ずることができる。
  指定炭鉱の事業主は、前項の命令が著しく不当であると認めるときには、命令の定めるところにより、商工大臣に対して、不服の申立をすることができる。
  商工大臣は、全国炭鉱管理委員会に諮つて、前項の申立を理由があると認めるときには、石炭庁長官又は当該石炭局長に対して、当該命令を取り消し、又は変更すべきことを命じなければならない。

第四章 協力命令

第三十九条 主務大臣は、特に必要があると認めるときには、石炭の生産に要する物資の生産又は販売の事業を営む者に対して、その所有する物資を、炭鉱の事業主に譲り渡すべきことを命ずることができる。
  主務大臣は、特に必要があると認めるときには、遊休設備の所有者に対して、当該設備を、炭鉱の事業主に譲り渡し、又は貸し渡すべきことを命ずることができる。
  主務大臣は、特に必要があると認めるときには、左に掲げる事業を営む者に対して、炭鉱の事業主の業務に必要な機械の修理、工事の施行又は貨物の運送若しくは取扱に関し必要な命令をすることができる。
 一 機械の修理の事業
 二 土木、建築その他工作物の建設(改造及び修理を含む。)の事業
 三 貨物の運送又は取扱の事業

  第十二条第二項乃至第六項の規定は、前三項の場合に、これを準用する。但し、同条第三項中「石炭庁長官又は石炭局長」とあるのは、「主務大臣」と読み替えるものとする。

第五章 損失の補償

第四十条 政府は、この法律の規定に基いてした命令又は指示に因り損失を受けた者に対して、その損失を補償する。
  前項の規定により補償すべき損失は、通常生ずべき損失とする。
  第一項の規定による補償を伴うべき命令又は指示は、これによつて必要となる補償金の総額が国会の議決を経た予算の金額を超えない範囲内で、これをしなければならない。
  第一項の規定による補償の金額は、商工大臣が、大蔵大臣に協議して、石炭鉱業損失補償審査会の議を経てこれを定める。
  前項の石炭鉱業損失補償審査会に関する事項は、政令でこれを定める。
  前五項に定めるものの外、損失の補償に関し必要な事項は、命令でこれを定める。

第六章 石炭局

第四十一条 この法律の施行に関する事務その他石炭の生産に関する事務を掌らしめるため、石炭局を置く。
  石炭局は、商工大臣の管理に属する。

第四十二条 石炭局の名称、位置及び管轄区域は、別表の通りとする。

第四十三条 石炭局に左の職員を置く。
  局長
  局員
  主事
  局員及び主事の定数は、各石炭局ごとに、商工大臣が、これを定める。

第四十四条 局長は、石炭の生産に関し学識経験ある一級の商工事務官又は商工技官を以て、これに充てる。
  局長は、商工大臣(石炭庁長官の権限に属する事項については石炭庁長官)の指揮監督を受け、局中全般の事務を掌理する。
  局長に事故があるとき、又は局長が欠けたときには、商工大臣の指定する局員が、臨時に、局長の職務を行う。

第四十五条 局長は、所部の職員を指揮監督し、三級官吏の進退を行う。

第四十六条 局員は、石炭の生産に関し学識経験ある者又は一級若しくは二級の商工事務官若しくは商工技官の中から、商工大臣が、これを命ずる。
  局員は、局長の命を受け、局務を掌る。
  第四十三条第二項の規定による各石炭局の局員の定数の過半数に相当する局員は、石炭の生産に関し学識経験ある者及び石炭の生産に関し学識経験ある官吏の中から、命ぜられた者でなければならない。

第四十七条 主事は、三級の商工事務官又は商工技官の中から、これを命ずる。
  主事は、上司の指揮を受け、局務に従事する。

第四十八条 官吏でなくて局員を命ぜられた者の服務については、官吏服務紀律を準用する。

第四十九条 商工大臣は、石炭局の局務の一部を分掌させるため、必要に応じ、石炭局の支局を置くことができる。
  支局の名称、位置及び管轄区域は、商工大臣が、全国炭鉱管理委員会に諮つて、これを定める。

