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 今日は、1876年(明治9)に、「道路ノ等級ヲ廃シ国道県道里道ヲ定ム」(明治9年太政官達第60号)が発布され、全国の道路を国道・県道・里道に分けそれぞれを1~3等に級別した日です。
 「道路ノ等級ヲ廃シ国道県道里道ヲ定ム」(どうろのとうきゅうをはいしこくどうけんどうりどうをさだむ)は、道路を国道・県道・里道の3種類に分け、さらに一等・二等・三等の等級に格付けする太政官達でした。
 これによって、国道の一等は東京日本橋から横浜港・大阪港・神戸港・長崎港・新潟港・函館港の6港の各開港場までを結ぶものとされ、幅七間(約12.7m)、二等は東京と伊勢神宮および、東京・大阪・京都の各府と陸軍の司令部であった各鎮台(東京・大阪・名古屋・仙台・広島・熊本)とを結ぶものとされ、幅六間(約10.9m)、三等は東京と各県庁所在地ならびに、各府と各鎮台同士を結ぶものとされ、幅五間(約9.1m)と定められます。また、県道の幅は四間(約7.3m)~五間(約9.1m)と決められました。
 しかし、国道の等級については、1885年(明治18)1月6日の「国道ノ等級ヲ廃シ其幅員ヲ定ム」(明治18年太政官布達第1号)で廃止され、44路線を国道に認定した上で、幅員を7間(約12.7m)と定めます。その他の等級については、1919年(大正8)4月10日の「道路法」(大正8年法律第58号)で廃止されました。
 以下に、「道路ノ等級ヲ廃シ国道県道里道ヲ定ム」(明治9年太政官達第60号)を全文掲載しておきますので、ご参照下さい。

〇「道路ノ等級ヲ廃シ国道県道里道ヲ定ム」(明治9年太政官達第60号)1876年(明治9)6月8日発布

道路ノ等級ヲ廢シ國道縣道里道ヲ定ム

明治六年八月大藏省ヨリ相達候道路等ノ等級ヲ廢シ更ニ別紙ノ通相定候條右分類等等級各管内限詳細取調内務省ヘ可伺出此旨相達候事
但費用ノ儀ハ追テ一般布告候迄從前ノ通相心得ヘシ

(別表)

國道

 一等 東京ヨリ各開港場ニ達スルモノ
 二等 東京ヨリ伊勢ノ宗廟及各府各鎭臺ニ達スルモノ
 三等 東京ヨリ各縣廳ニ達スルモノ及各府各鎭臺ヲ拘聯スルモノ

縣道

 一等 各縣ヲ接續シ及各鎭臺ヨリ各分營ニ達スルモノ
 二等 各府縣本廳ヨリ其支廳ニ達スルモノ
 三等 著名ノ區ヨリ都府ニ達シ或ハ其區ニ往還スヘキ便宜ノ海港等ニ達スルモノ

里道

 一等 彼此ノ數區ヲ貫通シ或ハ甲區ヨリ乙區ニ達スルモノ
 二等 用水堤防牧畜坑山製造所等ノタメ該區人民ノ協議ニ依テ、別段ニ設クルモノ
 三等 神社佛閣及田畑耕耘ノ爲ニ設クルモノ

右ノ内一道ニシテ各種ヲ兼ルモノハ其類ノ重キモノニ從フ國道並ニ縣道ノ道幅其土地ノ景況ニ據テ各地各殊ナルモノナレハ今遽ニ之ヲ一定シテ實地ニ施行スヘカラスト雖モ預メ一般ノ法則ナキ時ハ道路ヨリ生スル百般ノ事件其準據ヲ失フノ患アリ仍テ左ノ定ヲ以テ一般ノ法則ト爲シ且將來新設スル所ノ道路ハ其土地ノ便宜ニヨリ此道幅ヲ保タシムヘシ

國道

 一等 幅七間
 二等 仝六間
 三等 仝五間

縣道 仝四間乃至五間

里道ニ至テハ要スルニ該區ノ利便ヲ達スルニ在テ其關係スル所随テ小ナレハ必ス之ヲ一定スルヲ要セス橋梁ハ即チ路線ヲ互續スルモノナルヲ以テ道路ノ種類ニ随フヲ至當トス然レモ其幅ノ如キハ必スシモ道幅ニ随フヲ要セス

   「ウィキソース」より

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