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 今日は、昭和時代中期の1946年(昭和21)に、極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷した日です。
 極東国際軍事裁判】(きょくとうこくさいぐんじさいばん)は、昭和時代中期の占領下、1946年(昭和21)1月19日に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が命令、「極東国際軍事裁判所条例」を制定して設置された、極東国際軍事裁判所で行われた、太平洋戦争における戦争犯罪人を裁くための軍事裁判で、東京裁判とも呼ばれてきました。日本が太平洋戦争終結に当たって、受諾した「ポツダム宣言」の第10項「吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ」を根拠とし、1945年(昭和20)8月15日に英仏米ソの4ヶ国が調印した、「国際軍事裁判所条例」に基づき、ヨーロッパでのニュルンベルグ裁判(1945年11月~46年10月)をモデルに行われます。
 目的は、「極東ニ於ケル重大戦争犯罪人ノ公正且ツ迅速ナル審理及ビ処罰ノ為メ」とされ、裁判は「本裁判所ハ降伏文書ノ署名国並ニ「インド」、「フイリツピン」国ニヨリ申出デラレタル人名中ヨリ連合国最高司令官ノ任命スル六名以上十一名以内ノ裁判官ヲ以テ構成ス。」とされ、裁判所の管轄に属する犯罪は、「平和ニ対スル罪(宣戦ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争、若ハ国際法、条約、協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画、準備、開始、又ハ遂行、若ハ右諸行為ノ何レカヲ達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加)」「通例ノ戦争犯罪(戦争ノ法規又ハ慣例ノ違反)」「人道ニ対スル罪(戦前又ハ戦時中為サレタル殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、其ノ他ノ非人道的行為、若ハ犯行地ノ国内法違反タルト否トヲ問ハズ、本裁判所ノ管轄ニ属スル犯罪ノ遂行トシテ又ハ之ニ関連シテ為サレタル政治的又ハ人種的理由ニ基ク迫害行為)」で、被告人は弁護人を選任することができ、東京で行われました。同年2月15日に連合国軍最高司令官マッカーサーが東京裁判における9名の判事を選出、裁判長は豪州のウェップが努める事となり、5月3日には、開始されてA級戦犯28名が起訴されます。
 翌年11月4日に判決の言い渡しが始まり、11月11日にA級戦犯の25名の被告に有罪判決(内7名が死刑)があって、12月9日には閉鎖されました。この判決により、同年12月23日に東条英機、広田弘毅ら7名の絞首刑が執行され、翌日には、岸信介元首相ら、A級戦犯とされたものの、起訴されなかった19名が釈放されています。 

〇極東国際軍事裁判(東京裁判)関係略年表

<1945年(昭和20)>

・8月15日 英仏米ソの4カ国が、国際軍事裁判所条例に調印し、平和に対する罪、戦争犯罪、人道に対する罪の3つの罪が規定される
・8月15日 玉音放送によって終戦の勅書が放送され、太平洋戦争の敗戦が国民に知らされる
・9月11日 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が39名の戦争犯罪人の逮捕を実行する

<1946年(昭和21)>

・1月19日 マッカーサーが国際軍事裁判所条例をもとに、「極東国際軍事裁判所条例」を制定する
・2月15日 マッカーサーが東京裁判における9名の判事を選出、裁判長は豪州のウェップが努める事となる
・5月3日 東京裁判がはじまり、A級戦犯28名が起訴される

<1948年(昭和22)>

・1月8日 マッカーサーが昭和天皇を不起訴にする事を決める
・3月2日 最終弁論が始まる
・4月15日 最終弁論が終わる
・11月4日 判決が言い渡しが始まる
・11月11日 A級戦犯の25人の被告に有罪判決(内7名が死刑)が下る
・12月9日  極東国際軍事裁判所が閉鎖する
・12月23日 東条英機、広田弘毅元首相ら7人の絞首刑が実行される
・12月24日 岸信介元首相ら、A級戦犯とされたものの、起訴されなかった19名が釈放される

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