第七章 炭鉱管理委員会

第五十条 炭鉱管理委員会は、全国炭鉱管理委員会及び地方炭鉱管理委員会とする。
  全国炭鉱管理委員会は、商工省にこれを置く。
  地方炭鉱管理委員会は、石炭局ごとにこれを置き、当該石炭局の名称を冠する。
  全国炭鉱管理委員会は、商工大臣の、地方炭鉱管理委員会は、石炭局長の監督に属する。

第五十一条 全国炭鉱管理委員会は、この法律の他の規定によりその権限に属せしめられた事項を調査審議するの外、商工大臣又は石炭庁長官の諮問に応じ、石炭の生産に関する左の事項を調査審議する。
 一 石炭鉱業の管理の運営方針に関する事項
 二 石炭の生産に関する計画に関する事項
 三 石炭鉱業の最高能率発揮に関する事項
  地方炭鉱管理委員会は、この法律の他の規定によりその権限に属せしめられた事項を調査審議するの外、石炭局長の諮問に応じ、石炭の生産に関する前項各号の事項を調査審議する。
  炭鉱管理委員会は、石炭の生産に関する事項について、関係行政庁に建議することができる。

第五十二条 全国炭鉱管理委員会は、会長一人、委員三十人、特別委員若干人及び臨事委員若干人で、これを組織する。
  地方炭鉱管理委員会は、会長一人、委員四十五人以内及び特別委員若干人で、これを組織する。

第五十三条 全国炭鉱管理委員会の会長は、商工大臣を以て、これに充てる。
  全国炭鉱管理委員会の委員は、石炭の生産に関し学識経験ある者五人、炭鉱の事業主を代表する者十人、炭鉱の従業者(炭鉱の事業主の利益を代表すると認められる者を除く。)を代表する者十人及び石炭の需要者を代表する者五人とし、商工大臣が、これを命ずる。
  商工大臣は、必要があると認めるときには、石炭鉱業と密接な関係を有する事業を代表する者を、臨時委員として依嘱することができる。

第五十四条 地方炭鉱管理委員会の会長は、石炭局長を以て、これに充てる。
  地方炭鉱管理委員会の委員は、石炭の生産に関し学識経験ある者五人以内、当該石炭局管轄区域内の炭鉱の事業主を代表する者二十人以内、当該石炭局管轄区域内の炭鉱の従業者(事業主の利益を代表すると認められる者を除く。)を代表する者二十人以内とし、石炭局長が、これを命ずる。
  前項の規定による炭鉱の従業者を代表する委員は、坑内従業者三坑外従業者二の比率とする。

第五十五条 炭鉱管理委員会の会長は、労働能率の向上に関する事項その他炭鉱管理委員会の所掌事項に係る事門的事項を分掌させるため、労働事門部会その他の専門部会を置くことができる。
  地方炭鉱管理委員会の会長は、地方炭鉱管理委員会の所掌事項のうち地区的事項を分掌させるため、石炭局の支局ごとに、地区部会を置くことができる。
  地方炭鉱管理委員会は、その定めるところにより、地区部会の決議を以て、地方炭鉱管理委員会の決議に代えることができる。

第五十六条 商工大臣又は石炭局長は、関係官公吏の中から特別委員を依嘱することができる。

第五十七条 特別委員及び臨時委員は議決権を有しない。

第五十八条 この法律に定めるものの外、炭鉱管理委員会に関し必要な事項は、命令でこれを定める。

第八章 罰則

第五十九条 左の各号の一に該当する指定炭鉱の事業主(事業主が法人である場合には、その違反行為をした代表者)は、これを三年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
 一 第九条に規定する石炭庁長官又は石炭局長の監督上の命令に違反した者
 二 第十条第一項の規定に違反した者
 三 第十二条第一項に規定する石炭庁長官又は石炭局長の命令に違反した者
 四 第二十条第一項に規定する石炭局長の監督上の命令に違反した者
 五 第三十八条第一項に規定する石炭庁長官又は石炭局長の命令に違反した者

