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 今日は、昭和時代前期の1935年(昭和10)に、小豆島地蔵埼付近で、大阪商船の客船「みどり丸」と大連汽船の「千山丸」が衝突し、「みどり丸」が沈没して死者・行方不明者107人を出した日です。
 「みどり丸」衝突沈没事故(みどりまるしょうとつちんぼつじこ)は、1935年(昭和10)7月3日午前1時頃に、大分県の別府港を出航して兵庫県神戸市へ向う途中の大阪商船別府航路の客船「みどり丸(1,724トン)」が香川県の小豆島地蔵埼沖合付近で、濃霧の中大連汽船の「千山丸(2,775トン)」と衝突した事故でした。この事故で船腹に衝突された「みどり丸」は3分ほどで沈没し、乗員・乗客244人の内、死者・行方不明者107人を出しています。
 本件は、 海員審判に付され、 同年10月11日大阪地方海員審判所で第一審裁決がありましたが、 理事官及び被審人から控告があり、 翌年6月9日に高等海員審判所で裁決がありました。

〇昭和時代前期の日本近海での主要な海難事故(死者・行方不明者50人以上)

・1927年(昭和2)8月24日 島根県美保関沖で夜間演習中の軽巡洋艦「神通」と駆逐艦「蕨」が衝突して「蕨」が沈没、軽巡洋艦「那珂」と駆逐艦「葦」も衝突し、将兵119人が殉職する(美保関事件)
・1932年(昭和7)10月14日 小笠原諸島の沖合で鈴岡県地頭方村の漁船「海勢丸(トン数不詳)」と「愛石丸(トン数不詳)」が難破、乗組員1人を除く118人が死亡する
・1933年(昭和8)10月1日 熊本県三角港の沖合で観光船(船名、トン数不詳)が沈没。乗客ら90人が死亡する
・1933年(昭和8)10月20日 兵庫県神戸市須磨区沖合で客船「屋島丸(946トン)」が台風接近による暴風雨のため沈没、乗客41人、船員26人死亡、乗客2人行方不明となる
・1934年(昭和9)3月12日 日本海軍の水雷艇「友鶴」が長崎県佐世保港外で演習中に転覆、乗員100名が死亡する(友鶴事件)
・1935年(昭和10)7月3日 大分県の別府港を出航して兵庫県神戸市へ向う途中の大阪商船の客船「みどり丸(1,724トン)」が小豆島地蔵埼付近で、濃霧の中大連汽船の「千山丸(2,775トン)」と衝突。この事故で船腹に衝突された「緑丸」は3分ほどで沈没、死者・行方不明者107人となる
・1935年(昭和10)9月25日 島根県波根西村の沖合で出漁中の漁船団が竜巻に遭遇。15隻が沈没して乗組員62人が死亡する
・1935年(昭和10)9月26日 日本海軍第四艦隊が岩手県沖の太平洋で演習中、台風に遭遇し、54人が死亡する(第四艦隊事件)
・1940年(昭和15)1月6日 釜山市沖合で密航船「第3共栄丸」(15トン)が沈没、114人が行方不明となる
・1940年(昭和15)6月30日 沖縄県平良港(現宮古島市)から伊良部島に向かう貨客船「伊良部丸」(15トン)が伊良部港沖300m付近で沈没、死者・行方不明者75人となる
・1942年(昭和17)12月31日 香川県苗羽村(現:小豆島町)柚の浜沖合で内海汽船所属の「錦丸」(42トン)が転覆。4人は泳ぎ着いて救助されるも死者・行方不明者72人(推定)となる
・1943年(昭和18)4月7日 佐賀県の有明海でウミタケ漁をしていた南川副村、大詫間村の漁船が遭難。約70人が死亡となる
・1943年(昭和18)4月9日 長崎県鷹島村沖合で連絡船「殿浦丸」(トン数不詳)の機関室から浸水して沈没、乗客ら104人が死亡する
・1944年(昭和19)2月6日 鹿児島県垂水港を出港した垂水汽船「第六垂水丸」が転覆沈没、死者数は長らく不明とされてきたが、後年、547人と特定される(第六垂水丸遭難事故)
・1944年(昭和19)12月24日 長崎交通船の木造船「近海丸」が長崎市小江町沖で沈没し、273人死亡、過積載が原因とされる(近海丸沈没事故)
・1945年(昭和20)3月6日 青森港内にて青函連絡船の「第五青函丸」が折からの暴風に煽られ防波堤に接触し浸水、沈没し、死者・行方不明者82名となる

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1722年(享保7)徳川吉宗が「上米の制」を制定する(新暦8月14日)詳細
1888年(明治21)日本画家村上華岳の誕生日詳細
1912年(明治45)大阪市浪速区に初代通天閣が完成(通天閣の日)詳細
1916年(大正5)日本とロシアとの間で、「第四次日露協約」が締結される詳細
1947年(昭和22)連合国最高司令部(GHQ)より「商事会社の解体に関する覚書」 (SCAPIN-1741) が指令される詳細
1971年(昭和46)東亜国内航空のYS11「ばんだい号」が北海道・横津岳に激突する(ばんだい号墜落事故)詳細
1993年(平成5)俳人・国文学者加藤楸邨の命日詳細