第六十条 第三十七条の違反があつた場合においては、その違反行為をした会社の代表者は、これを一年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する。

第六十一条 第八条の規定による当該の官吏の監査を拒み、妨げ、又は忌避した者は、これを六箇月以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する。

第六十二条 左の各号の一に該当する者(法人である場合には、その違反行為をした代表者)は、これを一万円以下の過料に処する。
 一 第五条第一項の規定に違反して、予定事業計画又は事業計画を届け出なかつた者
 二 第七条、第八条第一項又は第二十一条の規定に違反して、報告を怠り、又は虚偽の報告をした者
 三 第九条に規定する石炭庁長官又は石炭局長の監督上の命令に違反した者(第五十九条の規定により処罰される者を除く。)
 四 第十条第一項の規定に違反した者(第五十九条の規定により処罰される者を除く。)
 五 第十二条第一項に規定する石炭庁長官又は石炭局長の命令に違反した者(第五十九条の規定により処罰される者を除く。)
 六 第十七条第一項又は第三項の規定に違反して業務計画の案を提出しなかつた者
 七 第二十二条第二項の規定による炭鉱管理者の選任を届け出なかつた者
 八 第二十四条の規定による解任の命令に違反した者
 九 第三十九条第一項、第二項又は第三項に規定する主務大臣の命令に違反した者

附 則

第六十三条 この法律施行の期日は、昭和二十三年四月一日とする。

第六十四条 この法律の有効期間は、この法律の施行の日から、三年とする。但し、その期間満了の際における経済事情により特に必要があるときには、これを延長することができる。
  前項の場合について必要な事項は、法律でこれを定める。

 別 表
名称位置管理区域
札幌石炭局札幌市北海道
平石炭局平市青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 東京都 茨城県 群馬県 栃木県 埼玉県 千葉県 神奈川県 山梨県 新潟県 長野県 岐阜県 愛知県 静岡県 三重県 富山県 石川県
宇部石炭局宇部市滋賀県 京都府 大阪府 兵庫県 奈良県 和歌山県 福井県 鳥取県 島根県 岡山県 広島県 山口県 徳島県 香川県 愛媛県 高知県
福岡石炭局福岡市福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県

  「衆議院ホームページ」より

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shyousetsuakouroushi01
 今日は、昭和時代前期の1927年(昭和2)に、「東京日日新聞」「大阪毎日新聞」で、大佛次郎著の小説『赤穂浪士』の連載が開始された日です。
 小説『赤穂浪士』(あこうろうし)は、大佛次郎著の長篇小説です。1927年(昭和2)5月14日~1928年11月まで、「東京日日新聞」「大阪毎日新聞」に連載され、1928~29年に改造社より3巻本として刊行されました。
 江戸時代に実際にあった赤穂事件を題材としていて、赤穂義士とされてきた47人を、幕藩体制や時代風潮に抗う「浪士」として描いているのが特徴です。架空の浪人・堀田隼人の視点を通して描いていて、その軌跡には昭和初期の鬱屈した青春が影を落としており、そこに知識人文学としての共感が得られて、ベストセラー作品となりました。
 様々な版本・文庫判で刊行され、これまでに、映画化4回、テレビドラマ化4回(内1回は1964年1月5日~12月27日までNHKで放送された2作目の大河ドラマ)がなされています。

〇大佛次郎(おさらぎ じろう)とは?

 昭和時代に活躍した小説家で、本名は野尻清彦といいます。明治時代後期の1897年(明治30)10月9日に、野尻政助の子として、神奈川県横浜市に生まれました。
 東京府立第一中学校を経て、旧制第一高等学校へ入学しましたが、1916年(大正5)に寮生活をルポルタージュ風にまとめた小説「一高ロマンス」を雑誌『中学世界』連載して、翌年に出版されます。また、校友会雑誌に小説の習作を発表したりしていましたが、父の希望で東京帝国大学法学部政治学科に進みました。
 在学中は、海外文学の翻訳や小説を書いて投稿したり、演劇に関わったりします。1921年(大正10)に卒業後は、鎌倉女学校で1年間教員をしてから、外務省条約局に勤めましたが、1923年(大正12)の関東大震災を機に文筆に専念するようになりました。
 1924年(大正13)から大衆文芸誌『ポケット』に連載した「鞍馬天狗」で認められ、1927年(昭和2)から翌年にかけて『東京日日新聞』に掲載した「赤穂浪士」で大衆文壇の花形となります。その後、時代小説、現代小説、ノンフィクション、児童文学、戯曲、随想なども手掛け、幅広く活躍しました。
 太平洋戦争後は、東久邇宮内閣の内閣参与として一時期政治参加もします。そして、「帰郷」で1949年(昭和24)第6回日本芸術院賞(文芸部門)、1964年(昭和39)に文化勲章、「パリ燃ゆ」で1965年(昭和40)に朝日文化賞、「三姉妹」で1969年(昭和44)に第17回菊池寛賞と数々の栄誉に輝きましたが、1973年(昭和48)4月30日に75歳で亡くなりました。
 代表的作品には、「ごろつき船」「ゆうれい船」「乞食大将」「桜子」などの時代小説、「霧笛」「氷の階段」「宗方姉妹」「旅路」「風船」などの現代小説、「ドレフュース事件」「地霊」などの実録小説、「楊貴妃」「若き日の信長」などの戯曲、「日本人オイン」「花丸小鳥丸」などの少年文学等があります。

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 今日は、昭和時代前期の1942年(昭和17)に、「企業整備令」が公布され、平和的民需産業である中小企業の整理・淘汰が強制されるようになった日です。
 「企業整備令」(きぎょうせいびれい)は、太平洋戦争下に「国家総動員法」に基づいて、中小企業の整理・淘汰について法的強制力を付与した勅令(昭和17年勅令第503号)でした。遊休設備をもつ民需産業の再編・統合、軍需産業への転換を目的としています。
 本法には、整備統合する業種は掲載されていませんが、同法公布前後に業種別、または商業部門について整備統合のための要綱などが出されました。当初は、行政指導による整備が困難な場合に発動するという方針がとられ、自主的な整備を保証する根拠として機能したものの、1943年(昭和18)6月の「戦力増強企業整備基本要綱」の閣議決定以降は、新たな段階に入り、政府の強制的な整備命令の根拠となります。
 太平洋戦争敗戦後の1945年(昭和20)10月24日の「工場事業場管理令等廃止ノ件」(昭和20年勅令第601号)によって、廃止されました。

〇「企業整備令」(昭和17年勅令第503号) 1942年(昭和17)5月13日公布

第一条 国家総動員法(昭和十三年勅令第三百十七号ニ於テ依ル場合ヲ含ム以下同ジ)第十六条ノ二ノ規定ニ基ク事業ニ属スル設備又ハ権利(水ノ使用ニ関スル権利ヲ除ク以下同ジ)ノ讓渡其ノ他ノ処分、出資、使用又ハ移動ニ関スル命令及国家総動員法第十六条ノ三ノ規定ニ基ク事業ノ委託、讓渡、廃止若ハ休止又ハ法人ノ合併若ハ解散ニ関スル命令ニ付テハ別ニ定ムルモノヲ除クノ外本令ノ定ムル所ニ依ル

第二条 本令ハ国民経済ノ総力発揮ニ資スル為企業ヲ整備シ又ハ之ガ為事業ニ属スル設備若ハ権利ノ利用ヲ有效ナラシムルコトヲ目的トス

第三条 主務大臣ハ必要アリト認ムルトキハ物資ノ生產(加工ヲ含ム以下同ジ)、修理、販売、輸出、輸入又ハ保管ノ事業ニシテ主務大臣ノ指定スルモノニ属スル設備又ハ権利ニ付一般的ニ讓渡其ノ他ノ処分、出資、使用又ハ移動ヲ制限又ハ禁止スルコトヲ得
 前項ノ設備又ハ権利ハ主務大臣之ヲ指定ス

第四条 主務大臣ハ必要アリト認ムルトキハ物資ノ生產、修理、販売、輸出、輸入又ハ保管ノ事業ニシテ主務大臣ノ指定スルモノニ付一般的ニ当該事業ノ全部又ハ一部ノ讓渡、廃止又ハ休止ヲ制限又ハ禁止スルコトヲ得
 前項ノ規定ニ依リ主務大臣ノ指定スル事業ヲ営ム法人ノ合併又ハ解散ノ決議ハ主務大臣ノ認可ヲ受クルニ非ザレバ其ノ効力ヲ生ゼズ

第五条 主務大臣ハ必要アリト認ムルトキハ物資ノ生產、修理、販売、輸出、輸入若ハ保管ノ業ヲ営ム者(以下事業主ト称ス)又ハ主務大臣ノ指定スル法人ニ対シ其ノ事業ニ属スル設備若ハ権利ノ讓渡若ハ貸渡ヲ命ジ又ハ事業主若ハ主務大臣ノ指定スル法人ニ対シ当該設備若ハ権利ノ讓受若ハ借受ヲ命ズルコトヲ得
 前項ノ規定ニ依ル命令ヲ受ケタル者ハ他ノ法令ニ拘ラズ讓渡又ハ貸借ヲ為スコトヲ得

第六条 前条ノ場合ニ於ケル讓渡又ハ貸借ノ条件ハ当事者゙間ノ協議ニ依ル
 前項ノ協議ハ主務大臣ノ認可ヲ受クルニ非ザレバ其ノ効力ヲ生ゼズ
 第一項ノ協議調ハズ又ハ協議ヲ為スコト能ハザルトキハ主務大臣ハ讓渡又ハ貸借ニ関シ必要ナル決定ヲ為スコトヲ得

第七条 知レタル担保権ノ目的タル設備又ハ権利ニ付第五条第一項ノ規定ニ依ル讓渡又ハ讓受ノ命令アリタル場合ニ於テ当該担保権ヲ消滅セシムルニ非ザレバ企業ヲ整備シ又ハ当該設備若ハ権利ノ利用ヲ有効ナラシムルコト困難ナルトキハ当事者ハ担保権ノ処理ニ付担保権者ニ協議スルコトヲ得
 前項ノ協議調ハズ又ハ協議ヲ為スコト能ハザルトキハ当事者又ハ担保権者ハ当該事項ニ付主務大臣ノ裁定ヲ申請スルコトヲ得

第八条 前条ノ規定ハ知レタル賃借権其ノ他ノ権利ノ目的タル設備又ハ権利ニ付第五条第一項ノ規定ニ依ル命令アリタル場合ニ之ヲ準用ス

第九条 讓渡ヲ受クル設備又ハ権利ニ付知レタル担保権ノ存スル場合ニ於テ当該担保権ガ第七条ノ規定ニ依リ消滅スルトキハ当該設備又ハ権利ノ讓渡価格ヲ支払フベキ者ハ其ノ讓渡価格ヲ供託スルコトヲ要ス但シ同条ノ協議又ハ裁定ニ於テ別段ノ定ヲ為シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
 前項ノ場合ニ於テハ当該担保権者ハ供託金ニ対シ其ノ権利ヲ行フコトヲ得

第十条 主務大臣ハ第五条第一項ノ規定ニ依リ事業ニ属スル設備ノ讓渡又ハ貸渡ノ命令ヲ為シタル場合ニ於テ必要アリト認ムルトキハ第六条ノ協議又ハ決定前ト雖モ当該設備ヲ占有スル者ニ対シ必要ナル事項ヲ指定シテ当該設備ノ讓受又ハ借受ヲ為スベキ者ニ当該設備ヲ使用セシムベキコトヲ命ズルコトヲ得
 前項ノ場合ニ於テ主務大臣ハ必要アリト認ムルトキハ当該設備ノ讓受又ハ借受ヲ為スベキ者ヲシテ相当ノ担保ヲ供託セシムルコトヲ得
 前項ノ規定ニ依リ供託シタルモノノ処理ニ付テハ第六条ノ協議又ハ決定ニ於テ必要ナル定ヲ為スベシ

第十一条 主務大臣ハ必要アリト認ムルトキハ事業主ニ対シ其ノ事業ニ属スル設備又ハ権利ヲ株式会社、株式合資会社又ハ有限会社ニ出資スベキコトヲ命ズルコトヲ得此ノ場合ニ於テ主務大臣ハ出資ノ相手方タル会社ニ対シ必要ナル事項ヲ命ズルコトヲ得
 第五条第二項及第六条乃至第八条ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
 出資スル設備又ハ権利ニ付知レタル担保権ノ存スル場合ニ於テ当該担保権ガ前項ニ於テ準用スル第七条ノ規定ニ依リ消滅スルトキハ当該担保権者ハ出資ニ対シ割当テラレタル株式又ハ持分ノ上ニ質権ヲ有ス但シ同条ノ協議又ハ裁定ニ於テ別段ノ定ヲ為シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
 前項ノ質権ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム

第十二条 事業ニ属スル設備ニ付第五条第一項又ハ前条第一項ノ規定ニ依ル命令ヲ受ケタル者ハ当該設備ノ滅失、毀損其ノ他已ムヲ得ザル事由ニ因リ命令ニ応ズルコト能ハザルニ至ルベキトキハ国家総動員法第三十一条ノ規定ニ基キ遅滞ナク之ヲ主務大臣ニ報吿スベシ
 前項ノ規定ハ事業ニ属スル権利ニ付第五条第一項又ハ前条第一項ノ規定ニ依ル命令ヲ受ケタル者ニ之ヲ準用ス

第十三条 第五条第一項又ハ第十一条第一項ノ規定ニ依ル讓渡、貸渡又ハ出資ノ命令ヲ受ケタル者ハ讓渡、貸渡又ハ出資ニ支障ヲ及ボス処ナキ場合ヲ除クノ外主務大臣ノ許可ヲ受クルニ非ザレバ当該設備又ハ権利ヲ讓渡シ、貸渡シ其ノ他当該設備又ハ権利ニ関シ新ナル処分ヲ為スコトヲ得ズ

第十四条 第五条第一項又ハ第十一条第一項ノ規定ニ依ル命令ニ基キ事業ニ属スル設備又ハ権利ノ讓渡又ハ出資ヲ受ケタル者当該設備又ハ権利ニ付讓渡其ノ他ノ処分ヲ為サントスルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ主務大臣ノ許可ヲ受クベシ

第十五条 事業ニ属スル設備又ハ権利ニ関シ強制競売手続、国税徴収法ニ依ル強制徴収手続、土地收用法ニ依ル使用若ハ收用ノ手続又ハ国家総動員法第十条若ハ第十三条ノ規定ニ基ク使用若ハ收用ノ手続其ノ他此等ノ手続ニ準ズベキモノノ進行中ナルトキハ其ノ進行中ニ限リ当該設備又ハ権利ニ関シテハ第五条第一項又ハ第十一条第一項ノ規定ハ之ヲ適用セズ

第十六条 工場財団又ハ鉱業財団ニ属スルモノハ第七条(第十一条第二項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム)ノ規定ニ依リ担保権ノ消滅シタル場合ヲ除クノ外第五条第一項又ハ第十一条第一項ノ規定ニ依ル命令ニ基キ讓渡又ハ出資アリタル後ト雖モ仍原財団ニ属スルモノトス

第十七条 主務大臣ハ第五条第一項又ハ第十一条第一項ノ規定ニ依ル命令ニ基キ事業ニ属スル設備又ハ権利ヲ讓渡又ハ出資シタル者ヲシテ第十八条ノ規定ニ依リ債務ノ承継アリタル場合ヲ除クノ外讓渡又ハ出資ヲ受ケタル者ガ担保権ノ実行ニ因リ受クルコトアルベキ損失ノ補償ニ充ツル為命令ノ定ムル所ニ依リ相当ノ担保ヲ供託セシムルコトヲ得
 讓渡又ハ出資ヲ受ケタル者ハ前項ノ規定ニ依リ供託セラレタルモノノ上ニ質権ヲ有ス

第十八条 主務大臣ハ第五条第一項又ハ第十一条第一項ノ規定ニ依リ事業ニ属スル設備又ハ権利ノ讓渡又ハ出資ヲ命ジタル場合ニ於テ讓渡又ハ出資シタル者ヲシテ当該設備又ハ権利ヲ担保トスル債務ヲ引続キ負担セシメ置クコトヲ適当ナラズト認ムルトキハ国家総動員法第十八条ノ二ノ規定ニ基キ命令ノ定ムル所ニ依リ讓渡又ハ出資ヲ受ケタル者ヲシテ当該債務ノ全部又ハ一部ヲ承継セシムルコトヲ得
 前項ノ場合ニ於ケル承継価格其ノ他ノ承継ニ関スル条件ハ当事者間ノ協議ニ依ル
 第六条第二項及第三項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス

第十九条 主務大臣ハ必要アリト認ムルトキハ事業主ニ対シ事業ノ委託、受託、讓渡若ハ讓受又ハ事業主タル会社ノ合併ヲ命ズルコトヲ得
 第五条第二項、第六条乃至第十条及第十二条乃至前条ノ規定ハ前項ノ規定ニ依リ事業ノ讓渡又ハ讓受ノ命令アリタル場合ニ之ヲ準用ス
 第五条第二項及第六条ノ規定ハ第一項ノ規定ニ依リ事業ノ委託若ハ受託又ハ会社ノ合併ノ命令アリタル場合ニ之ヲ準用ス

第二十条 第六条(第十一条第二項、第十八条第三項及前条第二項第三項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム)ノ協議若ハ決定、第七条(第八条、第十一条第二項及前条第二項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム)ノ協議若ハ裁定又ハ第十八条ノ協議ニ基キ会社ガ事業ノ讓渡、合併其ノ他当該協議、決定又ハ裁定ニ於テ定メラレタル事項ノ実行ヲ為サントスルニ付株主総会又ハ之ニ準ズベキモノノ決議、同意等ヲ必要トスル場合ニ於テ其ノ決議、同意等ヲ得ルコト能ハザルトキハ会社ハ主務大臣ノ認可ヲ受ケ当該事項ノ実行ヲ為スコトヲ得

第二十一条 本令ニ規定スルモノノ外第六条(第十一条第二項、第十八条第三項及第十九条第二項第三項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム)ノ決定及第七条(第八条、第十一条第二項及第十九条第二項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム)ノ裁定並ニ第五条第一項又ハ第十一条第一項ノ規定ニ依リ事業ニ属スル設備又ハ権利ノ讓渡又ハ出資ヲ命ジタル場合及第十九条第一項ノ規定ニ依リ事業ノ讓渡ヲ命ジタル場合ニ於ケル讓渡又ハ出資シタル者ノ負担スル債務ノ承継及担保ノ処理ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム

第二十二条 主務大臣ハ必要アリト認ムルトキハ事業主ニ対シ事業ノ全部又ハ一部ノ廃止又ハ休止ヲ命ズルコトヲ得
 第五条第二項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス

第二十三条 国家総動員法第二十七条ノ規定ニ基キ補償スベキ損失ハ前条第一項ノ規定ニ依ル命令ニ因ル通常生ズベキ損失トス
 前項ノ規定ニ依ル損失補償請求ノ時期ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム

第二十四条 主務大臣ハ国家総動員法第三十一条ノ規定ニ基キ事業主、第五条ノ規定ニ依リ主務大臣ノ指定スル法人其ノ他関係者ヨリ必要ナル報吿ヲ徴シ又ハ当該官吏ヲシテ工場、事業場、店舖、倉庫其ノ他ノ場所ニ臨検シ業務ノ状況若ハ帳簿書類、設備其ノ他ノ物件ヲ検査セシムルコトヲ得
 前項ノ規定ニ依リ当該官吏ヲシテ臨検検査セシムル場合ニ於テハ其ノ身分ヲ示ス証票ヲ携帶セシムベシ

第二十五条 主務大臣ハ本令ニ定ムル職権ノ一部ヲ地方長官(東京府ニ在リテハ警視総監ヲ含ム)又ハ当該主務大臣ノ所轄スル官衙ノ長ニ委任スルコトヲ得
 前項ノ規定中地方長官(東京府ニ在リテハ警視総監ヲ含ム)ニ関スル規定ハ樺太及南洋群島ニハ之ヲ適用セズ

第二十六条 第五条、第六条(第十一条第二項及第十八条第三項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム)、第七条(第八条及第十一条第二項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム)、第十条乃至第十四条、第十七条、第十八条、第二十条(事業ノ委託、受託、讓渡、讓受及会社ノ合併ニ関スル場合ヲ除ク)及第二十四条中主務大臣トアルハ軍事上特ニ必要アル設備又ハ権利ニ付テハ陸軍大臣又ハ海軍大臣トス
 前項ノ場合ヲ除クノ外本令中主務大臣、他ノ大臣、所管大臣又ハ当該大臣トアルハ朝鮮、台湾、樺太又ハ南洋群島ニ在リテハ各朝鮮総督、台湾総督、樺太庁長官又ハ南洋庁長官トス
 条中地方長官(東京府ニ在リテハ前警視総監ヲ含ム)トアルハ朝鮮ニ在リテハ道知事、台湾ニ在リテハ州知事又ハ庁長トス

第二十七条 主務大臣本令ニ依リ命令ヲ為サントスル場合ニ於テ当該設備若ハ権利ノ属スル事業又ハ当該事業ガ他ノ大臣ノ所管ニ属スルモノナルトキハ当該所管大臣ニ協議スベシ但シ陸軍大臣又ハ海軍大臣軍機保護上特ニ必要アル設備又ハ権利ニ付命令ヲ為サントスル場合ハ此ノ限ニ在ラズ
 主務大臣本令ニ依リ命令ヲ為サントスル場合ニ於テ当該命令ガ軍事上ニ影響ヲ及ボスベキモノナルトキハ陸軍大臣又ハ海軍大臣ニ協議スベシ
 主務大臣本令ニ依リ命令ヲ為サントスル場合ニ於テ当該事項ガ他ノ法令ニ基キ他ノ大臣ノ許可、認可、承認、免許等ヲ要スルモノナルトキハ当該大臣ニ協議スベシ

附 則

 本令ハ昭和十七年五月十五日ヨリ之ヲ施行ス但シ朝鮮、台湾、樺太及南洋群島ニ在リテハ昭和十七年六月十五日ヨリ之ヲ施行ス

   「官報」より

 ※旧字を新字に直してあります。

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